227話目 プリクラ

「クリスマスプレゼントを渡し合うより、恋人っぽことは……」


 恋が僕達から離れてから剣にしたいことを聞くけど、俯きながら小さな声で独り言を口にしていて反応しない。


「ゲームセンターに行きたいです」


 剣の急な提案で僕達はゲームセンターに行く。


「プ……コインゲームがしたいです」


 ゲームセンターに着いた剣はぎこちなく言ってきた。


 2人で六角形の筐体の前に横に並んで座る。


 数分して、コインを投入するだけの単純作業に飽きていると、剣の視線に気づく。


 剣の方を見ると、手を止めて僕のことを凝視している。


「やらないの?」

「……やります」


 渋々といった感じで、コインを手にする剣。


 あからさまにコインゲームを楽しんでいない。


 他にしたいことがある気がする。


 コインゲームをしたいと言う前に、剣は「プ」と呟いた。


 本命はそっちの気がする。


 ゲームセンターに置いているものでプから始まるものと言えば、あれしか思い浮かばない。


 それを口にする。


「剣はプリクラをしたいの?」

「……はい。そうです」


 手に持っていたコインを台の上に落とした剣は俯く。


「残っているコイン全部使ったら、プリクラを撮りに行こうか?」

「はい! 行きたいです!」


 剣が勢いよく立ち上がり筐体に体をぶつけた。


 台にあったコインは床に散らばる。


 剣の何度もしてくる謝罪を聞いた後、拾ったコインを使ってからプリクラコーナーに移動。


 プリクラの筐体の中に入る。


 剣は顔を青くして怯えるように震え始める。


「どうしたの?」

「プリクラはリア充しか入ってはいけないのに、わたしが入って怒られないですか? 防犯カメラで撮られていますよ。警察がきてしまいます」


 剣は正面にあるカメラを指差す。


「撮影するようのカメラだから大丈夫だよ。お金入れるね」

「心の準備をしたいから待ってください」


 お金を入れる。


 筐体から女子の声で背景を選ぶように言ってきた。


「えっと、考えるので少し時間ください」


 タイムアップになり機械が勝手に背景を選ぶ。


 機械がポーズを指定してきたけど、僕達は棒立ちのままで写真を撮られる。


 これが最後だよといった女子の声はカウントダウンを始めた。


 0と聞こえてきた瞬間、僕の頬に温かくて柔らかいものが当たる。


 横を見ると剣は勢いよく後退って壁に頭をぶつけて、頭を押さえながらしゃがみ込む。


 お絵かきコーナーに移動してねという声が聞こえてくる。


 剣の顔が真っ青になる。


 動かなくなった剣を連れて反対側のブースに行く。


 画面に剣が僕の頬にキスする画像が映っていた。


 ペンを使って画像に文字を書いたり、絵を描いたり、スタンプを押すように、機械が説明してきた。


 フリーズしている剣の代わりに、今日の日付と適当なスタンプを押す。


 ブースの外に行き、出てきたプリクラを剣に差し出す。


 その手を剣が握る。


「もう少しだけ、百合中君と2人きりになりたいです」


 恍惚とした目で剣はそう言って、僕を引っ張りながら走り出した。


 どこからともなく現れた恋が追いかけてくる。


「待ちなさい! 1時間経ったわよ!」


 愛の怒鳴り声がしても、剣は足を止めない。


 剣の持っていたプリクラが床に落ちた。


 剣が引き返して拾おうとしたけど、息切れをした恋がそれを手にする。


「百合中君と、あたしも、撮ったことある」


 剣にマウントをとりながら、プリクラを見た恋は目を見開く。


「このプリクラを破っていい?」

「駄目です。返してください」


 恋は僕に聞いたけど、剣が返事した。


「あたしだって百合中君とキスプリ撮りたい!」


 恋が叫ぶと周りにいた全員が僕達の方を向く。


