第23話 売り子戦略

学園祭まで残り三日と十五時間ほど。

交通の便も差程動き始めていないと言うのに

ボックスやら屋外ステージと他のサークルは順調そうに進んでいる中、僕らのゲーム制作と言えば――。


「悠馬様、スケジュールどうなってますか?」

「今日中にイラスト提出しろ、残り僅かってメールしてただろ」


僕のイラスト作業が残っている。

シナリオは先週に完成されて、BGMに関しては冬夏季休暇の最中に既に終わっていたらしい。

別に現を抜かしていた訳では無いが、この結果を見られたら何も言い返せない。

虎史でさえ抱えていたBGMと広告作業、シナリオまで納期までにやってのけたのだ。

負けていられない。

平等にあったら長期休暇でただ遊び呆けてい訳では無い。

至高のタイツを拝みつつ、じっくりと熟考していたのだ。

……流石にこれを悠馬の前で言えばフライパンが飛んできそうだから言えないな。


「とりあえず明日までに出来なければ、強制的に軟禁するからよろしく」

「それは見逃してよ。明日は朝一でバイトがあるんだよ」

「誰かに変わってもらえば?」

「荒川……後輩の子も同じ時間帯で、代われそうな人は全滅してます」

「ならササッと終わらせないとな。言っとくが帰宅や授業も許さんからな」


学生としての本分すら全う出来なそうだ。


「ち、ちなみに軟禁場所は……」

「公園か俺の家を選ばせてやるよ。あ、部室なら作業も捗るか」

「いや、何とかするから。じゃ、じゃあ中野教授に呼ばれちゃってるから、ね?」


秋が近づいているのに冷や汗でシャツの背中がびしょびしょになっている。

珍しく気取ってカーディガンを羽織っているのに、チャコールブラウンが汗でブラウンに染まってしまう。

中野教授をダシにするのは申し訳ないがやむを得ないのだ。

僕らがゲーム制作に何かと助力してくれいたり、悠馬に関しては落単の免状までしてもらった恩がある。

幾ら制作が危かろうが他でもない教授の頼みだ。だが、年に年でもうひと押しさせてもらう。


「そういえば学祭を旭らと回ろうと思ってるんだけど、良かったら悠馬も一緒に回らない?」

「一緒にいぃ。売り子もしないといけないからなるべくなるべく――」

「淀川さんもいるだけどうかな?なんなら学祭中ずっと暇って言ってたし売り子も頼んでみようか?」

「わかってないなぁ汰百。自分らで丹精込めて作ったのを売るから意味があんだろ」

「そ、それはわかってるけど」

「第一、女子目的で買われても嬉しくないね」


丸太のような腕と脚を組んでふてぶてしく言い放った。

生真面目なプロデューサー精魂が妙に腹立つが気持ちはよく分かる。

都会でたまにエナジードリンクを無料販売している派手なお姉さん方を見かける。

タイツを着用していなのも然る事乍ら、容姿が整った販売員を使うのに納得がいかない。ニーズに合わせて有名人を起用して広告するのは効果的な手法と思うが、そこに資金を費やすならもっと商品の質を向上させれば良いのではと考えてしまう。

