第2話

その夜は自分が夢を見ていると夢の中で認識した。いわゆる明晰夢というやつだ。

その夢は私の過去の記憶に即した物だった。

私はフローリングの床にあぐらをかいて座っていた。目の前には折り畳めるちゃぶ台がおいてある。

奥の台所にいる隆治が声をかけてきた。

「なに飲む?」

「なにがあるんだい」

「えーと、ほろよいのホワイトサワー、氷結のグレープフルーツ、プレミアムモルツ、えびすビールか

な」

「じゃあ、プレミアムモルツで」

「分かった」

彼は二本の缶をもって戻ってきた。

「あ、つまみはこの中から適当に選んで」おつまみの小袋がたくさん詰まった入った大袋を放ってき

た。

私は泉隆治の部屋に宅飲みという形で遊びに来ていた。お互い未成年だが、誰に迷惑をかけるわ

けでもなし、飲み過ぎたり飲むことを強要したりする気は無いので大丈夫だろう。

彼は大学に入ってから初めて知り合った友人だった。授業のガイダンスの時たまたま隣の席に座っ

ていて、消しゴムを貸したか借りたかがきっかけで仲良くなった記憶がある。それから三ヶ月して、二

人で飲んでみないか?と誘われたのだ。私は快く承諾した。

正直、この夢はあんまり見続けたくはなかった。だが夢を見ていると認識しているからといって、他

の夢を見ることができるわけでもない。また、過去の自分と違う行動をとれるわけでもない。いうなれ

ば過去の自分を体の中から眺めている事しかできないのだ。

「そういや、みかも呼べばよかったね」

「え?ああ、まあそうだな……いや、今日は男同士でしかできない話もしたかったし、これでいいん

じゃないか」

「ああなるほどね、じゃとりあえず乾杯する?」

ここで時間が一時間程後に飛んだ。夢ならではの現象だ。

お互いお酒は三缶目に入っていた。彼はそこまでアルコールに強くは無いらしく、顔が真っ赤に

なっていた。言動はそこまで怪しくはなっていない。反応が身体に出やすいタイプなのだろう。

「そういや、昔水泳やってたんだって?」

「昔というか昔からやってたってのが正しいな。今も週に一、二回泳いでるし。もう選手としては活躍し

てないけども」

「お、じゃあ今度教えてよ。サークルの夏合宿で海に行くことになりそうでさ、ある程度泳げるように

なっときたいんだよ」

「や、それはかまわないけど君はどれぐらい泳げるんだ?全く泳げない金槌だと夏までに間に合うか

分からないぞ」

「中学校まではプールがあったから授業で泳いでたさ。その時が確か、なんとかプールの端から端ま

で立たずに泳げたはず」

「25メートルか。なら大丈夫かな。海で溺れないぐらいになら鍛えてやれるな」

「ありがとう。お礼に今度、ご飯でも奢るよ」

「話は変わるが、君に訊ねてみたい事があってな。あ、答えたく無いなら答えなくてもいいんだが」

「なんだいもったいぶって」

ここで隆治は自分の持っているえびすビールを一気に飲み干した。中身は半分以上残っていたはず

だ。


「恋人って、いたことあるか?」

「高校の時はいたよ。二年生の時にね。三ヶ月ぐらいでわかれちゃったけども」

「へえ。好きじゃ無かったのか?」

「相手から告白されてね。断るのも申し訳ないし、好きになれるかなと思って付き合ってみたんだけど

も」

「結局、好きになれなかったのか」

「うん。恋愛として好きになれなかったのだと思う。それでも何とか続けようとしたのだけれど、相手が

私の感情を察したみたいでね。それで別れようって言われて」

「そうか。好みのタイプとかではなかったからか?」

「いや、容姿は好みだったよ。美人だったし。性格も気になる所は無かったね。でもなんだろう、友達

感覚のような」

「同性みたいな?」

「そうかもしれない。男子に接する感覚だったと思う。ああ……もう一つ違う事を思い出した」

「他にもいたのか?」

「いや、これは付き合ってはないんだけどね。突発的な恋みたいなものなんだけれども。というか君

の方はどうなんだい?」私ばかり話すの申し訳ない気がするので話を降ってみる。

「俺は片思いばかりだな。告白もできなかった意気地なしさ」

「そう?もてそうだけれども」

隆治は平均以上の容姿をしていた。水泳をしていただけあって、肩幅は大きく、身長もある。顔つき

も目鼻がはっきりしていて、いわゆる「イケメン」の部類に入るはずだ。

「まあ、告白はされるんだけどな。ほとんど断ってきた」

「そんなに選り好みするの?」

「そういうわけでは……まあ、選り好みといえば選り好みかもしれないな」

「何か譲れない点でもあるのかい」

「いや……」と隆治は口ごもり、うつむいてしまった。

少し気まずくなったので「トイレ借りるね」と私は立ち上がった。

