第22話 学園祭、迫る。
4限目の終わり。
活気づいていた学内も徐々に静まり返っていゆく様子を、校門が良く見える食堂のカウンター席で眺めている。
僕も当初は帰る予定だったが、学祭までもう時間がないので居残りをすることになっている。
なのに何故カウンターで暇そうにしているのかと言うと、時間にルーズな奴と待ち合わせしているのだ。
学祭までもう2週間もない現状。校門を眺める暇があるならば制作に掛かりたいのはやまやまだが、集合場所が場所なので待たざるを得なかった。
なので、こうして帰って行く人たちを観察する他ないのだ。
友達同士で楽しげに談笑するもの、バイトか何らかの用事があるのか駆け足でいるもの、身を潜めてとぼとぼと1人で帰っているものと表情や言動や違えど向かっている場所は皆一緒。最寄りの駅かバス停だ。
中にはバイクに轢かれそうになった女の人を助けて、そのままお礼も兼ねて家に招かれた者もいるのだろうが、大学から抜け出せるのなら良いではないか。
「ギリギリセーフ。汰百早すぎだろ」
「10分以上遅れてるだろ。何してたんだよ」
「友達と図書館で課題やってたら時間忘れちゃててな。お、バイバイなぁ」
そう言って手を降っている方向を見ると、バンドマンのような格好をした輩が手を振り返していた。
「お前って仲の良い奴多いクセして彼女いないよな」
「気にしてるんだから言うなよ。なんて言うか、こう友達以上へのグレードアップが分からないだよ」
「お前でそれじゃ僕はどうなるんだよ」
「一生童貞かもな」
童貞というワードを冗談交じりに笑いながら肩を組んできた。
虎史は苦手と語っているがサークルの飲み会でそのうち卒業するだろう。
悠馬や福島だって見てくれは悪いが料理もできて実行力のある男達だ。1度遊びにさえ誘えば、エスコート何かしまくって落とせるだろう。
対して僕はどうなる。タイツを履いた女性が向こうから声をかけてこない限りできないだろう。
「お、おい。汰百ってそんな彼女欲しかったのか。何なら合コンでも開いてやろうか?」
「タイツだらけの合コンならいけるぞ。ただし相手は淀川さんと旭にしてくれよ」
「それなら汰百が呼んだ方が確率高いだろ」
「そう言うがこの間は来なかったじゃないか」
2人の頭には前回の京都旅行で味わった。全力疾走登山で飲んだ苦汁が溢れ出てくる。
淀川さんらが山頂にいるかもしれない。根拠の無いその原動力だけで登り詰めた結果が、互い互いを気を使いあって慰めの言葉を投げ合う地獄絵図出会った。
行きではあんなにわちゃわちゃしていた2人も、帰りの車内では京都ブレンドのお茶を啜っているだけだった。
目黒に関しては駅弁する喉を通さない状況が今でもフラッシュバックするぐらいに印象に残っている。
「ま、まぁ時間も勿体ないしサークル棟に行こうぜ。悠馬が待ってるからさ」
「そうだな。次いでに売店でパンでも買っていこうよ」
「……だな。僕も少し出すわ」
何故か互いに脚がよろけていたので、僕も虎史に肩を借りた。
淀川さんのタイツを拝んでなかったら、残機なしで倒れているのは必然だっただろう。
・・・・・・
サークル棟にあるコンピュータールーム。
普段は手芸か美術サークルの部室で屯っているが今回は違う。
「おいおいおいおいおいおい。遅すぎるぞ虎史」
「なんで名指し。汰百もいるだろ」
「どうせお前が待ち合わせに遅れたんだろ」
「な、菓子パンあげないぞ」
「菓子パンよりも惣菜パン派やし食った気にならんから好かん」
デスクとパソコンしかない細長い室内で、悠馬がギリギリ椅子に座りながらクルクルと回れるくらいの広さしかない。
元々はゲーム制作サークルとして活動していたようだが、長い間部員を確保できなかったことで廃部になったって悠馬が言っていたな。
元はゲーム系のサークルに所属しようとしていた分、こういうサークル関係の情報に詳しいらしい。
結局のところ、サークルがなかったからこの企画が実行されたんだけどな。
僕らが学祭で企画するもの、それは―――。
