第6話「優希とお姉さん」

 優希ゆき亜希子あきこの机の中から缶のケースを取り出し、ケースの中からイヤリングを出して見せてくれた。

「これね、あたしが貰ったの。良いでしょう」


 優希は嬉しそうに言っていた。

 そのイヤリングを片付ける前に彼女は向こうに帰って行ったので、亜希子がイヤリングを見付けるのは造作もないことだった。


 亜希子は別人格の事を知らないので、極力彼女たちが居た痕跡を残さないようにしていたのだが、凡ミスだ。


「あれ? このイヤリング、妹が旅行のお土産に買ってきてくれた物で、私無くしたと思っていたのに、どうしてここにあるの?」


 驚いた。

 亜希子は無くした物だと思っていた。

 そして優希は、自分が貰った物だと認識していて、『自分の物を仕舞う場所』に仕舞ったので、亜希子にとっては全く知らない場所だったのだ。


 つまり亜希子には亜希子の記憶容量があり、優希には優希の記憶容量が確保されていると言う事になる。


 本で読んで知ってはいたが、やはり実際の当たりにすると感動する。

 人間は脳の機能の一部しか使っていないと言う説は納得できる。


 妻を見ていていつも思う。

 子供の頃から自分は自分だと思っていたが、それは成長する過程で外部から(親・兄弟・友人・TV番組など)から得た情報を、脳が勝手にチョイスして創り出した人物であって、本当に自分なのだろうか?


 そんな事を考えているともうSFだ。




 お姉さんと仲良くなろうキャンペーンで、有名店のリーフパイを買ってきた。


 お姉さん用のお菓子には二つの条件がある。


 一つはお姉さんがいつ出て来るかわからないので、日持ちする物。


 もう一つは亜希子に見つからない様に持ち込めて隠しておける物。


 けっこう見付けられてしまう。

 今日に限って何故そこを開けたの? って事がちょいちょいある。

 超能力か? って思う。


 

「あの子の財布を見てみなさい」

 ソファーに座っている亜希子がいつの間にか眠ってしまったらしく、代わりにお姉さんが出てきた。


「あの子はね、あなたに出会う前、クスリを飲んだ後に車の運転をしてしまって、追突事故を起こした事があるの。その時の相手の連絡先を、今でも財布に入れて持っているわ。自分への戒めの為に」


 お姉さんの言う通り、財布の中には事故相手の連絡先が書いてある紙が入っていた。


 この生真面目さが、彼女を苦しめる。

 ただこの情報を知ったところで、財布の中を見たとは言えないし、(本人の別人格から許可をもらって財布の中を見たが、本人から許可をもらったわけではない)どうしてあげる事もできない。


 たぶんお姉さんは、亜希子の辛い気持ちを知って貰いたかったのだと思う。


 僕は隠し場所からリーフパイを持ってきて、

「君に食べてもらおうと思って、お菓子を買ってきたよ」


 パイを渡そうとしたところ、

「悪いけど、わたしは甘い物が嫌いなの」

 ピシャリと言うお姉さん。


 そんな所まで甘くないんだって感心した。

 仕方ないからリーフパイは自分で食べた。


五月蝿うるさいわね!」


 突然お姉さんがイラッとしたの声でブツブツ言い始めた。


「どうしたの?」

 僕が聞くとお姉さんは興味深い事を言った。


「さっきから優希ゆきがあたしの部屋のドアをガンガン叩いてて、あたしと交代しろって五月蝿いのよ」

 お姉さんは顔を歪ませながら言う。


 優希が言っていた通り、やっぱりそれぞれに部屋があって、優希とお姉さんくらい仲が良いと行き来する事も出来るらしい。


 新しい発見だった。

 誰にも言えないが。




 優希とお姉さんは3年半くらい共に過ごしただろうか?


