247話目 節分

 眩しさを感じながら目を開ける。


 部屋に電気がついていた。


 消したはずだと思いながら体を起こす。


 出入口の近くに鬼の面を被っている愛がいた。


 保育園の節分の手伝いに行くのは、今日だったな。


「こうちゃん! おはよう! 鬼だぞ! 怖いだろ! ガオー!」


 愛は少し指を曲げた両手を僕の方に突き出す。


「らぶちゃんの鬼姿可愛いよ」

「鬼は可愛くないよ! 怖いよ!」


 部屋を出て行き、もう1度入ってくる愛。


「ガオー! 怖い鬼だよ! 人間を食べちゃうよ!」

「怖いよ! 助けて!」


 大袈裟に体を震わせながら、大声を出した。


「らぶはもう鬼じゃなくて、らぶだから安心して!」


 愛はお面をのけてベッドに立ち、僕の頭を撫でた。


 ポケットから豆を取り出して渡してきた。


「これを鬼のらぶに投げて!」

「らぶちゃんに投げることなんてできない」

「節分の練習をしたいから投げて!」

「鬼は悪いものだから、鬼の苦手な豆を投げて外に出すんだよ。でも、らぶちゃんはいい子だから豆を投げて外に出す必要はない」

「そうだね! らぶはいいお姉さんだから投げられる理由がないね!」

 愛は腕を組んで真剣な顔をして、すぐに快活な笑顔を浮かべる。

「悪いことをすればいいだよ! そうすれば、こうちゃんがらぶに豆を投げる理由ができるよ! こうちゃんベッドに横になって!」


 言われた通り仰向けになる。


 僕の上に愛が馬乗りになる。


「今からたくさん悪いことするよ!」


 小さな手が僕の脇を擽り始めた。


「こうちゃん! らぶはこうちゃんを苦しめたから悪い子になった?」


 愛の力が弱くて、そこまで擽ったくなくて心地よい。


「幼馴染同士で擽り合うのは普通のことだから悪いことじゃないよ」

「そうだね! らぶ達たまにくすぐり合ってるね! それならこうするよ!」


 僕の頭を乗せている枕を取ってドヤ顔する。


 そのドヤ顔が可愛くて頭を撫でる。


「子ども扱いじゃなくて、鬼扱いして!」


 頬を膨らませた愛は布団から下りる。


「そうだ! じゅんちゃんを鬼で起こして驚かすよ!」


 大きく頷いた愛は部屋を出て行く。


 外は真っ暗。


 純もまだ寝ていたいだろう。


「豆を投げるからここにいてほしい」


 愛を呼び止めると、「やったー」と言ってすぐに戻ってきた。


 再び鬼の面を被った愛は、野球のキャッチャーみたいに腰を低め片手を僕に向けて出している。


 僕の顔に豆を投げて、豆が当たった時の痛さを確かめる。


 ……結構痛い。


 服に投げて見るとそうでもなかった。


 愛の服に照準を合わせようとするけど、小さい愛がしゃがんでいるから可愛い。


 じゃなくて、狙いが定めるのが難しい。


 遠くから服に当てる自信はないから、近づくと愛は後退る。


「簡単に当てさせないよ! 愛は強い鬼だかね!」


 くっそ、可愛い!


