235話目 体調不良

 音が鳴っている。


 体を起こすと、椅子に座ったまま寝ていたことに気づく。


 ポケットからスマホを取り出そうとして椅子から落ちた。


 とっさに受け身をとったはずだけど、頭が割れるように痛い。


 着信音が途切れる。


 立ち上がる元気はない。


 床に横になったままスマホを見ると、愛からの着信だった。


 愛にかけようとしていると、再び愛から着信がきたので出る。


「こうちゃん! おはよう!」

「おはよう。ゴホッゴホッ。らぶちゃん」

「こうちゃん風邪引いたの?」


 愛にそう問われて、寒気がすることに気づく。


「喉が痛いだけだから、ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ、大丈夫、ゴホッゴホッ、だよ」


 心配させたくないから、誤魔化したけど咳き込んで上手くできない。


「こうちゃんが死んじゃう!」


 電話の向こうから、叫び声が聞こえてくる。


「らぶちゃん、ゴホッゴホッ、大丈夫だよ」

「こうちゃん大丈夫?」


 純の声が聞こえてきた。


「大丈夫だよ」


 咳を我慢して答える。


「こうちゃん、正直に話して」

「頭が痛いのと寒気がする。後、吐き気も少しだけするかな」


 純の真面目な声音に正直に答えた。


「今から帰るから、それまで安静にしていて」

「横になっていれば治るから大丈夫。それに、家には恋と剣がいるから頼るよ」

「……おう」

「心配してくれてありがとう」

「本当に辛かったら連絡してきて。すぐに帰るから」

「じゅんちゃん、ありがとう」


 純が電話を切るのを待っていると、愛の「死なないでね」今にも泣き出しそうな声が聞こえてきた。


 気持ち体調がよくなった気がする。


 僕に何よりも効く薬は幼馴染の優しさだな。


 電話が切れてから、ベッドによじ登って寝ようとしていると再び着信音が鳴る。


 画面を見ると母からだった。


 電話に出る気力がないから無視。


 鳴り続けてうるさいから、仕方なく出る。


「幸ちゃんの体調が悪いって愛ちゃんと純ちゃんから聞いたけど大丈夫?」

「ゴホッゴホッ、大丈夫だから、寝かしてほしい」

「寝ているだけじゃ治るものも治らないから、剣さんと影山さんにご奉仕ではなくて看病をしてもらうといいわ」


 奉仕と看病を言い間違える意味が分からないけど、突っ込む気力がないからスルー。


「体が冷えている時は裸で温めあうと」


 母の絡みがうざくなったから、喋っている途中で切る。


 純に恋と剣に頼ると言ったけど、しばらく寝ていれば治るだろう。


 目を瞑ろうとしていると、ドンドンとドアを叩く音がする。


「らぶちゃんから百合中君が死んでしまうって電話があっただけど大丈夫?」

「三実さんから百合中君の体調が悪くて、わたしに助けを求めているって電話があったからきました。部屋の中に入れてほしいです」

「鍵はしてないから入っていいよ」


 恋と剣は僕の横に並んで座る。


「病気になった時は……薬だね。家に薬はあるかな?」

「なかったと思う」

「買ってくるね。ここからだったら5分ぐらいのところにコンビニとスーパーがあったよね。どっちかにはあると思うからいってくるね」

「待ってください」


 部屋を出て行こうとする恋に立ち上った剣は言った。


「風邪の時は汗をかくので、少しの塩分と多めの水分をとって寝ていれば大丈夫です」

「塩分と水分もとっただけでは、風邪は治らないから薬は必要!」

「どんな薬でも副作用はあるから、百合中君の状態が悪くなったから病院に行って薬をもらったほうがいいです!」

「今すぐ薬は必要!」

「今は薬はいらないです!」


 恋と剣の喧嘩の声が頭に響く。


「静かに寝させてほしい」

「「ごめんなさい」」


 恋と剣が謝ってからも、部屋を出て行こうとしない。


 2人に何かすることはないかと聞かれたけど、答える元気がなかった。


 少しして、熱い額に冷たいものが乗って心地よく感じて……意識を……手放した。



★★★



 昼過ぎまで寝ると、喉の痛みが少し治まっている。


「ごめんね。わたしが作ったカレーの野菜と鶏肉が生だったから百合中君は体調をくずしたんだよ。本当にごめんなさい」

「ごめんなさい。砂糖が入ったおにぎりなんて食べたから、体が驚いて熱を出したんだと思います。ごめんなさい」


 僕の隣の床で正座をしている恋と剣が頭を下げた。


「少量の生の野菜を食べた所で体調を崩すことは滅多にないし、生の鶏肉は食べてないから大丈夫だよ。砂糖のおにぎりを食べたぐらいでは熱は出ないよ。その証拠に同じものを食べた剣と愛さんには出てないよ」


