234話目 積極的な眼鏡女子と元前髪で顔が隠れている女子③

 スーパーに着き、剣と恋は買いもの籠を持って野菜コーナーに進んでいく。


 剣は迷いなく材料を入れて、どこかに行き見えなくなる。


 恋は野菜コーナーを歩き回っては唸っている。


「どうしたの?」

「……何を作ったらいいか分からないから悩んでいる」

「恋さんが作れるものでいいよ」

「あたしの作れるもの…………百合中君は食べたいものとかない?」

「カレーとかどう?」

「……難しそうだね」


 簡単につくれるものを提案したつもりだけど、恋は顔を引き攣らせる。


「頑張って作ってみるよ。カレーの材料を教えて……自分で考えてみるよ。音倉さんと真剣勝負だから」


 恋はピーマンを凝視して何度も首を傾げている。


「ヒントを出すのも駄目?」

「……ヒントなら大丈夫だと思う……かな」

「カレールーの後ろにカレーに必要な材料が書かれているから、それを見ながら買えばいいよ」

「ありがとう。後は自分で頑張ってみる」


 恋はカレールーが置いている所と全く真逆に進む。


 呼んでから、カレールーが置いている方を指差した。


 料理勝負に勝った方が、愛と純が帰ってくるまで晩飯を作ってくれる。


 僕が献立を考える必要ない。


 必要ないけど勝手に頭の中で、愛と純に何を作ろうか考えてしまう。


 愛と純に料理作りたい……店内にいたらもやもやする気持ちになるから外に出る。


 しばらくして、重たそうにパンパンに入ったレジ袋をもった恋と剣が出てきた。


 剣は片手で平気そうに持っているけど、恋は両手で踏ん張りながら今にもレジ袋を落としそうになっている。


 2人からレジ袋を奪う。


「お金いくらした?」

「家に泊まらしてもらっているので、食事代は全部払いますよ」

「僕、剣、恋さんで3分の1に割るようにしよう」

「朝食や昼食のお金も3分の1ですか?」


 愛と純がいない時は作るのが面倒だから、食べないか適当に済ませていた。


 冬休みの間もそうするつもりだった。


 恋と剣がいるから、自堕落な生活はできそうにないな。


「それでいいよ。朝食と昼食を僕が作るよ」

「百合中君の方が負担大きくないですか?」

「朝と昼は簡単なものでいい?」

「はい。大丈夫です」

「それなら数分ぐらいで作れるから負担にならないよ。今から明日の朝食と昼食の材料を買ってくる」


 店の中に戻ろうとしていると、剣に左手に持っているレジ袋を摑まれる。


「念のために明日の分の朝食と昼食の材料は買っています」

「ありがとう。帰ってから僕の分のお金は払うよ」

「分かりました。手を繋ぎたいです」

「荷物もっているから無理」


 剣はレジ袋を奪って、手を摑もうとしたから避ける。


「……わたしと手を繋ぐのは嫌ですか?」


 剣からレジ袋を奪い返して、肩にかける。


 少し痛いけど、家までなら我慢できる。


 剣の手を握ると、ビクッと振動が伝わってきた。


「百合中君は優しいですね」


 繋いだ手を剣は振りながらそう言った姿が、無邪気で可愛い。


 僕と剣が手を繋いだのに、恋は張り合ってこないことが気になって視線をそっちに向ける。


 恋はスマホを触っていた。


「恋さん、前を見て」

「えっ? イタッ⁉」


 前にある電柱を避けようとしないから、声をかけたけど遅かった。


 恋は頭を押さえながらしゃがみ込む。


「大丈夫?」

「うん。大丈夫……音倉さんはなんで百合中君と手を繋いでいるの! 今すぐ離して!」


 弱々しい声を上げながら返事をしながら、僕達の方を見た恋は剣に向かって威嚇する。


「百合中君の方から繋いでくれたんですよ!」


 恋を煽るように剣はドヤ顔する。


「あたしとも手を繋いでほしい」


 手に持っているレジ袋の肩にかけて、恋の方に手を差し出す。


「……百合中君から繋いでほしい」


 愛と手を繋ぐ。


 家に帰って荷物を下ろしても、しばらくの間肩は痛かった。



★★★



「18時過ぎたので、そろそろ料理作りますね」


 3人でトランプをして遊んでいて、時計を見た剣が立ち上がった。


