225話目 クリスマスパーティー

 授業が終わった瞬間、愛は立ち上がる。


「早く! 早く帰るよ! パーティー早くするよ!」

「らぶちゃん落ち着いて。楽しみな気持ちは分かるけど鞄は持って帰ろうね」

「本当だ! 鞄を忘れたら、宿題と復習と予習ができないからね!」

「宿題は分かるけど、イベントの時ぐらい宿題以外の勉強は休んでもいいと思うよ」

「駄目だよ! どんなに楽しいことがあっても、勉強はしないと!」


 鞄を持った愛は純の手を摑んでから僕の手を摑もうとするけど、鞄を持っているからできない。


 愛は鞄を机の上に置く。


 少し考えて口にくわえようとしたから止める。


 衛生面と歯が折れてしまう危険性があるから。


「いいこと思いついたよ!」


 お腹の中に鞄を入れた愛は手を摑んできた。


 3人で教室を出てすぐに、鞄が愛のスカートから少しずつ落ちてくる。


 その光景をゲスな男子共が見ている。 


 鞄が床に落ちたから拾う。


 僕が鞄を持つと言っても、自分で持つと愛は言い張るだろう。


「そうだよ! 手を繋がなくてもいいんだよ!」


 天才的なことに気づいた愛は1人で先に行く。


 愛を追いかけようとすると、手を引っ張られる。


 後ろを見ると、純がそっぽを向いていた。


 今日1日、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな純は「おう」以外喋っていない。


 意見をころころと変える優柔不断な僕が悪いから、謝り続けるしかない。


 怒っている相手に思うことではないけど……拗ねている純が可愛過ぎて抱きしめたい。


 我慢の限界がきて純に抱き着く。


「じゅんちゃんは本当に可愛いな」

「……困らせて、ごめん」

「じゅんちゃんは謝らなくていいよ。悪いのは僕だから。たくさんのフルーツが入ったケーキとチーズケーキを作っているから帰って食べよう」

「おう」


 横に並んで僕達が待ち合わせ場所の校門に行くと、愛、恋、剣がいた。


「剣には5人でパーティーすることは話したよ!」

「はい。聞きました」


 愛の言葉に愛想笑いで答える剣。


 家に向かって歩き出そうとしていると、愛は恋と剣の手を僕に繋がせた。


「お姉さんは恋する人を応援しているよ!」


 愛は満面の笑みを浮かべる。


 純が僕の後ろにやってきて服を摑む。


「じゅんちゃん3人の邪魔をしたら駄目だよ!」

「……」

「じゅんちゃんはらぶと手を繋いで、こうちゃん達の後ろを歩くよ!」

「……」

「じゅんちゃん! こうちゃんから手を離して!」

「……」


 必死な愛の説得に純は無反応を貫く。


「こうちゃんから手を離したら、友達からもらった飴をあげるよ!」

「帰ったらケーキがあるからいい」

「こうちゃんから離れて‼」


 純を引っ張る愛に癒されていると、いつの間にか自宅に着く。




 自宅に入り、暖房をかけてから窓を半分開ける。


 ソファの前の机にケーキを並べ、4人掛け机の方にローストチキン、ビーフシチュー、サンドイッチなどを並べていく。


 その間に愛は家に戻り、大きな紙袋を持ってきて引き出しの中に隠す。


 僕と純へのプレゼントだな。


 見て見ぬふりをした。


 この部屋にいる全員も目を逸らしていた。


 料理とケーキができて、食べていいよと口にする。


 愛はローストチキンを純はチーズケーキを食べ始めた。


 呆然と2人のことを見ている恋と剣に話しかける。


「好きな方から食べていいよ」

「どうして料理とケーキを一緒に並べないの?」

「らぶちゃんは甘い匂いを嗅ぐだけで吐きそうになるから別々に置いているよ」

「暖房をかけているのに窓を開けているのはそういう理由だからなんだね」


 恋の質問に耳打ちで答えると、顔を少し赤くしながら呟いた。


 恋と剣は椅子に座って料理を食べ始める。


 僕は愛か純の隣に座るのか迷って決めることができない。


 恋と剣が両隣にやってきて、持っているサンドイッチを僕の方に向けてくる。


「百合中君は全然食べてないから、あたしが食べさせるね。あーん」

「百合中君の料理本当に美味しいです。百合中君も食べてください。あーん」


 大きく口を開くと、2人はそこにサンドイッチを入れる。


 サンドイッチは10種類ぐらい作っていて、色々なものを食べられるように小さくしていたので2つとも丸々食べることができた。


 恋と剣は新たな料理を取りに行こうとしていた。


 愛の隣に座って食べ始める。


 多めに作った7人前ぐらいあった料理とホールケーキ2つは、10分もかからずになくなった。


