236話目 無理無理無理

 いつの間にか、恋と剣が僕に抱き着いて熟睡している。


 汗をかいて気持ち悪い。


 シャワーを浴びたい。


 毛布を捲ると、2人の上着が汗で透けている。


 ……なぜか、少しだけ動揺する。


「……姉さん着替え中は覗かないでって言ったでしょう」

「……昴、三実さんの着替えを覗いたら駄目ですよ」


 恋と剣は寝言を口にしながら抱き着く力を強くする。


 着替えと言うワードから下着を連想して、胸のドキドキが酷くなる。


「……百合中君の顔が近くにある」

「……おはようございます……百合中君」


 起こさないように恋と剣を剥がそうとしたけど無理だった。


「風呂に入りたいから、どいてほしい」

「「一緒に入り……」」


 最後まで言わなかったのは、昼食後にした暴走していない方を褒める作戦が効いているのだろう。


 ベッドから起き上がろうとすると、ふらついて壁に手をつける。


「まだ体調が悪そうだから、体や髪を洗ってあげる」

「そのままお風呂に入ったら怪我をするかもしれないので一緒にお風呂に入りましょう」


 2人の表情は生き生きとしたものになった。


 寝起きと2人の服が透けて見えた下着を見た所為で、男の生理現象が起きている。


 3人で風呂なんて入ったら……。


「急に立ち上がった所為でふらついただけだから、1人で入れるよ」


 壁から手を離してベッドから下りようとすると、体が思ったより重くてこけてしまう。


 そこまで痛くはない。


 恋と剣が手を握ってきた。


「百合中君に何かあったららぶちゃんに顔を向けできない。あたし達と一緒に入るか、あたし達に体を拭いてもらうかどっちから選んでほしい」

「わたしは百合中君のことを三実さんに頼まれているから、百合中君が安全に生活できるようにする義務があります。だから、影山さんが言ったどっちかを選んでください」


 恋と剣と一緒に風呂に入るか、体を拭いてもらうか。


 風呂に入ると、2人の裸を見ることになる……。


 無理無理無理。


 元気になった下半身なんて見せられる訳がない。


 なら、選択肢は1つしかないな。


「体を拭いてもらっていい?」

「蒸しタオルを作ってくるね」


 恋はそう言って、早足で部屋を出て行く。


「わたしは着替える服を準備します。百合中君の服はどこにありますか?」

「引き出しの中に透明な収納ボックスが入っていてそこにあるよ」

「分かりました。……下着もそこにありますか?」

「あるよ」


 ゴクリと音を鳴らして唾を飲んでから引き出しを開ける剣。


 収納ボックスに凝視してから、おずおずと開けていく。


「キツネのパジャマ、凄く可愛いですね! フードの所に耳とお尻の所にはふわふわと尻尾があります! これをきた百合中君は絶対に可愛いです! このパジャマを着てください!」


 愛と純からもらった狐の着ぐるみパジャマを、細部まで見ている剣はテンションを上げた。


「それでいいよ」

「……次は下着ですね」


 剣は頬を赤くしながら、下着が入っている棚を開けた。


「百合中君! パンツが可愛くないです! 全然可愛くないです!」


 黒色の無地のボクサーパンツを広げて、両手で持って僕の顔に近づけてくる。


「男のパンツは可愛いものはない」

「ないならわたしが作りますよ! 少し時間をください!」


 フリルのついたパンツを着た僕を想像すると、思わずえづく。


「百合中君、大丈夫ですか?」

「可愛いパンツは絶対に穿きたくない!」

「……百合中君がそこまで言うなら諦めます」


 しゅんと落ち込んだ剣は、着替え一式を僕の枕元に置く。


 恋は湯気が立っているタオル持って、部屋に入ってきた。


 上着を脱ぐと、恋と剣は目を逸らす。


「触っていい?」

「いいよ」


 胸の所に優しくタオルを優しく押し当てる恋。


 くすぐったいけど、温かくて気持ちいい。


「このまま拭いていくね」


 一生懸命僕の体を拭いてくれるのはいいけど、恋がはぁはぁと甘い吐息を漏らして……痛いぐらいに下半身が反応した。


 毛布で隠す。


「後は僕がやるから2人は廊下に出ていて」

「……」

「……」


 上半身を拭き終わったから、そう言うと恋と剣は無言で僕のズボンを握る。


 恋の手を引き剥がすことはできたけど、剣の手はびくともしない。


「影山さんは百合中君の上の方を拭いたので、わたしが下の方を拭きます!」

「あたしだって、下の方を拭きたい!」

「駄目です! 百合中君の全身を拭きたいなんて贅沢です!」

「あたしがホットタオルを用意したんだから、あたしが百合中君の全身を拭く!」


 剣と恋が言い合いに夢中になっている隙に逃げようとした。


 剣に手を摑まれて逃げられない。


「幸君はどっちに下の方を拭いてもらいたいですか?」

「幸君はどっちに下の方を拭いてもらいたい?」

「僕が自分で拭くからやらなくていい」


 剣の手を無理矢理振り払って走る。


 恋と剣は僕のズボンに手をかけ、足首までずり落ちる。


 勢いよくこけて、顔面から床に激突する。


 鼻が折れたんじゃないかと思うほど痛い。


 痛みを我慢しながら、脱げているズボンを上げる。


「「……」」


 切れそうになった。


 顔を真っ青にして震えている恋と剣を見て怒りが収まる。


 怒りが収まった瞬間、パンツを見られた恥ずかしさが込み上げてくる。


「僕だけで拭けるから2人は部屋を出て行ってほしい」

「「……ごめんなさい」」


 今にも泣きそうな顔をして部屋を出て行く恋と剣を見て、羞恥心で強い口調で言ったことに後悔した。


 汗を拭く気力がなくて、下半身を拭かずにパジャマに着替える。


 少し気持ち悪い。


 布団に横になる。


 恋と剣の部屋を出て行く前の、今にも泣きそうな顔が頭に浮かんで寝られない。


 愛と純の画像を見て癒されよう。


 スマホを手にすると、母から電話がかかってきたから出る。



『剣さんから聞いたわよ。思いきり転んで顔を打ったって。念のために病院に行った方がいいわよ』

「鼻が痛いだけだから大丈夫」

『行かないと、愛ちゃんと純ちゃんに幸ちゃんが大怪我したって言うわよ』

「……わかった。病院に行く」



 愛と純に心配かけたくないからそう言って、電話を切る。


 タクシー会社に電話をかけてから、部屋を出る。


「「ごめんなさい」」


 階段を下りると恋と剣がリビングから出てきて、深々と頭を下げて謝ってきた。


 パンツを見られた恥ずかしさがまだ残っていて、2人の顔を見ることができない。


「少し外に出てくるよ」

「どこに行くの?」

「何時に帰ってきますか?」


 足早に玄関に向かうと、同時に恋と剣が質問してくる。


「病院に行くけど、大した怪我ではないから1時間もかからずに帰ってくるよ」

「ついて行きたい」

「ついて行きたいです」


 僕に胸を押し付けながら、必死な顔をして言ってくる恋と剣。


「1人で大丈夫」


 逃げるように外に出る。


 丁度タクシーがきていたから乗った。

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