第21話 華のない終わり

暖かな日差し布団の温もり。

昨日は布団を被る余力もなかったはずだが、誰が被せてくれたのか?

―――祐馬が蹴飛ばした布団がたまたま掛かっただけであった。

徹夜コースを回避するためにいち早くペンを走らせたかいがあったもんだ。

アラームがなる前に起床するのは久々だ。

スマホの明かりが眩しくて、目がしょぼしょぼする。充電もろくにしてないので、バッテリーが赤くになっている。

7:00の下に8月27日金曜日と表記されている。

長期休暇も今日を入れてあと3日間。

残りの時間を睡眠で貪りたいのもやまやまだが、憩いの我が家では無いのでそうも言ってられない。

朝食は注文してないので部屋に運ばれることは無いがチェックアウトまでそう時間はない。

今日の予定を考えるとこのまま寝かせておきたいが……。


人が急ピッチで残業をしているというのに、隣でアニメやらお菓子と私腹を肥やしていた……怨み。

ぐっすりと眠っている子には、目覚めの1発お見舞するしかないのだった。


・・・・・・


京都で山に行くと言われれば、大抵の人は嵐山や寺院のある山だと想像するだろう。

まさか、石でデコぼろした山道や下が見えない谷底にかかった橋のある三国岳を登らされると思うか?

