238話目 嗜虐心②


 琴絵さんが去ってすぐに後を追う。


 今見られたことを愛に電話されて、純にも伝わり、大好きな幼馴染達に嫌われて僕の人生が終わる。


 全力疾走しているはずだけど、琴絵さんは外にはいない。


 矢追家に入り、リビングから琴絵さんの声がしてきた。


 その部屋に入る。


 スマホを触っている琴絵さんと目が合う。


 琴絵さんは満面の笑みを浮かべながら、スマホの操作を続ける。


 無理矢理スマホを奪いそうになった自分に言い聞かせる。


 目の前にいるのは大好きな愛の母親の琴絵さんだから、冷静に対処するようにと。


「もしかしてらぶちゃんに電話をかけて、さっき僕の家で見たことを言おうとしていますか?」

「らぶちゃんと結婚してくれるなら、連絡しないわよ」


 僕と愛の好きは恋愛ではなく家族愛。


 それを知っているけど、琴絵さんは僕と恋を引っ付けようとする。


「いつも言ってますけど、らぶちゃんも僕もそれを望んでないですよ」

「分かっているわ。でも、嫌ではないわよね?」

「嫌ではないです」

「結婚が無理ならさっきのエッチなことに、らぶちゃんを混ぜてくれるならいいわよ」


 ……愛が恋と剣を攻めている所を想像する。


「僕抜きならいいですよ」

「本当に幸君は女の子同士でするのが好きなのね」


 琴絵さんに僕が百合好きなことを知られているけど、親ぐらいの年の人に性癖を知られるのは恥ずかしいな。


「いいことを思いついたわ。もし愛ちゃんと結婚してくれたら」

「何を言われようと僕とらぶちゃんは」

「わたしと恋ちゃんがエッチなことをしている所を見せてあげるわ」

「…………」


 愛の見た目は琴絵さん似。


 大切なことだからもう1度言う。


 愛の見た目は琴絵さん似!


 違いは琴絵さんの方が身長高いぐらいで、2人を見慣れてなければ分からないぐらい似ている。


 そんな琴絵さんが愛に……。


「今すぐ、婚姻届けを貰ってきます」

「いってらっしゃい」


 ドアに手を掛けて思いとどまる。


「1パーセントの確率でらぶちゃんが琴絵さんとのエッチなことを受け入れても、利一さんが受け入れるはずないです」


 愛の父親で、琴絵さんの夫の矢追利一。


 自分の妻と娘がエッチなことをして、それを他人に見られるなんて嫌に決まっている。


 もし、僕その立場になったら確実に自殺している。


 軽い口調で「パパに聞いてみるわね」と言った琴絵さんは、スマホ触ってから耳に当てる。


「もしもしパパ、仕事中にごめんね。ママと愛ちゃんがエッチしている所を幸君に見せていいかしら? もしもしパパ? パパ? あれ、電話切れちゃったわ。電波でも悪いのかしら?」


 ポケットに入れている僕のスマホが鳴る。


 スマホを出すと、画面に利一と表示されていたから出る。


「いきなり電話してごめんね。今大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「ママが迷惑をかけてごめんね。今は仕事中で無理だけど、帰ってから注意しておくから」