「あたしも料理作るの、頑張るね」


 恋は剣の後をついて行く。


 2人は部屋の端に置いているスーツケースの中から、エプロンを取り出して着る。


 剣はフリルがたくさんついた黒色のエプロン。


 恋は白のシンプルなエプロン。


「エプロンでは負けたけど……料理でも勝てる自信がない」


 威勢よく叫んだのはいいけど、最後は自信なさげに呟く恋。


 剣がキッチンに向かってすぐに、包丁のトントンという子気味のいい音が聞こえてくる。


「……勝てる気がしない」


 その音を聞いただけで、恋は絶望している。


「カレールーの裏を見ながら作れば上手く作れるよ」

「……やってみる」


 重たい足を引き摺るように、恋はキッチンに向かう。


 2人が喧嘩をするかもしれない。


 キッチンを覗くと、1言も喋らずに真剣な表情で料理を作っていた。


 テレビを見ながら待っていると、カレーの匂いがしてきた。


 少しして、2人の料理が完成して机の上に並ぶ。


 剣が作ったのは犬と猫の形のおにぎりとハートの形の人参が入ったコンソメスープで、恋が作ったのは何の変哲もないカレー。


 3人席に着いたから、食べ始める。


 恋と剣は料理に手を付けずに僕のことを見ている。


 カレーを口に入れると、野菜が生で味が全体的に薄い。


 鶏肉が入っていることに気付いて、スプーンで半分に割ると中が赤い。


「恋さんいいかな?」

「……うん。いいよ」


 恋は不安そうな顔をする。


「材料を煮込む前に炒めた?」

「……忘れていた。炒めてない」

「鶏肉は火をよく通しておかないとお腹を痛めるから気をつけないといけないよ」

「……ごめんなさい」


 立ち上がり3人分のカレーを持つ。


「わたしが捨てるから百合中君は座っていて」

「捨てないよ。せっかく恋さんが作ってくれたんだからそんなもったいないことをしないよ。恋さん、こっちにきて」


 レンジの前に行くと恋はおずおずと後をついてきた。


 カレールーを1つ、恋のカレーに入れてレンジで数分温める。


 鶏肉をスプーンで割ると、赤い部分がなくて火が通っている。


 残りの2人分も同じようにする。


「あーんして」

「……あーん」 


 ゆっくりと口を開けた恋に、よく混ぜたカレーを食べさせる。


「美味しい?」

「……美味しい。すごく美味しい! 百合中君のおかげだよ!」

「席に戻って食べようか?」

「うん! 百合中君ありがとう」


 席に戻って次は剣の猫の形のおにぎりを口に入れる。


 ……甘い。


 おにぎりなのにとてつもなく甘い。


 甘すぎて気持ち悪くなって、吐きそうになるけど我慢。


「どうですか?」

「塩と砂糖を間違えてない?」


 剣は急いで自分の分の猫のおにぎりを口に入れて咽る。


 水を渡すと、一気に剣は飲み干した。


「本当ですね。ごめんなさい。全部私が食べます」

「食べられなくはないから食べるよ」


 美味しくはないけど慣れてくれば癖になる味な気がする……やっぱり気の所為でただ不味いだけ。


 救いなのは、コンソメスープは絶品なことだな。


「……あたしの負け」

「……わたしの負けです」


 項垂れながら恋と剣は呟く。


「あたしは百合中君に手伝ってもらったから反則負けです!」

「久しぶりに百合中君に料理を作れることに緊張して、塩と砂糖を間違える初歩的な失敗をしたからわたしの負けです!」

「あたしの負け!」

「わたしの負けです!」


 口喧嘩をする2人に提案する。


「明日から冬休みが終わるまで、2人で晩飯を作ってもらっていいかな? 嫌なら僕が作るけど」

「……うん。それでいいよ」

「……分かりました」


 恋と剣は嫌々納得した。


 片付けしてから風呂に入り自室に行く。


 ベッドに横になりたいけど、そうしたら吐きそうな気がしたから椅子に座る。


 スマホで百合漫画を見ていると、電話が鳴る。


 愛からだった。


 愛と純と話していると、気持ち悪さがなくなった気がした。

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