242話目 勘違い②
愛は漫研部員と弁当を食べる約束していたことを忘れていたと言って、純の手を握り教室から出て行く。
幼馴染達と入れ代わるように、恋がやってきた。
「百合中君一緒に弁当を食べよう?」
「僕はらぶちゃんとじゅんちゃんと食べるから」
「らぶちゃんと小泉さんは……漫研部の人達と男子に聞かれたくない女子トークをするって言っていたよ」
「恋さんはどうしてそれに参加しないの?」
「……ごめんね。嘘ついた。百合中君と2人きりにしてもらえるように、らぶちゃんにお願いした」
しゅんと落ち込む恋を見るとほっとけなくなる。
「屋上で食べるのでいい?」
「いいけど、怒ってないの?」
「怒ってないよ。ゆっくりしていたら昼休みが終わるから行くよ」
弁当を手にして廊下に出る。
屋上に着きフェンスの近くで弁当を広げていると、夏井がやってきて満面の笑みで話しかけてくる。
「今日のデート楽しみにしているぞ!」
「わたし用事を思い出したから戻るね」
足早で恋は屋上から出て行く。
「春日さんにそのこと聞いたんだね」
「そうだよ。神様も今日のデートについて来てくれるんだろ?」
「2人でデートした方がいいと思うよ」
「無理だ! 絶対に無理だ! 緊張して何も話せなくなる!」
真っ赤にした顔を左右に振る。
「ついて行くのはいいけど、早めの時間に解散するよ」
「それでいい。気になることがあるだけど、デートのコツってあるのか?」
「朝も同じようなこと言ったけど、相手の好きなことに興味を持っていることを一緒にすればいいよ。春日さんは動物が好きだから動物園に行くとか。気軽に行くなら隣町のペットショップでもいい」
「さすが神様だな。彼女とたくさんデートしているのか?」
「僕に彼女はいないよ」
「さっき神様の隣にいた奴は彼女じゃないのか?」
告白されていることはわざわざ話すことではないので伏せて、違うと否定する。
夏井はお礼を言って屋上から出て行ってから少しして、膨れっ面をしている恋が戻ってくる。
機嫌が悪そうだから、触れない方がいいな。
互いに無言で弁当を食べていると、恋が聞いてきた。
「今日一緒に帰れない?」
百合カップルのデートについて行くことは、わざわざ言わなくていいか。
「用事があるから、明日なら帰れるよ」
なぜか、恋は落ち込んだみたいに俯く。
「…………今日百合中君が一緒に帰る人は、らぶちゃんと小泉さんのことより好き?」
「らぶちゃんとじゅんちゃんの方が好きだよ」
即答すると安心した顔をしたけど、すぐに不安気になる。
「……なら、何で今日の放課後に百合中君は夏井さんとデートするの?」
「僕がデートするんじゃなくて」
「彼女でもないのに嫉妬してごめんね」
百合カップルのデートについて行くと言おうとしたけど、恋は早口でそう言って屋上から出て行く。
最後に恋が何を言ったのか分からなかったけど、勘違いしていることは分かった。
恋を追いかける。
階段を気怠そうに下りている恋。
僕に気づいた恋は走り出してからすぐにこけそうになった。
後ろから支える。
「百合中君離して! 離して!」
「恋さんは僕が夏井さんとデートするって言ったけど、夏井さんとデートするのは春日さんだよ。僕は2人のデートについて行くだけだよ」
暴れ出す恋に向かって大声を出す。
ぴたりと動きを止めて僕の方を向く。
「……ごめんなさい」
バツの悪そうな顔で恋は謝った。
★★★
百合カップルの後ろを歩きながら校門近くまで行くと、剣がいて僕達の所に走ってくる。
剣は百合カップルを一瞥してから、おずおずと聞いてきた。
「……百合中君はどっちと付き合っているんですか?」
「どっちとも付き合ってないよ。2人の関係を話していい?」
百合カップルの春日さんと夏井さんに視線を向けながら聞く。
2人は頷く。
「僕が付き合っているんじゃなくて、春日さんと夏井さんが付き合っているんだよ」
顔を真っ赤にした剣は走り去って行く。
剣は冬休みが終わった次の日に東京に帰ったはずだけど、どうしてここにいるのだろうか?
