第3話
「ごめん」と隆治はくぐもった声で言う。
「なんであやまるんだ」
「いや……興味も無い相手にこんなことされて迷惑だろ」
「混乱してうまく感情を言い表せないけれども、嫌では無いよ。隆治がこれで楽になるなら、むしろうれしいかもしれない」
「あくまで友達として、だよな」
「今のところは、ね」
「ありがとう」
「ところで、このまま抱き合ってるだけでいいの?」
私も男だから、興奮してしまった時の辛さはわかる。朝の生理現象などを除き、一度大きくなってしまった物は放出するまで直ぐには収まらない。ましてや、対象と密着している場合なんて時はなおさらだろう。だけど彼は怖くて言い出せないのだろう。これ以上要求したら嫌われるかもしれない。そんな気持ちと本能がぶつかり合っているように感じた。
「えっ、でも嫌だろう」
「手とかで触る分には大丈夫だと思う。それ以上はできるかわからないけれど」
彼は少し首を上下に動かした。たのむ、ということなのだろう。
このままだと私の手が届かないので再びお互いの肩に顔を乗せた状態になる。ジーパンの上、社会の窓に当たる位置にそっと手を伸ばし、軽くなぞってみる。先ほどと同じくうっ、と彼の身体が震える。……耳元で聞こえる吐息が少し荒くなっている。
そこから下着の上から触る、という段階を経て、直接触ろうと下着に手をかけた。
「ちょっと待ってくれ」隆治は起きあがり、近くにある小物入れから何かを取り出した。暗くてよく見えないが、それがコンドームであるのはわかった。
「別に直接触ってもいいのだけど」
「いや、手に臭いつくだろうし、服を汚してしまうかもしれないから」
彼はズボンと下着を脱いで手慣れた手つきでコンドームをペニスに装着した。
「いつも、用意しているのかい」
「ああ。オナニーするときにも使うからな。安物だからセックスには向かない奴だけどな」
布越しに触った時も感じていたが、彼のペニスは私のそれよりも立派だった。少なくとも一回りは大きい。
再び同じ体勢になり、今度はゴムを一枚隔ててふれてみる。熱を帯びているのがわかる。とても熱く、堅い。私は相変わらず興奮はしていなかったのだが、少し新鮮な心持ちだった。普段自分以外のペニスを触る機会なんてそれこそ同性愛者か両性愛者でないと一生に一度も無いはずだ。一度ぐらい、こういう経験があってもいいだろう。そんな感想を抱いた。
私がいつも自分にしているように右手で彼の物を包むように握り、ゆっくりと上下に動かしていく。
痛がらせたら申し訳ないので優しく動かす。彼の吐息はうるさいほど荒くなっていた。
少しづつ手のスピードを早めていく。私の手の動きにあわせて、彼の腰も動いているのがわかる。
気持ちよさに無意識に動いてしまっているのだろう。また指が背中に強く食い込んでいる。正直痛かったがここで指摘するのは気が引けたので我慢する。
喘ぎ声混じりに彼はいきそう、と言う。彼のペニスも膨張しているように感じた。私はさらに手のスピードを速める。
うっ、という声と共に彼は絶頂を迎えた。ゴム越しに熱い液体がほとばしってるのがわかる。
「ありがとう」そういって彼は私から離れ、トイレに向かった。ゴムを処理してくるのだろう。
私は布団に仰向けになり右手を月明かりに照らしてみた。手は光に照らされ、なんだか聖なる存在に見えた。その月明かりが朝の日差しに変わり、手は神々しく光る。
私は夢から目覚めていた。天窓から差し込む日の光がまぶしくて思わず手をかざしていた。
二度寝して夢の続きを見るのは気がすすまないので起き上がり、ベッドを折り畳む。机の引き出しを開け、一番奥にある煙草の箱を取り出した。ラークの一ミリだ。中を確認すると一本だけ残っていた。くわえてから、火種も灰皿も手元に無いことに気づいた。台所に行き、ゴミ箱から空のコーヒー缶とどこかの旅館でもらった携帯マッチをもってくる。煙草なんて滅多に吸わないものだからライターなんて持っていない。
机の横の窓を開けて煙草をくわえなおし、火を点けようとした。煙草が湿気ているせいでマッチを三本も使ってしまった。やっとの事で火を点け、煙をゆっくりと吸い込む。煙を肺まで吸い込む事はせずに口の中で溶かしこみ、
目を閉じて視覚を遮断し味覚を強め、バニラの味を堪能する。小さく口を開き、舌で煙を押し出す。この一連の流れが私流の煙草の吸い方だ。
夢の中で隆治に押し倒された時、見えた存在。それはもしかして、みかが言っていた心の中に宿した神、心神だったのではないのだろうか。
当時の隆治には想いを貫こうという強い意志があった。嫌われて拒否されても構わない、この想いを伝えようとした。その確固たる真っ直ぐな意志こそが心神を宿す条件なのだろう。
結局、隆治とは疎遠になってしまった。結論として私は彼を恋愛対象として見ることはできなかった。こればかりはどうしようもなかった。告白されてから約二週後、彼にカフェで会ったときそう伝えた。
「そうか」と彼はあまり悲しそうな表情を見せず、淡々と答えた。薄々分かっていたのだろう。
「でも、この間みたいに隆治が望むなら慰めてあげることぐらいはできる」そう付け加えたのがまずかった。
「そうじゃない!」彼は強い語調で言い放った。
「いやすまん、怒鳴ってしまって……でも違うんだ。別に性に飢えてる訳ではないんだ。むしろ性を発散するだけなら異性より男性同士の方がより簡単だと思う。今はSNSや掲示板で簡単に相手を見つけることができるし、そういう関係を持つだけのコミュニティースペースもあるからな」
「確か発展場だっけ」
「ああ、よく知ってるな」
「ネットでそれに関する記事を見かけたことがあってね」
「なるほど。確かに最近ゲイに関する記事は目立つからな。話を戻すが、恋愛関係となると男女より難しいんだ。好きになった人が少なくとも同性に対して性的指向を持ってなきゃそれで終わりだからな」
「それって、隆治は私が同性に対して性的指向を持っていると思ったの?」
「君の過去の恋愛話を聞いてもしかしたら、と思ったんだ。人によっては自分を異性愛者と思い込んでるだけで、実は同性も恋愛対象にできるという例もあるしな」
「私にバイの可能性があると?」
「そう考えないと辛かったんだ。どこかに希望を見いだして思いこまないと告白する事もできなかったんだ」
「ごめん」
「謝ることはないさ。俺が勝手に勘違いしたんだから。慰めてくれた時、君は同性に性的指向は無いとも分かってた。興奮とかしなかったろ?」
確かに隆治を慰めている時に同じ身体感覚を持つ者として共感めいた物を感じてはいたが、同性に対しての性的興奮は無かった、と断言できた。
「だから、こうして断られる事も分かっていたさ」
「でも友達としてなら今まで通り……」
「いや、それだと俺が辛い。また、新しい人でも見つけるさ」そういって泉隆治は笑った。その笑顔は屈託が無かった。
……そんなことを回想しているうちに、煙草はほとんど吸い
終わり、フィルターの部分を焦がし始めていた。慌てて缶の灰皿に捨てる。
今日は一日暇だし、部屋の掃除と洗濯物を処理でもするか。ああ、レポートもそろそろ手を付け始めなければ。気持ちを切り替えて、灰皿を台所に戻しに行く。
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