 ほとんどの料理を愛が、全てのケーキを純が食した。


「何か作ろうか?」


 空になっている皿を恋と剣が見ていたから、2人に聞いた。


 何か言いたそうにしていたけど、何でもないと答えた。


 食べ終えた食器を洗っていると、愛がやってきた。


「ロースチキン美味しかったよ! ありがとう!」

「らぶちゃんが喜んでくれて嬉しいよ。来年も作るね」

「やったー! こうちゃん! らぶが手伝えることある?」

「洗い終わった食器を拭いてもらっていい?」

「いいよ! ピカピカに拭くよ!」


 キッチン机の上にあった布巾を手にした愛に洗い終わった皿を渡す。


「こうちゃん! ツインゲームしよう!」


 愛は皿を拭きながら言ってくる。


 ツインゲームって何だろう?


「こうちゃんの家で子どもの頃にしたことあるから、こうちゃんの家にツインゲームあると思うよ」


 普段使わないものは、母の引き出しの中に入っているから探してみよう。


 それでも、見つからなかったら愛にツインゲームが何か聞こう。


 洗いものを終えて母の部屋の引き出しを漁る。


 ツイスターゲームを見つけた。


 それを持ってリビングに戻り愛に見せる。


「ツインゲームみんなでやろう!」


 ツイスターゲームで間違っていなかった。


「こうちゃん! 腰が痛い! 痛い! 腰が!」


 ゲーム用の赤、青、黄、緑色のマルが描かれたマットを敷き終わった愛は、腰に手を当ててわざとらしく悲鳴を上げた。


「愛は腰が痛くてツインゲームできないから、こうちゃんはれんちゃんと剣と3人でツインゲームして!」

「私もする」


 純がそう言うと、ハイハイしながら愛は純の所に向かう……可愛い。


「体が触れると男女が仲良くなるってテレビで言っていた! ツインゲームをしてこうちゃんとれんちゃんと剣をもっと仲良しにするの! じゅんちゃんはらぶと一緒に3人を見てよ!」


 愛の駄々洩れた本音で、ツイスターゲームをしようと言ってきた理由も、急に腰が痛いと言ってきた理由も分かった。


 立ち上がった愛は両手で純の腕を掴みソファの方に引っ張る。


「じゅんちゃんはらぶと一緒にソファで座ろうね!」


 びくともしない純は、上目遣いで愛を見て口を開く。


「……らぶお姉ちゃん、私も一緒にこうちゃん達とツイスターゲームをしたい。……駄目?」

「じゅんちゃんが可愛過ぎるよ!」


 全くその通りだと同意する。


「いいよ!」


 愛の2つ返事で僕、純、恋、剣の4人でツイスターゲームをやり始めた。


 愛がサイコロを振って出た色に足を置いていくのだけど……。


 恋のスカートに顔を突っ込む形になったり、剣の胸に顔を押し付ける形になったりした。


 恋愛感情はなくても好意を抱いている相手だから嫌ではないけど……純から汚いものに向けるような冷たい視線を向けられて、死にたくなり両手を床から離してわざと負ける。



★★★



「剣のプレゼントを用意してないよ!」


 全員が風呂を入り終えて布団の上で座って寛いでいると、愛は大声を出しながら立ち上がって騒ぎ出す。


「剣のサンタからのプレゼントは東京の剣の家に届くから大丈夫だよ」

「そうですね。家に帰って何が届いているのか楽しみです」


 咄嗟の僕のフォローに剣は合せてくれる。


 剣は「おやすみなさい」と言って部屋を出て行く。


「こうちゃんとじゅんちゃんも早く寝ていい子にしてないとサンタはこないよ!」


 時計を見ると22時を過ぎていた。


 愛のいつも寝ている時間。


 元気はあるけど目蓋が下がっていていつ寝てもおかしくない。


 純と目配せをして、僕達は両端の布団に横になる。


 愛のプレゼントを配る手間を少しでも省くために、クリスマスイブの今日は僕の家のリビングで3人並んで寝るようにしている。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 寝た? 寝てなかったら言って!」


 思わず返事しそうになるけど我慢。


「サンタするよ!」


 気合いを入れた愛の足音が遠ざかり、すぐに近づいてくる。


「こうちゃんが欲しかったのはお玉で、じゅんちゃんが欲しかったのはお菓子の詰め合わせ!」


 頭の上にものが置かれた気配がした。


「プレゼント配り終えたよ! 朝のこうちゃんとじゅんちゃんの驚く顔が楽しみだよ!」


 愛が横になる気配がしてすぐに寝息が聞こえてきた。


 目を開けて愛の方に体を向けると、純と目が合う。


「「らぶちゃんありがとう」」


 僕達は愛に感謝をして、僕は目を瞑った。

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