気にしてもしょうがないな。
駅に着き時刻表を見ると、僕達が乗る電車がくるまで20分ほどある。
ホームにあるベンチに座った夏井と春日がぎこちなく話している。
そんな2人から少し離れた所で立って、恋と剣が勘違いした理由を考える。
僕が恋愛相談をしていることを恋は知っている。
だから、朝に夏井と2人きりで空き教室にいた所を見ても、僕と夏井がデートすると勘違いすることない。
いや、僕達が話していた内容を途切れと途切れに聞いていたら、勘違いする可能性は……ないな。
静かな部屋でわりと大きな声で、僕と夏井さんは話していたからその可能性はない。
剣が僕と春日か夏井のどちらかと付き合っていると、勘違いしたのは見当もつかない。
考えることを諦める。
手持無沙汰になったからスマホを取り出すと、愛からランイがきていた。
『れんちゃんのこと応援したいけど、こうちゃんが好きな人といられることが1番だから今日のデート頑張ってね!』
最初はランイの内容が理解できなかったけど、何度か読み直すと理解した。
愛は今僕が僕の好きな人とデートしていると勘違いしている。
春日と夏井のデートに付き合っていると返事する。
『こうちゃんが朝に、『女子、デート、付き合う』って言っていたから勘違いしたよ! ごめんね!』
その場にいた純が僕の言ったことを剣に伝えていいかと、聞いてきたことを思い出す。
剣の反応から見ると、純も勘違いしていることが分かる。
僕が愛に恋愛相談をされていたことを話そうとしてきた時に、周りの男子がうるさかったから上手く伝わらなかったのだろう。
顔の覚えていない男子に対して再び殺意が蘇ってきた。
愛に気にしなくていいよとランイを送ってから、純にランイで誤解を解いた。
電車がきたから乗る。
隣の車両に恋と剣が電車に駆け込むのが見えた。
2人は仲が悪いから、一緒にいることに違和感があった。
僕の後を追いかけてきたのか?
僕が誰かとデートする誤解は解いたのだから、追いかけてくる理由はない。
知らない所で恋と剣は仲よくなったのかもしれないな。
モールの中に入る。
ここから見えるペットショップに春日が小走りで向かった。
僕と夏井はついて行く。
透明な箱の中で眠たそうに動いている犬、猫の前で目を輝かせている春日の横に夏井が立つ。
少し離れた所で2人の姿を眺める。
僕が必要なさそうだったら帰ろう。
「夏井さん見てください! ポメラニアンですよ! 隣にはダックスフンドがいます! どっちも可愛いです!」
「……そうだな」
はしゃいでいる春日に手を繋がれた夏井は、頬を赤くして目を泳がせている。
後輩にふいに手を繋がれて慌てる先輩。
百合好きにはたまらないシチュエーション。
漫画で見たことあるけど、生の方がぐっとくるな。
恋愛相談を受けて初めてよかったと思った。
「イヌさんも可愛いですけど、ネコさんもいいですね! あそこにいるスコティッシュ・フォールドの垂れ耳を見ていると胸がキュンキュンします! 夏井さんはイヌさんとネコさんどっちが好きですか?」
「……答えるから、一旦手を離してもらっていいか?」
「手って何のこと……」
春日は夏井と繋いでいる手を見た瞬間、顔を真っ赤にして勢いよく手を離す。
「ごめんなさい! 嫌だったですよね?」
「嫌じゃない……嬉しかった」
「……わたしも、夏井さんと手を繋げて嬉しかったです」
「……」
「……」
見つめ合った2人は、ゆっくりと互いの手を握ろうとしていると。
「ポメラニアンのポメちゃんを抱っこしませんか?」
空気を読まずにポメラニアンを胸の所で抱えている男子店員が、春日と夏井に話しかける。
どうにかして男子店員を排除したい。
「いいんですか?」
その前に、再びテンションの上がった春日はポメラニアンに向かって手を広げる。
「いいですよ。はい、どうぞ」
「毛がふわふわして気持ちいいよ! うわっ! ポメちゃんの舌がザラザラしているよ! くすぐったいよ!」
春日はポメラニアンに顔中を舐められて喜ぶ。
「……そろそろ外に出ないか?」
「ポメちゃんは本当に可愛いでちゅね~! 何か言いましたか?」
「何でもない」
冷たくそう言った夏井が外に向かう。
慌てた春日は店員にポメラニアンを返して、夏井の後を追い話しかける。
「……わたし、夏井さんを怒らせることしましたか?」
「何でもない」
「……何でもないなら、どうして泣きそうな顔をしているんですか?」
「そんな顔をしてない」
「しています! 今にも泣きそうな顔をしています!」
夏井が顔を逸らすと、春日は顔の向いた方に移動する。
「わたしの駄目な所があるなら直すので言ってください」
「……本当のことを言ったら嫌われるから言わない」
「どんなことがあっても、わたしは夏井さんのことを嫌いになりません」
胸を張りながら堂々と言う春日。
「……犬にばっかり構わずに、おれにも構え」
「夏井さんがか、か、か、可愛過ぎます!」
飛び跳ねた春日は夏井に抱き着く。
「たくさん構いますよ!」
夏井の頭を春日は撫でまわす。
「……人が見ているから……恥ずかしい」
「照れている夏井さん初めて見ました! 癖になりそうです! ほらほら、夏井さん! 今度はハグですよ! ギュッ~!」
「……やめろ」
目を血走らせながら抱き着く春日。
やめろと言いつつも全く抵抗しない夏井。
大人しそうな見た目の女子が、やんちゃそうな女子を攻めている姿は最高だな。
百合カップルに癒されていると、悪寒がして後ろを見る。
恋と剣が僕のことを睨んでいた。
初めて睨まれたことに驚く。
僕の視線に気づいた恋と剣は逃げていく。
なぜかこのままにしてはいけないと思い、2人を追いかける。
恋に手が届きそうになったけど、剣が恋の手を握り走り去っていく。
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