243話目 小さな幼馴染はご立腹

 リビングに掃除機を掛けてから時計を見ると7時前。


 愛の家に行く前にやらないといけないことがある。


 昨日百合カップルと別れてから家に帰ると、玄関に愛がいた。


「こうちゃん! らぶは今怒っているよ! なんで怒っているから分かる?」

「……」


 考えても愛が怒っている理由が分からない。


 そもそも、愛が怒ることが滅多にない。


 頭の中がパニック状態。


「女心の分からないこうちゃんは正座だよ!」

「はい」

「靴が置いている所で正座したら、こうちゃんのズボンが汚れるからこっちでしていいよ!」


 愛に言われた通り靴を脱いで家に上がり正座する。


 怒っている時も僕を気遣う愛は優しいな。


「こうちゃんは女の子達のデートに付き合って、デレデレしていたことをらぶは怒っているよ!」

「……ごめんなさい」


 デレデレはしてないけど、見惚れていたことは事実なので謝る。


「れんちゃんと剣はこうちゃんのこと本気で好きだから、他の女子にデレデレしたら駄目だよ!」


 愛が言う他の女子に、愛と純が当てはまるか聞きたい。


 愛と純の百合にデレデレできなくなってしまうと、死活問題に関わってくる。


 でも、怒っている状態の愛に聞いたら、勢いで当てはまると言われそうだから聞かない。


「らぶはびっくりしたよ! じゅんちゃんと遊びに出かけていた帰りに学校の前を通ると、れんちゃんと剣が泣いていたから! らぶが2人泣いている理由を知っているのは、らぶが無理矢理聞いたからだよ! れんちゃんと剣は悪くないからね!」