「ありがとうございます」


 電話を切ると、期待の眼差しを僕に向けてくる琴絵さん。


「ママと愛ちゃんがエッチなことするのオッケーって言っていた?」

「帰ったら注意するって言っていましたよ」

「……」


 急にテンションの下がった琴絵さんは、その場で座り込んで動かなくなった。


 今の状態の琴絵さんなら、愛に電話して余計なことを言わないだろう。




 リビングに戻ると、床に寝そべっていた恋と剣が僕の前にくる。


 2人は手を床につけて、正座をする。


 飼い主に待てと言われている犬みたいに、ものほしそうに僕のことを見ている。


 通り過ぎようとすると、剣と恋は同時には言う。


「小泉さんよりわたしの方が……綺麗です」

「らぶちゃんよりあたしの方が……可愛いよ」


 剣と恋の急な意味の分からない発言に思わず、「は?」と口に出す。


「わたしなんかが小泉さんより綺麗って言ったことを、百合中君は怒らないですか?」

「らぶちゃんよりあたしの方が可愛いって言ったことを、百合中君は怒らないの?」


 剣と恋が僕をわざと怒らせようとしていることに気づく。


 2人を虐めたい気持ちになる。


 一線を越えてしまいそうで怖い……無視する。


 ソファに座ると、両隣に座った恋と剣が僕の上着を脱がせようとしてくる。


 愛と純のことを考えて理性を保たせて、剣と恋の額にデコピンをする。


 怯んだ恋と剣から離れて、4人掛けの机の椅子に座る。


 熱い視線を向けられているのを無視続けていると、何もしてこなくなった。


 2人のM心に火をつけないようにしないといけないけど、ついつい嗜虐心に負けてしまう。


 何か対策を打たないといけない。


 叱られることをするより、普通にしていた方が得になると2人が思えるようにすればいい。


 そうしたら、僕の嗜虐心が刺激されることもなくなる。


 19時を過ぎていたから、食事しながら説明しよう。


 4人掛けの机に置いているおでんが入った鍋を温めて、ソファの前の机に置く。


 僕が座ると2人は素早く両隣に座る。


「らぶちゃんとじゅんちゃんが帰ってくるまでここで食べよう」

「いいね。そうしよう」

「わたしもいいと思いますよ」

「ただし、恋さんか剣さんが僕に叱られることがあったら4人机の方に移動して、叱られてない人が僕の隣に座るようにするよ」


 上から目線になってしまったけど、これ以上嗜虐心を刺激されるのは本当にきついから仕方ない。


 恋と剣はすぐに頷く。


「「……」」


 それから恋と剣は無言で食事を続けて、たまに僕のことを一瞥してくる。


 何かたくらんでいるけど、僕がさっき言ったことが抑止力になっているから何もできない様子だった。


 2人より早く食べ終わったから、風呂の掃除をしに行く。


「百合中君が思わずお仕置きをしたくなる方法はないかな?」

「そうですね……入浴を覗きに行ってわざとばれるようにするのはどうですか?」

「裸も見られるし、お仕置きもされるなんて一石二鳥だよ。剣さんってすごい人だったんだね」

「そんなことないですよ」


 風呂の掃除が終わり廊下に出ると、恋と剣の話し声が聞こえてくる。



 小声だから何を言っているのか分からないけど。


 喧嘩をしているようではないから、気にしなくていいか。


 リビングに戻る。


 恋と剣が食べ終わっていたから、風呂の順番を聞く。


「百合中君が家の主だから先に入るべきだよ!」

「家の主は父さんだよ」

「そうかもしれないですけど、お義父さんはここにいないので、百合中君が家の主だと言っても過言じゃありません! だから、百合中君が1番最初にお風呂に入るべきです!」


 強い口調の恋と剣に気圧されて、「分かった」と答えてから立ち上がる。


 その瞬間、2人は同時に少し腰を上げてからすぐに座り直す。


「恋さんと剣さんどうしたの?」


 恋と剣の行動に疑問を持ち質問すると、2人は僕から目を逸らす。


「僕に何か隠していることあるよね?」

「「……」」

「あるよね?」


 目線で威圧感を与えると、恋と剣が僕の風呂に入っている所を覗こうとしたことを白状する。


「男の裸を見ても何も楽しくないと思うよ」

「「好きな人の裸だからみたい!」」

「力強く言っても見せないよ。覗きにきたら冬休みが終わるまで、僕は純の家で過ごすから」


 恋と剣が項垂れる姿を見ながら部屋を出た。


 全員が風呂に入ってから、ソファに並んで座る。


 テレビを見ていると、スマホが鳴る。


 純からだったから急いで出る。



『体調の方はどう?』

「よくなってよ。今練習が終わった所?」



 21時を過ぎていて、いつもより電話がかかってくるのが遅かったからそう聞くと「おう」と純は答える。



「頑張るのはいいけど、無理はしないようにね」

『無理しようとしたら、らぶちゃんに休憩をとるように言われるから大丈夫』

「それなら安心だね。らぶちゃんは寝てる?」

『おう。私達の手伝いをたくさんして疲れてさっき寝た』

「2人とも頑張っているだね」

『……褒めてほしい』



 小さな声で呟く純に胸がキュンキュンしながら、純をベタ褒めした。

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