「ゲーム販売まで時間がないだから遅れてくんなよ。あと13日しかないんだぞ」
「わかってるっからそう焦るなよ」
「い、一応イラストとBGMは終わってるだからあとはシナリオやら細かい作業くらいで――」
「それがなりよりも時間かかるんだろうがァ。しかもセリフやト書のチェックも兼ねてるってわかってるよなぁーー」
さながらホラー映画に出てくる貞子並に引き攣った表情でこちらに顔を寄せてくる。
窓ガラスが揺さぶられる程の声量で怒号が響くサークル棟。
他の人が早めに帰ってくれていて助かった。学祭委員に聞かれれば販売中止になり金ない。
放課後の居残りやむさ苦しさが大半だった京都旅行と血の滲むあの作業がパァーになるのは避けたい。
隣の虎史もそのようで、互いに目が合った。
「落ち着けって。悠馬言ってたBGMが完成したぞ」
「この間の旅行で描いた背景スクリーンもできたからチェックしてよ」
「そんなんでぇ――」
「「帰りに飯でも行こうよ(ぜ)」」
怒号が止んだ。最後の「でぇ」は学内に轟いてはいると思うが、この部屋の物だとは特定されないだろう。
「ラ、ラーメンか丼物でもいいのか」
「あ、あぁ良いとも、しかも虎史が奢ってくれるって特典付きだ」
「おま、それはないだろ」
「人の汗水働いた金で食う飯……最高だな」
虎史には申し訳ないが学祭で淀川さんや旭たちと回ることを考慮すると手持ち無沙汰な状況は不味い。
学祭名物のコンテストの周りの売店に関しては、4桁台のものがざらに販売してある。
ゲーム販売をするんなら給付が貰えるじゃないかだって?
ふざけた話だが、給料なんてまずありえない話なのだ。
サークルでもない僕らがゲームを制作するのに幾ら掛かったと予想できる。社会人の初月給くらいには匹敵するレベルには注ぎ込んでいる。
学生程度が作ったものでそれだけ稼げる保証は無いし、仮に稼げたとしても今回の制作費に回るので此方としては赤字なのだ。
普通の学生ならこんな理にかなわないことはしないと思うが、僕らにも金銭面以外の利益があった。
それは……。
「約束したからな。財布は出さんからな」
「支払いの時に財布出さない女子かよ。せめて出さないと男は払わないだろ」
「うなぁ経験した事ないし、女子が好むようなインスタ映えのスィーツゥなんて腹の足しにならないだろ」
「発音がキモイんだよ」
……こうして誰かと制作活動できることだ。
高校時代は美術部に所属してはいたが、放課後の誰もいない美術室でひたすら絵を描くだけの日々だった。
稀に旭か荒川が覗きに来ることはあれど、2人とも友人や抱え事が多い部類だったからそれほど来なかった。
来た所で僕が帰りのコンビニで何かを奢らされるか2人の部活の雑務を手伝わされる羽目になるのは目に見えていだがな。
それで――それでも楽になれたんだ。勝手に張っていた気がスゥーッと抜けていくよな。
何かを一緒にするわけでは無いが、何処と無く心地の良い一時というのだろうか?
たまたまタイツに執着するもの同士で何かに熱中できるなんて浮きだってしまいそうだ。
「十二分浮きだってるだろう」
「な、口に出てたか?」
「浮田ってしまいそうってとこだけ聞こえたけど。なに、タイツについてでも熟考してたのか?」
しみじみと現状に浸っていたとは言えないな。
別のことに集中していたなんて悠馬に知れたら、もう手がつけられない。
デスクに座り、一息ついてから声にした。
「年がら年中してるよ。それよりもササッと完成させてラーメンでも食いに行こよ」
「お前の分は奢らないからな」
別に待ち合わせに遅れたことを根に持っている訳ではない。奢って欲しいとも思わないが、奢って貰えるなら貰っておかなければならない。
話も上手く誤魔化せて、これで作業に集中できる。
パソコンを起動させた。カタカタとキーボードを打つが続くに連れてシナリオの中に入り込んで行った。
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