 下投げでゆっくりと愛のスカートを狙って投げると避けられる。


「こうちゃん! もっとらぶに投げて!」

「うん。いいよ」


 数分豆を避け続けて疲れた愛は、ベッドの上に倒れて気持ちよさそうに寝ている。




 保育園に集合するのは9時。


 8時を過ぎても、愛は起きないから純を先に迎えに行く。


 純の部屋に近づくと、「泣く子はいねえか!」と迫力のある声が聞こえてくる。


 少し開いているドアから部屋の中を覗くと、純は鏡に向かって鬼の真似をしていた。


 目尻を人差し指で上げて眉間に皺を寄せてから、「鬼だぞ!」と腹から声を出している。


「……こんなことしなくても私の顔は怖い」


 顔から指を離した純は呟く。


「子どもを怖がられないように頑張る。笑顔の練習をしよう」


 口角を上がっているけど、目が笑っていない。


 鏡に映る自分の顔を見た純は落ち込む。


 純は自分の足と脇を擽り始めた。


 笑わずに呆然と鏡を見ている。


 スマホで漫才の動画を見るけど、純の表情はぴくりとも動かない。


「甘いものを食べたら笑顔になれるよ」


 悩んでいる純をほっとけなくて、思わず助言してしまう。


 僕と視線が合った純は俊足で毛布を取ってベッドの端に行き、毛布を全身に被る。


「じゅんちゃん、勝手に部屋を覗いてごめんね」


 部屋の中に入って謝る。


 純は毛布から顔を少しだけ出す。


「……いつから見ていた?」

「さっききた所だよ」

「……本当?」


 眉を少し下げて上目遣いをしてくる純。


「ごめん。『泣く子はいねか!』と言っていた所から見ていた」


 可愛過ぎる純に本音を口にしてしまう。


 耳を真っ赤にして亀のように頭を引っ込める純。


 自宅に行き、温めココアを作って純の家に戻る。


 お盆に乗せたココアを手で煽って匂いを届けてから、純の頭の前にお盆を置く。


 純は毛布をガバッと脱ぎ捨てて、壁に凭れながらココアを飲み始めた。


 チビチビとココアを飲む純の頭を撫でる。


「じゅんちゃんは本当に可愛いな」

「可愛くない。目つき悪いから、可愛くない」

「ツリ目のじゅんちゃんが照れるとギャップがあって、誰よりも可愛いよ」


 ツリ目で身長が高くて格好いい純が、ぱっちり目の身長が低い幼い見た目の愛に襲われる姿が鬼可愛い……空気を読んで言わない。


「……こうちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけど自信を持てない」


 子どもの頃から純は男から怖がられて、女からは格好いいと言われていた。


 純自身が可愛いと思えないのは、それが原因かもしれない。


 僕だけが純の可愛さを知っていればいい。


 でも、純の自信をつけさせるためなら、全力で純が自分の可愛さを自覚できるように力を尽くそう。


 純からコップを受け取り、それを机に置く。


 スマホを取り出してカメラのアプリを起動する。


「僕の体の嗅いでもいいよ」

「……何で?」

「じゅんちゃんが僕の体を嗅いでいる時、普段以上に可愛いからそれを写真に撮ってじゅんちゃんに見せようと思って」

「……」


 耳を真っ赤にして俯く純が可愛いから写真を撮る。


「じゅんちゃんの照れている顔も可愛いよ」


 純にスマホの画面を向けるけど、顔を上げようとしない。


「恥ずかしくて顔を上げられないじゅんちゃんも可愛いよ」


 連射するのが止まらない。


「……分かったから、写真撮らなくていい」

「じゅんちゃんが可愛いこと分かってくれた?」

「……おう」


 まだ、純の照れ顔を撮りたい気持ちはあるけど、本来の目的は達したからよしとしよう。


「後から迎えにくるから、着替えを終わらしといてね」

「私が保育園に行って、子ども達を楽しませることできる?」

「僕はじゅんちゃんとらぶちゃんと3人で豆まきを楽しむつもりだから、じゅんちゃんも自分が楽しむことだけ考えればいいよ」

「おう。楽しむ」


 弾んだ声を背に部屋から出て行く。


 自宅に向かって歩きながらスマホで時間を確認する。


 8時45分だった。