 恋と剣を安心させるためにできるだけ笑顔を作る。


「それに恋と剣さんの料理を食べたのは僕の意思だから、僕に責任がある。だから2人は気にしなくていいよ」

「……百合中君にお粥を作りたいんですけど、作っていいですか?」

「あたしも百合中君にお粥を作っていい?」


 恋と剣で別々におかゆを作れば、張り合って失敗する可能性が高くなる。


 昨日のような料理を今食べたら確実に吐く。


「2人で協力して1つのお粥を作ってほしい」

「わたし1人で大丈夫です」

「お粥の作り方知らないけど、調べながら作るから大丈夫だよ」


 予想通りの反応をしてくる恋と剣に用意していた言葉を口に出す。


「2人で協力したお粥が美味しかったら頭を撫でるよ」

「分かりました」

「分かった」


 返事をした剣と恋は足早に部屋を出て行く。


 夢うつつになっていると、剣はおぼんに乗ったお粥、恋はスポーツドリンクをもってくる。


 体を起こそうとすると、ふらついてこけそうになった。


 上半身だけ起こして壁に凭れる。


「熱いから冷ましますね。フー、フー、フー。……はい、あーん」


 気恥ずかしさもあったけど、体を動かすこともおぼつかないから剣に食べさせてもらう。


「……美味しいですか?」


 剣は昨日の失敗で不安になっているのか、おずおずと聞いてきた。


「塩加減もちょうどよくて美味しいよ」

「……よかったです。きちんと影山さんと協力をして作りました」


 剣は頭を差し出してきたので撫でる。


「……百合中君のナデナデ気持ちいいです」


 剣の顔が蕩けている。


 恋の頭を撫でようと恋に視線を向けると、頬がパンパンに膨れていた。


 顔が近づいてきたから、避けると口の中のものを飲み込む。


「頭を撫でるご褒美はいらないから……口移しでスポーツドリンクを飲ませてほしい」

「そんな変態みたいな飲ませ方は駄目です」


 恋からペットボトルを奪う剣。


「……口移しで飲ませてもいい?」


 剣が叱るのを無視して、上目遣いで恋が見てくる。


「自分で飲めるから必要ないよ。剣、ペットボトルを渡して」


 剣は飲み口を念入りにティシュで拭いてから、僕に渡そうとすると恋は横から奪い取る。


「百合中君が口移しで飲んでくれるまでペットボトルは渡さない」


 お腹が満たされて眠たくなった。


 恋を無視して横になって目を瞑る。


 恋の吐息が近づいてきた。


 目を開けると、目前に恋の唇があったから頭を摑む。


 剣と張り合い過ぎて、恋の行動が大胆になっている気がする。


 このままだと、無理矢理襲ってくる可能性があるから対策を考えないと。


 優しく注意しても今の恋は聞いてくれなさそうだし、叱ることはしたくない。


 剣と視線が合って妙案が浮かぶ。


「剣こっちにきてほしい」

「なんですか?」


 僕達の様子を凝視していた剣がやってくる。


「剣のお粥のおかげで少し元気になれた気がするよ。いい子、いい子」


 ゆっくりと優しく剣の頭を撫でる。


「あひがほうござひまふ」


 呂律の回っていない感謝をしながら、体の力が抜けたみたいに僕の方に体を倒してきた。


「……」


 恋が物欲しそうな顔で見てくるけど反応しない。


 数分して、ベッドから下りた恋は正座をして、ドアの方を向き虚無な目をしている。


 行き過ぎたことをしたら構わないようにすれば、恋と剣も暴走しないと思って行動したけど正解みたいだな。


「恋さんもおいで」

 寂しそうな恋の背中を見て思わず呼んでしまう。


 おずおずとやってきた恋の頭と、剣の頭を、2人の気が済むまで撫で続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る