心神
金魚屋萌萌(紫音 萌)
第1話
私、神様を創ってみようと思うの。喘ぎ声混じりに彼女はそう私に告げた。
なんで、と私は訊ねた。
生きる理由が欲しいの。ゆっくりと腰を前後に動かしながら彼女は答えた。彼女の中で私が刺激さ
れて少し柔らかくなっていた物が再び身を固くした。
どこに。このなかに。そういって彼女は自分の胸に手を置いた。
腰の動きが少しずつ早くなっていった。抑えようとして押さえ切れていない声が彼女の唇から漏れ
る。両腕を伸ばし、乳房を優しく揉んだ。この胸の奥に神を宿そうとしているのか。そんなことを考えながら。彼女の騎乗位は私にとってはあまり気持ちよくなかった。勃起状態を維持するほどには気持ちいいのだけれど、絶頂に向かっていくには物足りなかった。でも彼女が気持ち良さそうにしているのでそれを眺めていた。
彼女は軽く絶頂を迎え私の胸に倒れ込んできた。その頭を軽く撫でてやる。
彼女、みかは一般的な人間だった。別段、SFやファンタジーなどの物語で見受けられる特殊能力
を持っている訳ではない。加えて自分がそういう能力を秘めている、と妄想をしている風でもない。
「神様を創るって、どうやって」
私が彼女の上で絶頂を迎えた後、腕枕をしつ訊ねる。
「さあ?」と私がつけていたゴムを精液が漏れないように結びつつ答える。
「たぶん気づいたらできていると思う。神様ってのは概念だから」曖昧な答えだった。
「そっか」
「でもね、私たち人間は神様にはなれないけど、神を創ることはできてきたじゃない?」
「……まあ、確かに。宗教の成立、定着を神を創ると考えると可能だけど……」
「だから私一人で神様を創ることもできると思うの」
彼女の言っていることはあながち間違っていないように思えた。
「シャワー浴びてくるね」と弄んでいたゴムをゴミ箱に捨て、ベッドから起きあがった。
射精の反動でぼんやりしている頭で考える。神を創る。それは言い換えると自分なりの哲学を考えていくというこのなのかもしれない。
自分の中にも神を創ることはできるのだろうか。ぎりぎり部屋の中が見渡せる照明を見つめつつ、そんなことを考えた。そのままするすると私は眠りに落ちていった。
目が覚めると、みかの姿は見えなかった。部屋を見回して、彼女の衣類や荷物も見あたらない……帰ったらしい。
サイドテーブルに沖縄守礼門がかかれた紙幣が一枚と、メモがボールペンを重石にして置かれて
いた。メモには「先に帰ります。お釣りはあげます。また今度」とかかれていた。ホテル代の半分とすると少し足りないが、元々全部出すつもりだったので気にしないことにする。
シャワーを浴びにバスルームに入ると鏡の前にカミソリが置いてある。私が使った記憶はなかっ
た。それを手に取り刃の部分をよく眺めてみる。予想どおり、刃の部分には赤い液体が少し付着していた。私は小さくため息を吐いて、それをゴミ箱に捨てた。
みかはまだ、リストカットはやめていなかったようだ。ベッドの上で腕を触って確認したときには跡はなかったので、久しぶりに切ったのだろう。私が会う度に止めろと言っているおかげで、頻度は下がっているようだった。また跡も残らないように浅く切っているようだった。今日のカミソリは見なかった事にする。それでいいだろう。
みかと仲良くなったのは大学生になってからだった。高校も一緒ではあったのだが、互いに名前と顔を知っている程度でほとんど会話をした記憶はない。同じ大学に進学した事も大学内で偶然会って初めて分かった。学部学科まで同じだったので必然的にとる授業も良く被り、その授業の合間や終わった後に食事や遊びに行ったりしているうちに、気の置けない間柄になっていた。もちろん、他にも仲のいい友人はいたのだが、一番親友に近い存在はみかだと感じていた。
だが、みかと私は彼氏彼女の間柄になったことはなかった。私はみかを恋人と思ったことはなかったし、みかも私のことを恋人として接している風ではなかった。二人で食事や遊びに行って、セックスもする。はたから見れば恋人同士の行為に見えるけれど、それでもお互い友達なのだ。
みかに対して好意的な感情は確かにある。異性として意識もしている。でも、それが恋愛感情かといわれると、少し違う気がするのだ。
シャワーを浴びた後、服を着てホテル街を後にする。日はほぼ暮れかけており、電柱の電灯もつきはじめていた。
駅へと向かいながらスマホで次の電車の時刻を確認する。途中、風俗街にさしかかる。ポケットの中を探って、自分がイヤホンをホテルで捨てていた事を思い出す。断線してしまって片方が聞こえなくなっていたからだ。ち、と軽く舌打ちをする。
ここの風俗街はキャッチがしつこい事で有名だった。せめてイヤホンをしていれば聞こえないふりをしてごまかす事ができたのだが。遠回りをして駅に向かうのは面倒だ。早足で突っ切る事にした。
時間帯のせいなのか、人通りが多くなっていた。それに比例してキャッチの数も増えている。踏み
入れて十歩も歩かないうちにキャッチに声をかけられる。
「お兄さん、お遊びどうですか」決まりきった謡い文句だった。私はそれを無視して歩く。追っかけては来ない。だがまたすぐに違うキャッチが寄ってくる。「可愛い女の子いますよ」「おっぱいどうですか」
「裏ビデオあるよ」「女?男?ニューハーフ?」最後の謡い文句にはつい足を止めかけてしまったが、何とか無視して先を急ぐ。私はそんなに性に飢えているように見えるのだろうか。いやいや、ホテル街の方から歩いてきているから目立って声をかけられるのだろう。そう思いこむ事にする。
風俗街の中心に進むにつれてキャッチが更にしつこくなってくる。無視しても横に並んで「ピンサロ、ソープ、おっパブ」と単語を囁いてくる者や、こちらを向いてもらおうと肩や腕を叩いてくる者もいる。
いい加減うんざりしてきた。
「今日は何のお遊」「もうセックスしてきました」相手が何か言う前にそう告げる事にした。
相手が私に対して性に飢えている、と考えているならば私は性欲を発散したとアピールすればいい
のだ。そしたらしつこくつきまとってはこないだろう。実際そのアピールは効果あるようで、そこからのキャッチはあっさり引き下がるようになった。風俗街を出る直前、最後に声をかけてきたキャッチは「どうですか、もう一発」と食い下がってきた。
「いや、そんな絶倫じゃないよ」と私は苦笑しながら返してしまった。
「じゃあキャバクラどうっすか」キャッチはいける、と思ったのか更に攻勢をかけてきた。そんなの無視して歩き去れば良いはずなのに私は立ち止まってしまった。
「あ、お金が無いならガールズバーもありますよ」と私の前に立ちふさがってきた。
「一つ、質問してもいいかい?」私はたずねる。
「なんです?可愛い系も美人系もいますよ」
「いや、そうじゃないんだ。貴方の中、心には神は存在しているかい?」
「え、え? 何のことです?」
「いや……何でもない、気にしないでくれ。じゃあ」と私は混乱しているキャッチを尻目に立ち去った。
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