「でも、付き合ってないから我慢していたのに……。音倉さんが撮るんだったらあたしも百合中君とキスプリを撮りたい!」

「影山さんはプレゼント交換したから、それでいいと思います!」


 2人は睨み合っている間に、スマホで時間を見る。


 20時過ぎ。


 愛と勉強する時間が迫っている。


 家に帰らないと。


 駅に向かって歩く。


 喧嘩の声が止む。


 足を止めずに後ろを見る。


 2人は後ろをついてきていた。


 恋を家に送ってから剣と一緒に自宅に帰る。



★★★



 22時を過ぎてから、寝ている愛を抱えた僕は純と一緒に外に出る。


 純が家に入るのを見届けてから、愛を家に送って行き自宅に戻る。


 自室に行き、愛にもらった靴下を履いて、純にもらった手袋をしてベッドに横になる。


 2つとも肌触りが気持ちよくてずっと身に着けたくなる。


 リモコンで電気を消そうとしていると、純が部屋に入ってきた。


「じゅんちゃん、どうしたの?」

「……」


 何も答えずに僕の隣に横になる純。


 一緒に寝たいんだな。


 電気を消す。


 純の体温で布団の中が温かくなって、心地よい眠気がくる。


「……こうちゃん、起きてる?」


 寝そうになった所で、純の声が聞こえてきた。


「起きているよ」

「今日の影山さんと音倉さんとのデート楽しかった?」

「デートじゃないけど楽しかったよ」


 幼馴染に女子と遊んだ話をするのは気恥ずかしい。


 話を逸らそう。


「じゅんちゃんは何をしていたの?」

「らぶちゃんと公園で小学生達と鬼ごっこをした。こうちゃんがいなかったから、らぶちゃんは小学生の男子にもみくちゃにされていた」

「……」


 純の棘のある言葉に何も言い返せなくなる。


 恋と剣と遊びに行ったことを怒っているのだろうか?


 もしそうだとしても、謝るのはなんか違う気がする。


「こうちゃんは何をしていた?」

「恋とプレゼント交換して、剣とプリクラを撮ったよ」


 キスプリのことは内緒にしておこう。


 純は僕の胸に顔を引っ付けて、クンクンと嗅ぎ始めた。


 その行為に癒される。


「こうちゃんから、他の女子の匂いがする」


 電車の中で恋と剣と急接近したけど、風呂に入っているから消えているはず。


 純の嗅覚は僕が思っている以上に優れているかも。


「私の匂いをつける」


 ギュッと強めに抱きしめてくる。


 異性として嫉妬しているのではなく、兄が女子友達にとられたような妹の気持ちみたいなものだな。


「僕に恋人ができても、じゅんちゃんとらぶちゃんの所からいなくならないよ」

「……おう」


 僕を抱きしめていた力が弱くなる。


「……邪魔してごめん」

「気にしなくていいよ」


 純の頭を撫でる。


「私に彼氏ができたら寂しい?」

「寂しくて死にそうになるよ」


 情けない僕の言葉を聞いた純は立ち上がった。


 電気を点ける。


 純は安心したような緩んだ表情で部屋を出て行った。


 さっき僕が言ったことを考える。


 もし、愛と純に彼氏ができたら……吐きそうになった。


 愛と純には男子と付き合わずに、愛と純で付き合って結婚してほしい。


 そんな我儘を2人に口にすることはできない。


 ……妄想するしかない。


 でも、2人が結婚することを諦めたわけではない。


 一緒に暮らし続けていたらいつの間にか愛と純に恋心が芽吹き、それが愛に変わるかもしれない。


 そうするためには、僕が邪魔になる。


 百合の中には、男子なんて不必要だから。


 愛と純から離れようとしたら、僕が2人を嫌ったみたいに思われるかも。


 慎重に行動しないといけない。


 それから、愛と純を恋人にする方法を長々と考えても、いい案は出なかった。

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