 彼女たちは僕の前に出てきた記録が最長では無いが、僕に色々な事を教えてくれた。

 活動的と言う面では、二人共最も活動的だった。

 確固たる自我を持っていて、たくさんお喋りをした。


 たぶん古くから亜希子を守る為に動いていたのだろう。


 お姉さんは何も言わなかったが、僕が想像するに、たぶん記憶の統合者と相談をしたのだろう。

 ある日突然、お姉さんが別れを告げに来た。


「あたしたちはもうココには来ない様にするわ」


「え? たまには来られるんじゃないの?」

 こんなに唐突に別れが来るとは思ってもみなかったので、びっくりした。


 お姉さんは静かに首を振った。

「遠くに旅立つの。優希はあたしが連れて行くわ。あたしたちの記憶はこの子に返す」


 僕は涙が止まらなかった。


 うつ病患者との生活は厳しい。


 何度も離婚したいと思った。


 仕事以外何処にも行かないから、友達は居なくなった。


 好きな漫画やアニメもほとんど観る時間は無くなった。


 各メーカーが新機種を出す度に買い揃えていたゲーム機も、未だにプレステ2のままだ。世間は既に5だと言うのに。


 週に1~3日くらい来る彼女たちと話すのは嫌いじゃ無かった。


 でも、行かないでくれとは言えない。

 本来居るべき人たちじゃないんだ。


「じゃ、行くわ」

 お姉さんらしい、たった一言だけ残して去っていった。


 床に座っていた亜希子の首がガクッと落ち、少しして亜希子が目を覚ました。


「・・・わたし寝てた?」

「寝てたよ」

 僕は亜希子の頭をそっと撫でていた。


「何で泣いてるの?」

 泣きながら彼女の頭を撫でる僕を見て、怪訝そうな顔をしたが、直ぐに亜希子の身に異変が起きた。


「ああっ、何? ああぁぁ・・・!」

 亜希子は急に片手で頭を抱えて、身体を丸めた。


「どうしたの?」

 妻の異変に、僕はオロオロするばかり。


「あああああ。何? 何?」


 しばらくしたら落ち着いた様で、顔を上げた亜希子はボロボロと涙を流していた。


「記憶が・・・記憶が流れ込んできたの。わたし未だ治ってなかったの?」


 亜希子にはサブ人格の事は伝えていない。


 優希が出始めた時、僕は亜希子に

「亜希子が寝ると、たまに子供の人格が現れるから、一緒にかくれんぼとかして遊んであげたりしているよ」

 と伝えた事がある。


 すると妻はとても怖がって、

「そんなの信じられない! もう二度とそんな話しはしないで!」

 と酷く怒られた。


 それ以来、彼女にはサブ人格の話しはしていなかったのだ。


 亜希子とサブ人格の記憶は完全に遮断されている。


 だから「毎日たくさん寝ているのに、全く疲れが取れない」とか、「足に覚えの無い傷が増えてるの」などの原因がサブ人格の所為せいだとは全く思い至らない様だ。


 でも記憶の統合の所為でサブ人格の事はバレてしまい、彼女が全く知らない記憶が一気に流れ込んできたことに驚いた様だ。


 亜希子は泣き腫らした顔を僕に向けて言った。

「優希ちゃんの記憶の中で、マーくんわたしには見せたことも無い知らない笑顔をしてた。最後にお姉さんがわたしに教えてくれた。優希はマーくんと初めて会った時に名前を尋ねられたから、千切ちぎってた紙吹雪から『ゆき』って名付けたらしいわ。それをお姉さんが『優希』って字を当てたそうよ。本当はあたしたちに名前は無いのよって言ってた」


 それ以来、優希とお姉さんは出てきてはいません。



 僕が見たのは『記憶の統合』をした瞬間でした。


 【ビリーミリガン】では催眠退行による記憶の統合で、主人格に1人以外の記憶が返されたのですが(一人は記憶を返すことを拒んだ。だったと思う)、この場合はサブ人格が自分の分の記憶を自主的に主人格に返したのです。

『返した』という表現が正しいかは判りません。


 ネットで調べた時には、そういうことがあるという記事は載っていたのですが、自分が目の前で見ることになるとは思いませんでした。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


〈あとがき〉

 前回からかなり長い時が経ってしまいましたが、皆様の応援をいただき頑張ることができました。


 実はこの『記憶の統合』部分が一番描きたかったシーンです。


 多重人格モノのドラマではこう言うシーンは取り上げませんしね。



 ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


 宜しければ、


 ♡で応援。


 ★★★で応援をよろしくお願いいたします。


 みなさまの暖かい応援をお待ちしております。


 応援して頂けますと頑張れます。



 応援してくださいました方、さらに重ねて御礼申し上げあげます。


 誠にありがとうございます。


 感謝しております。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



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