「うん。恋さんも剣も悪くなくて、僕が悪いよ。ごめんなさい」 

「らぶに謝るんじゃなくて、れんちゃんと剣に謝って! 剣は三実の部屋でいるから今から謝りに行くんだよ!」


 母の部屋に行き、ドアを叩く。


 反応がない。


 ランイで『謝りたいことがあるから会ってほしい』と送るけど、既読すらつかない。


「こうちゃん、どうだった? 剣は許してくれた?」


 1階に下りると、愛が話しかけてきた。


「返事がなかったから寝ているかもしれない。明日、謝りに行くよ」

「こうちゃんがれんちゃんと剣に謝るまで、らぶはこうちゃんと話さないよ!」


 絶望のあまりにその場で膝をつく。


 それから、本当に愛は1言も喋ってくれなかった。


 大好きな幼馴染は一緒にいられるだけで幸せだと思っていたけど、そうではないと証明された。


 母の部屋に向かいノックする。


 昨日と同じで無反応。


「剣、ごめん」

「……百合中君は悪くないから謝らないでください」


 一応許してもらえたことになる。


 後は恋に謝らないといけない。


「剣の分の朝食を作っているから、よかったら食べてね」


 そう言い残してから、愛の家に向かった。 


 愛の家のドアを開けても、玄関には愛がいなかった。


 いつもいるのに……寂しい。


 リビングに入る。


 ソファに座っている愛が僕の方を見る。


「れんちゃんと剣には謝った? そうだ! らぶは今、こうちゃんと話したら駄目だったよ!」


 愛は言い終わってから、手で口を塞ぐ。


「剣には謝ってきたよ。恋さんは学校に行ってから謝る」

「らぶはこうちゃんと早く話したいから、早く学校に行こう!」


 恋は僕の所にきて手を握る。


「学校に行くのは朝ご飯を食べてからよ」


 キッチンから朝食の乗ったお盆を持っている琴絵さんが言った。


「愛は食べなくても、グ~、平気、グ~、だよ!」


「らぶちゃんはそうでも、らぶちゃんのお腹は違うみたいよ。それに、朝食を食べなかったら授業に集中できないわよ」


 琴絵さんは愛がいつも座っている席に朝食を置く。


「勉強に、集中できないのは、グ~、嫌だから、グ~、食べるよ! すぐに食べるから、グ~、待っていて!」

「よく噛んで食べてね」


 琴絵さんはそう言い残して、キッチンに向かう。


 愛は椅子に座ってから、黙々と食べ始めた。


 愛の隣に座ろうとしていると、キッチンから顔を出した琴絵さんが手招きをしてきた。


 琴絵さんの所に行くと耳打ちにしてくる。


「2人の話が聞こえたけど、今愛ちゃんと幸君は喧嘩しているの?」

「喧嘩はしてないですけど、怒らせました」

「らぶちゃんが怒るなんて珍しいわね。何があったのか聞いていい?」


 琴絵さんに愛が怒った事情を話した。


「女の嫉妬は怖いから気をつけた方がいいわよ」


 真顔の琴絵さん。


 疑問に思っていることを口にする。


「恋さんと剣には女子同士のカップルのデートに付き合うことは事前に話しています。それでも、嫉妬するんですか?」

「するわね。どんな理由があっても、好きな男子が自分以外の女子にデレデレしていたら嫉妬するわよ。女子ってそういう生き物よ」

「……」

「面倒臭そうな顔をしているわね。そんな幸君に、いい解決方法を教えてあげるわ」

「何ですか?」

「らぶちゃんと結婚してしまえば、恋さんも剣さんも諦めるわよ」


 話を聞こえなかった振りをして、愛の所に向かった。




 愛は純を起こそうとして、いつも通り純の上に乗っかって寝た。


 純の体を揺すろうとしていると、純は目を開ける。


「勘違いしたことを音倉さんに教えてごめん」

「じゅんちゃんは気にしなくていいよ。悪いのはうるさかった男子の所為だから」

「こうちゃんが何を言ったのか確認しなかった私も悪いからごめん」

「本当に気にしてないよ」


 慰めるように純の頭を撫でる。


「こうちゃんに聞きたいことがある」

「じゅんちゃんの質問なら何でも答えるよ」

「こうちゃんは昨日の女子達のデートに付き合って楽しかった?」

「楽しかったと言えば、楽しかったかな」


 楽しい楽しくないを考えて、春日と夏井のデートに付き合ってないから曖昧な答えになった。


「……昨日の女子達で百合的な妄想した?」

「…………」


 正直に興奮したと口にしようとしたけど、言葉が出てこない。


 純は僕が百合好きなことを知っている。


 知っているけど、純に僕の性癖の話をするのはきつい。


 いや、ここは正直に答えた方がいい。


 僕の羞恥心より、純に嘘を吐きたくない。


 昨日の百合カップルに興奮したと言おう。


 僕より先に純が口を開く。


「私とらぶちゃん、デートに付き合った女子達、どっちの方が興奮する?」

「もちろん、じゅんちゃんとらぶちゃんの方に決まっているよ!」


 僕の即答に純は耳を真っ赤にしながら、「……ありがとう」と言った。


 純は愛の前髪を手で上げて額にキスをする。


 今、何が起こったのか分からないから、もう1度起こってくれないかな!


 そんな僕の心の叫びが届いたのか、愛の額に2回目のキスがされる。


「……こうちゃん、私にしてほしいことは他にない?」


 今の状況から考えれば、百合的なことでしてほしいことを聞いているのだろう。


「らぶちゃんが起きるまで、おはようのキスをしてほしい」


 考える前に口にする。


「……おう」


 純は呟いてから、愛に顔を近づける。


 少しでも動けば、純と恋の唇が振れそうな所で恋が目を開ける。


「じゅんちゃん! おはよう! 純ちゃんの顔が近いよ!」


 純は素早く愛から離れてベッドの端に行き、毛布を全身に被る。


 愛が必死に毛布を剥がそうとしたけど、全く剥がれない。


 愛と純に見惚れていると、恭弥さんの「学校に行く時間だぞ」という声が聞こえてきた。

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