また時間が飛ぶ。今度は十分ぐらいだったが、状況は前飛んだ時より相当変化していた。

私は隆治に押し倒されていた。フローリングの床にぶつけた後頭部が痛い。

彼は私に多い被さる形で四つんばいになっていた。酒の影響か、それとも別の理由なのか、肩が

上下するほど息が荒い。顔の表情は天井の蛍光灯が逆光になって分からない。少し恐怖を感じた。

でも頭は冷静でああ、女性が襲われる時ってこんな感じなんだな、と考えていた。

隆治は私に同性が好きなのだとカミングアウトした。ゲイでは無いのだが、異性よりは同性の方が

好きなのだという。ゲイよりのバイといえばいいのだろうか。その告白には別段驚きはしなかった。

だが、次の告白には動揺を隠すことができなかった。

私の事が好きだ、と言われた。隆治の初恋の相手によく似ているらしい。

なんて返せばいいのか分からなかった。カミングアウトの時のようにそうなんだ、と返す事もできな

かった。

私はその時まで自分の事を異性愛者と思いこんでいた。隆治の事も友人とは思っていたけれど、

恋愛対象になるとはついぞ考えもしなかった。でも、彼の告白を受けて驚きはしたが、嫌だとは思わ

なかった。

そこからなんのやりとりがあったかはちょっと覚えていないのだが、気づいたら隆治に押し倒されて

いた。

私は抵抗する気はなかった。ぼんやりと彼の目を見ていた。相変わらず逆光で表情は分からなかったけれども、目だけはなぜかはっきりと見えた。隆治の目は澄んでいて、その瞳は私を引き込も

うとしているようだった。

その時、泉隆治の中に何かが存在している感覚が伝わってきた。その何かははっきりとは分からな

い。でもその何かは隆治を隆治たらしめている存在であり、絶対的な存在だと感じた。

二分程して隆治は私の上から退いた。なにもされていない。ただ見つめあっていただけだった。

「すまない。そんなつもりは無かったんだ」彼は私に背中を向けた。

身体を向けて彼の方を見た。相変わらず肩で息をしている。

そこから長い沈黙が続いた。彼の荒い息の音と、壁に掛けられた時計の秒針の音だけがこの部屋

の音を支配していた。

この夢は少しずつ過去の記憶とは違いが生じてきていた。時間が飛ぶのもそうだし、隆治の中の

存在なんて当時は感じていなかったはずだ。

沈黙に支配されて十分も経った頃だろうか。私の方から口を開いた。

「一つ聞いていい?」

「……なんだ」

「男同士ってどこまでするものなの」

「なにを」

「その、性行為をさ。するとなったら、最後までやるものなの」

「時と場合による。体調が悪ければ最後までやらないときもあるな」

「途中で終わらせるの」

「まあお互いにすっきりすれば終わりになるかな」

「そうか……」

私は彼に近づき肩に手をかけた。彼はゆっくりと私の方に顔を向けた。

「隆治の告白に対してすぐに返事はできないけれど、慰めてあげることはできるかもしれない」

隆治の事を拒否したくはなかった。できる範囲でなら、彼を慰めてあげたかった。

お酒とつまみ、ちゃぶ台を片づけ、そこに布団を敷く。

部屋の電気を消し、窓からカーテン越しにさす月明かりのみにし、お互いの顔がぎりぎり見えなくな

る程度に暗くした。

最初隆治は服の上から抱き合ってるだけでもいい、と言ってきた。私もそれなら問題ないので抱き

合う事にした。

並ぶように横になり腕をお互いの背中に回して抱き合った。

いざ抱いて見ると彼の身体が大きいということを実感させられた。私の身体の倍近くはあるのでは

ないか。そのせいか安心感がわいた。幼少期の頃頃両親に抱かれて安心する感覚に似たものが

あった。だが、それ以外に感じるものはなかった。異性と抱き合った時に生ずる胸の高鳴りや興奮は

おきなかった。身体を密着させているので体温は高くなってはいたが。

少しすると、彼は頭を動かして私の胸に埋めてきた。あいた手のやり場にちょっと戸惑ったが、後頭

部に手を回してゆっくりと撫でてやる。


隆治が泣いている事に気づいた。肩を上下させて息をしていたのが今は肩を震わせていた。声を

殺しているので私に気づかれないようにしているのだろう。


 上半身だけ密着させていたのが気づくと足の部分も当たるか当たらない程に近づいていた。私が

少し身じろぎさせると膝が何かにこすれる感覚があった。それと同時に彼は身体をびくっと震わせ

た。


ああ、そりゃそうだ。当然の反応だろう。ただ反応する相手が異性か同性の違いってだけだ。心なしか彼の腕の力が強くなったように感じる。




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