第10話

「たぶん、さ」

 それまで静かに話を聞いていた夏月が口をひらいた。

「ただ単純に、会いたかったんじゃないか?ただ、お前と会って、話したかったんじゃない?」

「……そうかな」

「そうだよ。友達って普通そうだろ」

 普通の友達。比較対象がいないからわからない。本当の友達と呼べるのは、彼だけだったように思える。

「そんなの、希望的観測だよ」

「そうかもな。俺はそいつに会ったことないし、ほんとのとこはわからないけど、きっとそうだったと思うよ。……俺さ、色んな人の苦しい気持ちとか、悩みとか、全部聞こえてた。全然平気な顔してる人ばっかりだけど、暗い気持ちのない人なんかいなかったよ。みんな痛みを隠してる。俺はそれを知ってたのに、何も行動できなかった。一度、線路に飛び降りようとしてる人がいた。多分、俺だけがそのことに気づいてたのに、動けなかった。他の人たちが、すんでのところで取り押さえて、その人は無事だったけど、もし止められなかったらどうなってたんだろう。想像するだけで怖かった。でも、お前は今、そんな気持ちなんだろう」

 夏月はまっすぐ僕の目を見た。

「どれだけ苦しいか、もう俺には聞こえないけど、でもわかりたいって思うよ。救いたいって思う。見えないところばっかりだけど、心は伝え合えば、少しずつ共有できるって思ってるから。それにさ、俺たちには見えなかったけど、人間、汚い感情ばかりじゃないと思う。優しさも愛もちゃんとあるよ。当然お前にも。だから利害打算だけじゃないよ」

 僕は何も返事をしなかった。このひたむきな声を信じてもいいのだろうかと自問して、頭の中で、幼い頃の僕が「信じるな」と言う。僕は掌に力を込めた。信じたいと思った。

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