第11話
「しっかし、暗いなあー」
静かな浜に、夏月の声が響く。暗闇に目が慣れてきたとはいえ、街灯のない海は相変わらず真黒な塊のようで、かろうじて砂浜だけが見える。
「バケツ持ったまま転ぶなよ」
「誰が転ぶか……うおおっ?!流木ッ!」
咄嗟に手を伸ばす。ばしゃっと水音がして靴が濡れた。
「言わんこっちゃない」
「ゴメンナサーイ」
僕らはもう一度しゃがんで花火を回収した。手探りで砂と貝殻の間から、線香花火の残骸を選り分ける。見えないまま触れる夜の砂浜は、冷たさが浮き彫りになるようだ。
あれから10年が経つ。
入学式から3か月ほど不登校をかましていた僕は夏休みの直前に突然登校し出し、クラスメイトと担任に遅すぎる自己紹介をした。夏休みは夏期講習と別途の補修で埋まった。もちろん夏月も。母とはあまり会話をしなくなった。ただ新しい花瓶を買って、海岸に咲いていた花を挿した。
今僕は市の生活課、夏月は心療内科で働いている。大学は別れたものの、今でもたまに会って話をする。
「夏月」
「ん?」
「手を繋いでもいいか」
ほら、また転ばれると困るから、と付け足そうとしたけど、やめた。夏月も茶化そうとはせず、バケツをもう片方の手に持ち帰ると、無言で僕の手を取った。確かな感触と熱が伝わる。
新月の夜は暗い。でも、見えないだけで、月がそこにあることをこれからも忘れずにいたい。
しんしんと無音だけが降り積もるような砂浜を、僕らは歩いて行く。
拈華不笑 絵空こそら @hiidurutokorono
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