 家から保育園まで3人で歩いたら15分かかる。


 自室に行き寝ている愛を抱えて外に出ると純がいたから、全力疾走で保育園に向かった。




 どうにか約束していた時間に間に合って、職員室にきている。


 保育士は上下の赤い服、虎柄のパンツ、お面を渡して部屋から出る。


 純がお面を見て安心したように溜息をする。


 表情を作らなくていいと知ったからだろう。


 覗かれないように部屋に鍵を閉める。


「こうちゃんも早く鬼になるよ!」

「こうちゃんがいるから、着替えるのは待って」


 愛が脱ぎ出すと、純が慌てる。


 職員室の中にトイレがあるから、そこに行って着替える。


 トイレから出ると、可愛い鬼が2人いた。


 写真を撮ろうとしていると、準備ができたのかと保育士に聞かれたから後で撮ろう。


 1階の年長組に行く。


 愛の所に男子、純の所に女子が集まる。


 子ども達は鬼が愛と純と分かっていて、男子はわざとらしく、女子は堂々と幼馴染達の体に触る。


「大好きな幼馴染の体を厭らしく触る悪い子はいねえか!」


 男子は許せないから愛を抱えて、腹から低い声を出して威嚇する。


 子ども達は怖がり、近くにいる親の所に向かって走っていく。


「悪い鬼さんは豆を投げてここから出ていかせるよ」


 保育士は子ども達に豆を配る。


 豆を持った子どもは全員僕の近くにきて、一斉に投げてきた。


 衣装の生地が薄いから結構痛い。


 愛と純が被害にあっていないからいいか。


「こうちゃんにばっかりずるいよ! 鬼のらぶにもいっぱい豆を投げてほしいよ!」


 男子達は豆を愛に投げようとした。


 愛の前に立って壁になる。


「こうちゃん! 邪魔しないで!」


 愛に叱られて凹みながら、純に視線を向ける。


 女子達にもみくちゃにされているけど、口角が上がっているから楽しんでいるのだろう。


「みんなが豆を投げてくれたから、鬼さん達は逃げていくよ」


 事前に決めていた僕達が部屋を出て行く合図を保育士が口にした。


 愛に耳打ちする。


「らぶちゃん、部屋から出て行くよ!」


「もっとらぶは鬼をしたいよ!」


 父親達が愛と純の姿を厭らしい目で見ているのに気付く。


 愛を脇に抱えて、純の手を握って、職員室に向かって走った。


 職員室に入って、愛を床に下ろすとここから出て行こうとする。


「らぶちゃんの分の豆は特別に塩辛くしてくれるように頼んでいるよ。僕が先に着替え終わったら、らぶちゃんの分も食べようかな」

「らぶが1番に着替えて豆を食べるよ!」


 素早く衣装を脱いで、下着姿になる愛。


 純は耳を真っ赤にしながら、僕から愛を隠すように立つ。


「じゅんちゃんも早く着替えるよ!」


 愛は純のズボンを脱がせようとするけど、びくともしない。


 小さな手が偶然、純の脇腹に当たる。


 力無くその場に座り込む純の上着を愛は脱がせる。


 純は驚いて尻餅をつく。


 ズボンのポケットに手を入れて下げようとする愛。


「1人で着替えられるから大丈夫!」


 純は叫ぶ。


 愛は「豆! 早く! 豆! 早く!」と豆のことで頭がいっぱいで聞こえてない。


 このまま愛に攻められる純を見ていたい。


 純に嫌われたくないから、職員用トイレに向かった。


 行事が終わり、愛と純は子どもと親達の見送りに行っている。


 その間、僕は床に大量の豆が落ちている部屋の掃除をしている。


「わたしもそろそろ子どもがほしいわ」

「ほしいって、相手はいるの?」

「彼氏所か、好きになれそうな人もいないわ。でも、可愛い子どもがいたら好きな人もできそうな気がするわ」


 一緒に掃除している保育士2人の会話が聞こえてくる。


 愛と純が子どもだったら、毎日甘やかしまくれて楽しいだろうな。


 子どもができたら、結婚相手に愛情が芽生えるとどこかで聞いたことがある。


 僕と恋、剣の子ども役を愛と純にしてもらえば、2人に愛情が芽生えるかもしれないな。

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