248話目 家族ごっこ
保育園から家に帰る。
自宅の駐車場に母の車が止まっていた。
リビングには剣がいた。
母が家に帰っているか聞くと、昴と一緒に母の部屋で寝ていると。
剣に今度僕の家にいつくるのかと、聞く手間が省けた。
恋も呼んでさっき思いついたことを、ソファの前に座っている愛、純、恋、剣に話した。
恋と剣は僕と夫婦役をしたいと口にした。
「らぶちゃんとじゅんちゃんに、僕と恋と剣の子ども役をしてほしいだけど駄目かな?」
「子ども扱いされるのは嫌だけど、こうちゃんとれんちゃんと剣のためなら頑張るよ!」
「私もしていい」
愛は「パパ!」と元気よく、純は「……父さん」と恥ずかしそうに言いながら僕に抱き着いてくる。
ないはずの愛と純の赤ちゃんの姿を大人の僕が抱っこしている光景が頭に浮かぶ。
父性を刺激され歓喜のあまり倒れそうになる。
ここで倒れるのはもったいないから耐える。
子ども達にデレデレしているだけではなくて、父親らしいことをしないといけないな。
父の顔が浮かび、父親らしいことが分からなくなる。
子どもの頃から父とは、ほとんど関わったことないから仕方ない。
周りにいる父親っぽい人……利一さん。
愛のすることを見守って、必要以上に口を出そうとしない。
恭弥さんも純に余計なことを言わない。
2人を見守りつつ、困った時に助けられるように準備をすればいいんだな……っていつも僕がしていることとあまり変わらない。
せっかく愛と純が子どもになったから、それでは物足りない。
過干渉な父親をすることにした。
「目の中に入れても痛くない!」
抱き着いている愛と純を思いっ切り抱きしめて叫ぶ。
2人が成人するまで育てようと心に誓う。
いつかは、恋と純は誰かと結婚する。
こんな可愛い2人だから、相手なんてすぐに見つかる。
絶対に結婚してほしくないと、今まで以上に思う。
でも、愛と純が連れてきた男を信用しないのは、愛と純を信用しないこと。
その時は自害する気持ちで結婚を認めるしかない……耐えられる自信がない。
「僕から言い出して悪いけど、父親役をやめていい?」
「何で、百合中君は父親役をやめたいの?」
「僕が父親だったらこうちゃんとじゅんちゃんがお嫁に行ってしまうからだよ」
恋は愛と純に耳打ちをする。
愛と純は頷いてから口にする。
「らぶは大きくなったらパパと結婚するよ! だから、らぶのパパでいて!」
「私も父さんとずっと一緒にいる。だから、父親をやめてなんて言わないで」
「らぶちゃんとじゅんちゃんの父親役をやめない!」
愛と純の嬉し過ぎる言葉に即答した。
「れんちゃんママと剣ママもずっと一緒だよ!」
愛は恋に抱き着き、純は剣の手を握った。
「いつも以上にらぶちゃんが可愛く見えるよ。ギュッ~」
「らぶもれんちゃんママに負けないぐらい抱きしめるよ! ギュッ~! ギュッ~!」
愛と恋のやり取りを呆然と見ていた剣はおずおずと純に抱き着く。
純の体がビクンと震えて、剣は後退る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「大丈夫だから抱き着いていい」
「……分かりました」
純の許しを得た剣は再び抱き着く。
「……」
「……」
「……音倉さんの抱き着き方が優しくて、子どもの頃に母さんに抱きしめてくれたみたいに安心する」
「母性が目覚める母親の気持ちが分かった気がします」
とろんと蕩けた目で純は剣のことを見る……純が可愛過ぎて発狂しそう。
「今のらぶは子どもだから、いつも子どもっぽくて遊べない砂場遊びがしたい!」
愛の言葉に全員が賛成した。
自宅にあるバケツとスコップを持って、公園に向かう。
公園に着くと、顔見知りの小学生達が鬼ごっこをしていた。
「らぶもまぜて!」
愛は小学生達の中に入っていく。
「らぶちゃん、砂場遊びはしなくていいの?」
「そうだった! 忘れていたよ!」
バケツとスコップを僕から受け取った愛は砂場に行く。
「らぶちゃんはおにごっこしないの?」
女子小学生が愛の所にやってきて話しかける。
「うん! らぶは子どもになっていつもしない砂場遊びをするよ!」
「そうなんだね。おにごっこしたくなったらいつでもおいでね」
走り去っていく女子小学生に「ありがとう!」と言ってから、愛は砂を触る。
「さらさらしていて気持ちいいよ!」
目を輝かせた愛は砂の山を作り始め、純は愛の手伝いをする。
「お姉ちゃん達は何してるの?」
愛と純の姿を見守っている恋と剣に、男子小学生が聞く。
「愛は今子どもだから、砂場遊びしているんだよ! 一緒にする?」
「いいぞ! でっかいの作ろうぜ!」
愛が代わりに答えて、男子小学生も砂の山作りに加わった。
「2人で砂を持った方がいっぱい持てるぞ。らぶも俺と一緒に持ってくれ」
「いいよ!」
男子小学生は愛の手を握ろうとしたからはじく。
「うちの娘は絶対に渡さない!」
「いきなりなんだよ!」
睨みつけると、男子小学生は泣きそうな顔で後退る。
「百合中君はこっちでらぶちゃんとじゅんちゃんの様子を見てようね」
「百合中君、子ども達の遊びを邪魔したら駄目です」
恋と剣に腕を掴まれて、ベンチの所まで引っ張られる。
しぶしぶベンチに座って、愛と純の様子を見る。