こんな熱血漢じみた考えは捨てた方が利口だと思うし、実際エナドリの宣伝は成功しているからケチも付けられない。

だが、今は悠馬の凝り固まった思考を人肌で凝りを解さなければならない。

まぁ、○○ゆきのような達観した思索や練りに練られた発想なんてこいつにはいらない。


「別に女性を餌にする訳じゃないよ。女性陣は当日コスプレして参加するらしいからさ、頼んだらタイツを映えるコスプレしてくれるかもよ」


ふんぞり返っていた体勢が前のめりになった。息も荒くなっていき、さながら餌に食いつこうとしている野獣だ。


「うぅぐ、ソレはそそられるがだからって――」

「中野教授もコスプレしてくれるかもよ。あ、今から頼みに行こうか?」

「……朝イチには提出しろよ」


ロリコン野郎。

心中でそう呟くのと同時に幼女暴行で捕まるのではないかと心配になってしまう。


・・・・・・


「ということで、売り子手伝っ下さい」

「ペンを走らせながら回想しだしたと思えば、人をダシにして交渉しないでよ」

「ダシなんて思ってませんよ。ちゃんとダシ以外も使いましたよ」

「ダシ以外って、ちょっと気色悪い」


冗談交じりに言っただけなのに通じない人だ。

容姿がロリータな教授に言われるとアダルトなやらかしを見られた姓男子の気持ちになってしまう。


「そんなことは置いといて、中野教授」


何?と言いたげに愛くるしい眉を顰めている。

子供をニコッとあやすような表情が気に食わないのかと思ったが置いておこう。


「なんで研究室に淀川さんと旭がいるんですか?学祭用の衣装チェックと思ってたんですけど」

「私達をダシにしていたくせに邪魔そうにしないでくれる」

「そ、そうだよ。サークルの名前を勝手に使わないでよ」


数分前のこと。

悠馬を言いくるめたという達成感で満ちていたのに、それは後ろめたさに変わった。

研究室にはパソコンの前でにらめっこしているのはいつも通りだが、窓際にあるテーブルでジュースとコンビニお菓子を広げられていた。

そこには黒タイツと珍しく白タイツを履いている2人。

ついでに健康的な生脚の1人で女性特有の雰囲気を醸し出しており、何気に談笑をしていた。

淀川さんと旭は犬猿さが残ってはいるが、宇佐先輩は話題の振りやいじりを上手くしていた。

それに何処と無く片付いていた。

研究資料や衣装道具が散らばっているテーブルにスペースができている。

ネットショッピングのダンボールやフィギュアの箱はゴミ箱の上に畳まれていた。


「なんか落ち着かないですね。勝手片付けられてますけど教授はいいんですか?」

「べ、別に本気を出せばわたしでもできるけど、3人がどうしてもって」

「そこは聞いてないですよ」


大人の言い訳なんて聞いてられないから辞めてくださいよ。


「まぁ、手間が省けたということで3人とも。学祭の日に売り子手伝って下さいね」

「嫌だけど、学祭で1円にもならない仕事をしなくちゃないのかしら」

「そ、そんこと……い、いゎずに……」

「旭、素が出てるから……ま、淀川さんいいんじゃない」

「何がですか。宇佐先輩はこんなタイツ野郎の肩持つんてますか?」


タイツ野郎って僕からすれば褒め言葉なんですが?!


「ニヤつかないの。はいミルクココア」

「あ、教授お疲れ様です」

「頭撫でないでくれる。君って大人扱いしてるのか子供扱いしてるのか分からないのぉ」

「どっちもですよ」


大人扱いをしたいのは山々だが、幼い見た目のせいで虐めたくなるんだよな。


「和んでるとこ悪いけど、売り子の話に戻っていいかな」

「やってくれるんですよね。僕は作業に集中するんで邪魔しないでくださいね」


イヤホンで外音を遮断し、ペンとタブレットの感覚だけを研ぎ澄ませた。

カッコよく言っているが、売り子の件を宇佐先輩に丸投げして自分は作業に取り掛かりたいだけなのであった。


「……こんな奴の頼みを聞く甲斐性ありますか?」

「ない……とも言い切れないけど、コスプレサークルとしてはアリなんだよね」


甲斐性なしと言われた気がするが多分気のせいだろう。

虎史じゃあるまいし、日頃行いがいい僕が言われる筋合いないな。


「淀川さんも参加すればいいん、じゃない。話題になれば仕事貰えるかもよ」

「貴方、口が回らないのなら休んでなさい」


淀川さんに気を遣われるなんて、純恋からすれば悔しさしかないよね。

さっきまでサークルの人達といたから仕方はないけどね。


「ねぇ、淀川さん」

「な、なんですか教授」

「うぅ、怖い顔しないでよ」


般若のような顔を向けられて泣き出しそうな教授。

もう威厳なんてものは無いけど、彼女にとっては効果覿面のようだ。


「コワ、泣かないでくださいよ。話聞きますから」


目不足気味の瞼をハンカチで拭く姿はさながら姉妹のようで笑みが止まらない。

教授の目線に屈んで上げてるのが萌えポイントなんだよなって言ったら拗ねるんだよね。


「うぅん、顔がバレなければ一緒に売り子できるんだよね」

「そうですけど、何かいいものでもあるんですか?」


キリッとした顔からお姉さんの表現になり、たじろいを隠せていない。

その隙を待っていたように、あどけない童顔がニヤッと大人の悪い顔になったのを見逃さなかった。


「ならね、丁度試作品の衣装があるんだけど」

「中野教授ハメましたね」

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タだ、イとおしく、ツれづれなる 足駆 最人(あしかけ さいと) @GOmadanGO_BIG

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