237話目 嗜虐心①

 病院に行き診てもらう。


 打った所は何ともなかった。


 喉が痛いから、その薬をもらって家に帰る。


 恋と剣と離れる時間ができたから冷静になれた。


 家に着き、リビングに入ると正座をしている恋と剣が目前にいた。


 視線が合うと、床に額をつける2人。


「何ともなかったから気にしなくていいよ」

「「……」」


 土下座をしたまま恋と剣は動こうとしない。


 甘いものでも食べれば気が紛れるだろう。


 薄暗い部屋に電気を点けてから、キッチンに行く。


 人数分のアイスを乗せたハニートーストを作った。


 それを机の上に置く。


「一緒に食べよう」

「「……ごくり」」


 恋と剣は机の上を一瞥してから、喉を鳴らす。


「アイスが溶ける前に食べてほしいな」

「「……」」


 恋と剣は見つめ合ってからゆっくりと立ち上がって席に座る。


 僕が食べ始めると、2人もおずおずとフォークとナイフを持ってホットケーキを食べ少し笑む。


「……百合中君が家に帰ってほしいなら、家に帰るよ」

「……迷惑かけてごめんなさい。わたしも、百合中君が望むなら今すぐ帰ります」


 恋は愛に頼まれてきているから、恋を帰すと愛が悲しむ。


 剣は東京から何時間もかけてきているから帰しにくい。


 それに加えて、3人で生活をすることが楽しいと思えている。


 その証拠に愛と純が近くにいない寂しさを、多少誤魔化せている気がする。


「恋さんと剣が僕の家にいてもいいし、帰りたいなら帰っていいよ」


 素直な気持ちを言うのは気恥ずかしいから、そう口にした。


「……これ以上百合中君に迷惑をかけたくないから帰るよ」

「……迷惑をかけてごめんなさい。帰ります」

「迷惑はかけられているけど、気にしてないから大丈夫だよ。恋さんと剣が家にいたいならいたらいいよ」

「百合中君は優し過ぎ!」

「そうですよ。優し過ぎます!」


 恋と剣の弱々しかった目に怒りの炎が灯っている。


「百合中君のことを怪我させた罰として命令してほしい!」

「わたしのことを叱ってほしいです!」


 命令することも叱ることも面倒だからしたくない。


 でも、逆ギレみたいになっている恋と剣はそれでは納得してくれなさそう。


 言う通りにする。


 恋にしてほしいこと……浮かぶ。


「僕が持っていないらぶちゃんの画像がほしい」

「そんなのでいいの? 百合中君は下手したら頭を打って大怪我をしていたかもしれないんだよ。だから、もっとわたしに」

「らぶちゃんの写真がそんなのって言うのはよくないよ!」

「……ごめんなさい。ランイで送るね」


 テンションを下げた恋からもらった愛の写真は、布地の少ない悪魔じゃなくてサキュバスのコスプレをしていた。


「これをどこでしたの?」


 机に手をついて恋に顔を近づける。


 男子がいる所でしているとしたら、愛の身が危険になっていた可能性が高い。


「あたしの家で漫研部の女子達が集まってしたよ。だから、男子はいなかったから安心して」

「安心したよ。これで、今回のことは許したよ」


 恋の頭を撫でながらいい子いい子と口にする。


 満足そうに笑みを浮かべた。


 次は剣に叱ることだけど、どうやればいいか分からない。


 百合漫画で年下女子を叱る年上女子のシーンがあったことを思い出し、それをすることにした。


 剣を壁際の方まで強めに引っ張っていき、壁ドンをする。


 目を見開いている剣に強めの口調で言う。


「僕を怪我させたことを本当に反省しているの?」

「……はい」

「反省しているならいいよ」

「もっと、もっと叱ってほしいです!」


 頭を撫でる。


 漫画では年下後輩が抱き着いてくるけど、剣は淀んだ目をしてそう言った。


「反省している相手を僕は叱るつもりは」

「叱ってほしいです!」

「だから、叱るつもりはない」

「叱ってほしいです!」