「もし、矢追さんと小泉さんの母親だったら、友達同士の遊びを邪魔する父親を止めるだろうなと思って行動していました。ごめんなさい」
「あたしも音倉さんと一緒だよ。余計なことしたよね。ごめん」
両隣に座っている剣と恋がしゅんとする。
「2人が謝れなくていいよ。今の僕はらぶちゃんとじゅんちゃんの父親だから、さっきしたことは止められた当然だよ。僕の方こそごめんね」
愛にパパ、純に父さんと呼ばれて嬉しかったと思い出す。
恋と剣の呼び方も変えれば、2人を少しでも意識できるような気がする。
「夫婦役をしている時だけ、僕達の呼び方を変えるのはどう?」
「あたしはいいよ」
「わたしも賛成です」
「2人のことをママって呼んだら、恋さんのことか剣のことか分からないから、呼び捨ての方がいいかな。剣の呼び方は変わらないけどそれでいい?」
「はい。いいですよ」
「僕が名前で呼び捨てにするなら、恋と剣も名前で僕を呼び捨てにした方がいいよね?」
恋と剣は互いの顔を見つめる。
「先に、音倉さんから百合中君の名前を呼んでもいいよ」
「わたしは後でいいので、先に影山さんが百合中君の名前を呼んでください」
「名前を呼ぶだけでも緊張するのに、呼び捨てなんてできない」
「わたしも無理です。同時に呼ぶのはどうでしょうか?」
「いいよ。あたしがせーのって言った後に、一緒に言うよ。裏切りは駄目だからね」
「分かっています。心の準備をしたいので少し待ってください。…………いいですよ」
恋が「せーの」と言った2人はくしゃみをした。
いつも以上に冷え込むから、このままでは風邪を引くな。
恋と剣を僕の方に寄せると温かい。
自宅の玄関を開けると、酒の匂いがした。
純は酒の匂いだけで酔ってしまう。
愛の家に純を避難させよう。
愛、恋、剣も純について行った。
自宅のリビングには、床中に空き瓶が乱雑に置かれている。
ソファの上で昴を敷いて座っている母がいた。
昴は満足そうな笑みを浮かべている。
「母さんが酒を飲んでいたら、じゅんちゃんが家にこられないから酒を飲むのをやめて」
片付けしながら、今も一升瓶をラッパ飲みしている母に言った。
「知り合いからもらったお酒だから飲まないといけないから少し待ってほしいわ」
「訳の分からない言い訳をしてないで、今もっている酒を僕に渡して」
「駄目だよ! 社長からお酒を奪わないで!」
下敷きにされている昴は真顔で叫ぶ。
「酔いが覚めたら社長がボクから退いてしまうから、酔い続けさせてほしい!」
「じゅんちゃんに迷惑がかかるから駄目」
母から酒瓶を奪って僕の部屋に隠して戻る。
母と昴に鬼! 悪魔! と罵倒されながら、リビングを換気して掃除する。
仕上げに消臭スプレーを部屋と母、昴の服にかけてから愛の家に行く。
愛に母が帰っていることを伝えると、早足で僕の家に向かった。
僕達は追いかける。
「愛ちゃん、おかえり」
勢いよくリビングに入った愛に母は唇を窄めながら近づく。
「ただいま! バアバ!」
愛の言葉を聞いて母は立ち止まる。
「……わたしそんなに老けたかしら?」
深刻そうな顔をして周りに聞く。
僕は自分達が家族ごっこみたいなことをしていることを母に説明する。
僕が父で、恋と剣が母で、愛と剣が子ども。
愛が僕の子どもだから、僕の母親である母を祖母の意味を込めてバアバと呼んだと。
「バアバって呼ばれるのは複雑だけど、愛ちゃんと純ちゃんみたいな孫だったらほしいわ。ほら、愛ちゃん、純ちゃんおいで」
母が太腿を叩くと、愛は勢いよく、純はおずおずとそこに座った。
息苦しそうにはぁはぁと母の下敷きになっている昴だけど、幸せそうに笑みを浮かべているから気にしない。
「初めての孫で嬉しいわ。ブッチュ~」
純の唇に母は顔を近づけてディープキスをした。
「純ちゃん唇柔らかいわね」
呆然としている純と顔を真っ赤にしている愛を抱きかかえて、2人を椅子に座らせる。
「無理矢理キスをするのは犯罪だよ!」
「孫といちゃついただけよ」
「僕に子どもができたとしても、絶対に母さんには触らせない」
「ごめんなさい。もう軽はずみなことはしないから、幸ちゃんに子どもができたら可愛がらしてほしいわ」
「謝らないでいいから自分の部屋に戻って、お酒が抜けるまで出てこないで」
ふらついている母は昴に肩を貸してもらって部屋を出て行く。
「じゅんちゃん大丈夫?」
「らいひょうふらよ」
呂律の回っていない虚ろな目をしている。
全然大丈夫そうに見えない。
「ママの手伝いをする時間だよ!」
顔色が元に戻った愛はそう言って、部屋から出て行く。
「私もらぶちゃんの手伝いする」
立ち上がってすぐにこけそうになった純を支える。
「じゅんちゃん、家に帰って寝ようか?」
「父さんともっと一緒にいたいよ」
僕の胸に顔を何度も擦りつけてから、上目遣いで甘えた声を出す純。
可愛過ぎて家に帰したくない!
ここで寝させよう!
ソファに座った僕の膝の上に純は座らせる。
両隣にいる恋と剣が僕達を抱きしめる。
純は数秒で眠りについた。
今日、家族ごっこをしてどうだったか恋と剣と話し合う。
愛と純に対して母性と父性は芽生えたけど、それ以外の感情は芽生えなかった。
家族ごっこをやめることにした。
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