231話目 眼鏡女子と元前髪で顔が隠れている女子の来訪

 愛が何を言おうとしていたのか気になる。


「百合中君。今日からよろしくひくね」


 3人を乗せた車が見えなくなる。


 自室に置いているスマホを取りに行こうとしていると、スーツケースを持った恋が話しかけてきた。


 言葉を噛んだことが恥ずかしかったのか、頬を赤くしている。


「今日からよろしくってどういうこと?」

「らぶちゃんから聞いてない? 百合中君が1人だと寂しいから泊ってほしいって言われたんだけど」


 別れ際に恋が何を言おうとしたのか分かった。


「らぶちゃんとじゅんちゃんが家にいるなら泊まっていいけど、僕だけだから泊まるのは駄目だよ」

「あたしは百合中君だけでもいいよ」

「男子1人の家に女子が泊まるのはよくないよ」

「……百合中君がそこまで言うなら……諦める」


 恋が項垂れていると、自室からスマホの着信音が聞こえる。


 愛と純のどちらからかもしれない。


 急ぎ足で自室に行く。


 スマホの画面にはらぶちゃんと表示されていた。


 通話ボタンを素早く押す。



『さっきらぶが言ったのが聞こえなかったかもしれないから言うね! 幸ちゃんが寂しくないようにれんちゃんがこうちゃんの家に泊まりにきてくれるって!』



 言い終わると通話を切る愛。


 愛と純以外の人が常に近くにいるのは落ち着かないけど、愛のお願いなら無下にすることはできないな。


「僕の家に泊まってもらっていい?」


 窓から顔を出して、とぼとぼと歩いている恋に向かって大声を出す。


 恋は大きく頷いてから、僕の家に戻ってくる。


 家の中に通す。


「百合中君に連絡をしてきた方がよかったよね。ごめんね」


 4人掛けの机の椅子を引いてから戻して、おずおずとソファに座る恋。


「気にしなくていいよ」

「ありがとう」

「……」

「……」

「朝ご飯は食べた? 食べてないなら、簡単なものだけど作るよ」

「食べてきたから大丈夫」

「……」

「……」


 話すことがなくて、間があいてしまう。


 静かすぎる部屋がなんとなく嫌で、テレビを点けて恋の隣に座る。


 視線を感じて恋の方を見る。


 恋が僕の手を触ろうとしていた。


「これは、違うの! 百合中君と手を繋ぎたいと思ったんじゃなくて……百合中君の手が冷たいか温かいか気になったから触ろうとしただけだからね……。急に触ろうとしてごめんね。びっくりするよね!」

「びっくりしてないから、触っていいよ」


 恋の方に向かって手を差し出す。


「いいの?」

「うん。いいよ」


 震えて手でゆっくりと僕の手を触る。


「……百合中君さえよければ……このままイチャイチャしたいんだけど駄目かな?」

「幼馴染や恋人じゃないから駄目だよ。手を離してもらっていい?」


 恋が僕の手を強く握り締める。


「……自分で言うのも変だけど、あたしと百合中君は仲よしだからイチャイチャしてもおかしくないと思うよ」


 恋は僕に好きだと告白をしている。


 でも、僕は恋の気持ちに応えるつもりはない。


 期待させたら駄目だと分かっている。


 分かっているんだけど……。


「どんなことをしたいの?」


 否定することはできなかった。


「……耳掃除をしてほしい。らぶちゃんから百合中君の耳掃除は心地よくて眠たくなるほど気持ちいって聞いたから」


 イチャイチャしたいと言うから、恋人がするような行為をしたいと口にするかと身構えたけど余計な心配だった。


 スマホが鳴る。


 画面を見ると剣からで、嫌な予感がしたけど無視するのもどうかと思い出る。



『百合中君の家に着きました。入っていいですか?』

「今から開けるから待っていて」



 恋と同じでスーツケースを持っていたから、剣がここに何しにきたのか分かった。


 リビングに入ると、剣と恋は目を見開いてから互いを睨み合う。


「どうして影山さんが百合中君の家にいるんですか?」

「百合中君が信頼しているらぶちゃんに、百合中君が寂しくならないようにいてほしいと言われたからここにいるの。音倉さんの方こそどうして百合中君の家にいるんですか?」

「わたしは社長……お義母さんに百合中君のことをお願いと言われたからここにきました」

「含みのある言い方をしないでほしい。百合中君のお母さんは音倉さんのお義母さんじゃないでしょ!」

「そんなことないですよ。私は百合中君のお母さんの会社で働いています。社長からしたら社員は子どものようなものだから、わたしが百合中君のお母さんのことをお義母さんと呼んでもおかしくないです」

「そんなわけないでしょ! 屁理屈を言わないで!」

「屁理屈じゃないですよ!」


 火花を散らしながら口喧嘩をする恋と剣。


 気になることがあったから2人に聞く。


「恋さんと剣はいつまで僕の家で泊まる気なの?」


 スーツケースを持ってきているから2,3日は泊ると言いそうだな。


「百合中君がよければ3日ぐらい泊まろうとかなって思っているよ」

「お義母さんから冬休みの間泊まるようにお願いされています。冬休みの終わりに矢追さんと小泉さんがお義母さんの車で帰ってくるので入れ替わりで帰りますね」

「友達の家に15日も泊まるのは非常識だよ!」

「百合中君の保護者であるお義母さんに頼まれたから非常識じゃないです!」

「……」


 その言葉を聞いた恋は黙って俯く。


 母には剣が泊まりにくることを否定していた。


 なのに、どうしてきているのかと母にランイするとすぐに返事がくる。



『愛ちゃんと純ちゃんがいなかったら、幸ちゃんは何もしなさそうだから心配で剣さんにいてほしいってお願いしたの。しないと思うけど、追い出したら駄目よ』



 母の言う通り最低限の食事をして、愛と純が帰ってくるまで呆けて過ごそうと思っていた。


 15日も泊まられるのは嫌だけど、何時間もかけてきた剣を追い返すこともできない。


「剣も恋も冬休みの間泊まってもいいよ」


 1人も2人も一緒だと思いそう言った。


 恋は顔を上げて、剣に不敵な笑みを向ける。


「あたしも、15日泊まるからよろしく」

「15日間泊まるのは非常識じゃないんですか?」

「百合中君が大丈夫って言ったからいいでしょ。それに、音倉さんが百合中君を襲うかもしれないから見張らないといけない」

「わたしは百合中君のことが……大好きで大事にしたいからそんなことしません」

「あたしも百合中君のことが……大好きで大事よ」


 恋と剣の話を聞いていたら、気恥ずかしさでここにいるのが辛くなる。


「僕は自分の部屋にいるから何かあったら声をかけて。家にあるものは自由に使っていいよ」


 2人に声をかけてから、自室に逃げる。

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