 ここまま話し合っていても、埒が明かないな。


 キャラを演じる以外の案が浮かぶ。


 僕が愛になりきって、剣を純と思って叱る。


 叱ると言うより、攻めると言った方が正しい。


 愛が純を攻める妄想ならいくらでもしているから、その中から1つ選ぶ。


 剣の耳元に口を近づける。


「悪い子にはお仕置きをしないといけないよ」

「……」


 恋は腰を抜かしたみたいに床に座り込む。


 嗜虐心を刺激されて、もっと剣を虐めたくなる。


 しゃがんで剣と視線を合わせる。


「誰が座っていいと言ったの?」

「……」


 朱色に染めた顔を逸らそうとしたから、頬を両手で挟み阻止する。


「剣はどんなお仕置きをされたいの?」

「……」

「答えないならお仕置きをしないよ」

「……してほしいです」

「具体的に大きな声で言わないとしてあげないよ」

「わたしの頬を跡がつくまで抓ってほしいです‼」


 剣は物欲しそうな顔で、部屋に響くほど大声を出す。


 もっと、剣に意地悪をしたくなって自分を止めることができない。


「命令されたからやる気がなくなったよ」


 頬から手を離すと、剣は寂しそうな顔で見てくる。


「それに、本当にしてほしいことは別にあるよね?」

「…………お尻を叩いてほしいです」

「声が小さかったからしないって言ったよね?」

「お尻を叩いてほしいです‼」

「四つん這いになって後ろを向いて」

「……分かりました」


 剣の背中の方に回って腰を擽る。


「あんっ。百合中、くん、やめて、だくさい」

「やめてくださいじゃないよね? もっとしてほしいだよね?」


 剣は笑いながら倒れるけど擽り続ける。


「は、い。もっと、して、ください」


 はぁはぁと喘いでいる剣を見て、次はどうやって攻めようかと考える。


 服を引っ張られる。


 そっちを見ると、恍惚とした顔をした恋がいた。


「……わたしも叱ってほしい」

「恋さんはらぶちゃんの画像をくれるいい子で悪い子じゃないから叱れないよ」


 恋は僕の腕を甘噛みする。


「これでわたしも悪い子になったから叱ってほしい」


 服の上から弱い力で噛まれたから全然痛くない。


 痛くないけど、僕の嗜虐心を刺激するには十分。


 期待の眼差しを向けてくる恋に、剣の横で仰向けに寝るように言うと素直に従う。


 恋の上に四つん這いになって、肩から徐々に脇に向けてなぞっていく。


 脇に手が近づくと、恋が目を瞑ったから止めて焦らす。


「……早く触ってほしい」

「待てない子にはしてあげない」


 立ち上がる振りをする。


 恋が悲しんだ顔をしたから脇を擽る。


「くすぐったい、のに、気持ち、いいよ」


 恋は身じろぎしながら喘ぎ始めた。


 剣が羨ましそうに僕達のことを見ていることに気づく。


「もっと叱ってほしい?」

「……はい。もっとたくさん叱ってください」

「素直に言える子にはご褒美をあげるよ」


 恋の脇を擽り続けたまま、空いた手で剣の脇を擽る。


 喘ぐまで女子を擽って楽しんでいることは、愛と純が軽蔑するような変態行為かもしれないけど止められない。


 その所為でドアが開く音に気づけなかった。


「え⁉」


 お腹から出したような驚きの声がして、出入口の方を見る。


 愛と見た目が似ている愛の母親こと矢追琴絵が鍋を持って、滅多に動じないのに目を白黒させていた。


「琴絵さんちょっといいですか?」

「愛ちゃんから幸ちゃんの家に友達が泊まりにきているって聞いたけど、女子だったんだね」

「そうですけど、僕の話を聞いてもらっていいですか?」

「分かっているわ。言わなくてもいいわ。今から3人でエッチするからママがいたら邪魔よね」


 琴絵さんは4人掛けの机の上に鍋を置いてから、部屋を出て行った。

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