登るにしても比叡山や渡月橋の近くにある愛宕山でそれなりに済ませるのが得策だろう。

旅行先で汗水垂らしてスケッチ挿せられるなら、旅館でのほほんとしていた方が幾らかマシだった。


「寝起きで良く進めるよな、裕馬は大丈夫か?」

「あいつ、1人だけ運動部出身だからって先々行きやがって」


僕らは文化部だったから体力にあまり自信がない。

その点、虎史はバスケやテニスと部活を掛け持ちしていた経験があるらしく、人よりも体力勝負に自信があるそうだ。

新歓でも虎史だけはスポーツ系のサークルに勧誘されてたのを覚えているくらいだ。

そう言えば、旭も運動神経抜群だった。オドオドしているくせに、徒競走や学年リレーで1位を取ってからない。

目立たない方が性格上助かるはずなのに、なんで目立っていたんだろう。


「あぁぁぁあぁぁぁもう無理。汰百、あいつを止めてくれ」


祐馬が更に後ろの方ででTシャツをボトボトに濡らしているから、そろそろ限界なのはわかっていた。

背中と脇がバケツで水をかけられたのかってぐらいに濡れていて、嫌な臭いもするかもしれない。

……というか近づきたくない。

100キロオーバーの豊満ボディにはこの山は厳しすぎたようだ。

真夏の蒸し暑さに加えて、足腰に体重がのしかかって負荷を掛けながら歩いていたのだろう。

祐馬ほどでは無いが、僕も休憩を挟みたい。


「あとちょっとだけど……少し休むか」

「しぃ、お弁当タイムの始まりだ」

「これ以上重くしてどうすんだよ」


旅館付近の老舗で大量の団子といなり寿司を購入していたからな。

僕らの分も買ってくれてるから無下には出来ないが、買ってきた本人が1番食べては行けないとは残酷な世の中、いや山の中だ。


「なぁ、汰百」

「ん?どうした?そろそろ行くか?」

「おまえ、旅行の間にLINEしてないんか?」

「LINEって誰と?自慢じゃないが友達は少ないよ」


自慢では無いがLINEの友達の数は最近やっと2桁に行きました。

家族を抜いたら1桁に逆戻りする。今後の目標は目指せ、友達10人だな。


「よっ友が多いよりはいいだろ。じゃなくて旭さんとかから連絡が来てないんだろ?」

「それがどうしたんだよ。用がなければ連絡なんてしないって」

「でも旅行のことは伝えたのにあれから返信も来てないんだろ?特に旭や江戸川先輩ならするだろ」

「そりゃするだろうけど、学祭やら忙しそうだったし」


こっそりと着いて来ているはずだから、連絡はして来ないだろう。

周囲の音や下手な嘘でボロが出たら、密かに着いて来ている意味が無いだろ。


「学祭の準備くらいでスマホ見ないわけないだろ、他に何かやらかしてたんじゃないか」

「そんなわけ……若しかすると僕らの旅行に着いてきてるかもよ?ほら、泊まる宿やスケジュールは送ってるしさ……」


その一言。

その一言で山の酸素濃度に―――特に変わりはないが何か変わった。

虎史はリュクサックを背負い直して歩き出した。

気を背もたれに寛いでた祐馬も、出していた団子を口に押し込んで立ち上がった。


「汰百は旭さんが着いてきてると思っているのか?」

「え、まぁ思ってるけど?お前らはどうなんだよ」

「「来てるに決まってるだろ」」


さっきまで2人とは何処かが違った。瞳の中に生気タイツが宿り出している。

登山を開始してから2時間ちょっと、御年配の爺さん婆さんや和気あいあいと進む夫婦は会えどタイツを履いている山ガールに会えていなかった。

京都旅行1泊2日。

旅館で見た海外版タイツ以外はタイツをお目にかかれていない。

出発前は制作活動やら京都料理にうつつを抜かしていた2人もそろそろ限界なのだろう。

検索アプリや写真ファイルに入っているタイツ脚を見ていないことに気づかないほどお前らに関心がない訳ではない。

その2人に淀川さんらが来ていると淡い期待を持たせれば……。


「山頂まであと何メートルある?」

「甲板には1.2キロと書いてあったから走って5、6分。いや、ルートをミスれば10分はあるかもな」


山頂まであと少しとはいえ、登山ルートや走行時間から最適な方法を話し合っている。

どうやら山頂に淀川さんらがいると思い込んでいるのだろう。


「なら、汰百」

「おぉ、どうした?」

「お前って短距離走って苦手だっけか?」

「短距離って、そんな苦手じゃないけどそれがどうした?」


突然の話題転換についていけなかった。登山と足の速さに一体なんの関係があるのかは分からないが、両方それほど苦手ではなかった。

旭が近場の公園をランニングしていたのに、たまに付き合っていたからインドア派の方では運動ができると自負している。


「そっか、これで決まったな」


それを聞いて何を思ったのか、屈伸や太ともを伸ばすとストレッチを始め出した。

解けてもいない靴紐も結び直し、最後に後ろを向いて何かを確認した。


「行くぞ、2人とも!」

「押し、駆け抜けぜ」

「え、おい!危ないから走るなよ」


舗装もされていない転びやすい道だと言うのに、猛スピードに走り出した。

へばっていた祐馬も枝木や草木をへし折る勢いで山頂に向かっていった。


「どうした汰百。忙しいと迷子になんぞ」

「いや、お前らここにいるとは一言も言ってないぞ」

「頂上にタイツがあるかもしれない。なら走るっきゃないだろ」

「その、ハァ……なんだ……ハァ?」

「無理に喋んな。彼女達と話す時の余力は残せ」

「虎史……ふん、やっぱ優しいなお前」

「馬鹿やろ。友達なんだから当たり前だろ」


山頂目前で茶番劇をするなら、山頂の上でやればお茶菓子で和みながらいけるの。


「茶番するなら先に行くぞ」


キラキラと見つめ合いながら友情を確かている所悪いが、横を駆けさせてもらった。

お前らを差し置いてしまうのは心が痛む。だが、焦らしプレイを仕掛けた本人として処理だけはさせてもらわねば。


「てめぇ、タイツを一足先に見ようって魂胆だろ」

「友情を差し置いて舐めんなよ」

「げ、更にスピードアップすんなよ」


山頂まで残り僅か。

頬や腕には枝木での切り傷やら、土煙で靴やスボンで汚くなっている。

女子の前に現れるのだから服装には気をつけねばならいのだろう。

だが、誰一人と足を止めるものはいない。

タイツ愛があるものなら身嗜みよりも目の眼福の方が優先なのだ。


「「「いっっっちばん」」」


そして、木々の景色を抜けて3人同時に抜けた。

その景色は―――。


「綺麗……な景色だな」


3人が見た光景は、ブルーシートを引いてお弁当を囲ってる家族やお茶を1杯に風景を眺める老人らの顔だった。

登山の際に挨拶をした人らもちらほらいた。

ただ、タイツを履くものは誰もいなかった。

それだけならまだいいものだ。

クールビューティなモデルも引っ込み思案のギャル、微笑を浮かべる性悪先輩もロリ教授すら存在しない。

―――僕らの夢見たものは何も存在しなかった。


「……なんて言うか、こう……いい景色だよな」

「そ、そうだよな。なんか、スケッチしたくなる気分っていうか」

「じゃ、じゃあ俺は団子でも食ってるから終わったら来いよ」


妄想を膨らませ続けた自分たちの傷を舐め合うように、気を紛らわせていた。

食欲はないが、何処か空腹があった。

山を全力疾走したからか。

夢見たタイツがなかったかは定かではない。

隣にいた虎史も同じことを思ったのか、顔を見合って言葉を確認し合うように言った。


「「あ、あぁ、食べようか」」


緑陽ある木々と温かみのある空間に華のない3人が団子を食べる光景はなんとも言えないものだった。

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