224話目 クリスマスイブ

 愛と純の家に行くと、純が階段から下りてきている所だった。


 3人でリビングに入る。


 純の朝食を取るのを、愛と隣同士でソファに座って待つ。


 放課後に恋と剣と1時間ぐらい遊びに行くことを、愛と純に伝える。


「今日はクリスマスイブ! クリスマスイブに遊ぶってことはデートだよ!」


 ソファの上に立ち上がった愛はピョンピョンと跳ねる。


 デートのつもりはないけど、愛が楽しそうだから否定しない。


「1時間は短いからたくさん遊んできたらいいよ! 遅くなるんだったら、らぶ達のパーティーを明日にすればいいよ!」

「私は今日、放課後終わってすぐにしたい」


 いつの間にか食事が終わった純が、僕達の前に立っている。


「クリスマスイブは恋人と過ごす日! だから、こうちゃんはれんちゃんと剣と過ごした方がいいよ!」

「こうちゃんは2人と付き合ってない」

「付き合ってなくても、れんちゃんと剣はこうちゃんのことが好きだから同じようなものだよ!」

「こうちゃんが2人のことを、恋愛の好きじゃないから同じじゃない」


 ソファに立って背伸びをしている愛の視線と、純の視線が同じぐらいになる。


 キスしないかな。


「らぶ達のクリスマスパーティーは明日にしよう!」

「今日の放課後終わってすぐにクリスマスパーティーをしたい」


 2人の顔が目前まで近づく。


 後ちょっと。


 って、思っている場合ではない。


 答えないと。


「約束したから1時間遊んでくるよ」

「楽しくなったら帰ってこなくていいよ!」


 悪意がないのは分かっている。


 でも、愛から帰ってこなくいいよと言われるのは胸に刺さるものがあって落ち込んでしまう。


 意地でも1時間丁度で帰ろうと心の中で誓う。


 純は愛と反対側に座り、イヤホンで音楽を聴き始めた。


 僕達がいる時にイヤホンで音楽を聴く時は拗ねているから、頭を撫でながら慰める。


「こうちゃんはれんちゃんと剣とどこでデートするの?」

「まだ決めてない」

「愛お姉さんにまかせて! 大人なクリスマスイブの過ごし方を教えるよ!」


 胸を張った愛はドヤ顔をする。


「公園で遊ぶといいよ! 鬼ごっこをすれば体が温まるからおすすめだよ! 他には缶蹴りも楽しいよ! 飲み終わった缶を使う時はきちんと洗わないとジュースが飛び散るから気をつけないといけないよ!」


 純真無垢な愛だけど、僕と純(男子バージョン)の少しエッチな同人誌を描いている。


 とてつもなくエッチな提案がされるのかと心配したけど、健全な意見が出て安堵する。


「らぶちゃんありがとう。公園で遊ぶことにするよ」

「れんちゃんや剣と遊ぶのが楽しいからって怪我をしないように気をつけてね!」

「うん。気をつけるよ」

「らぶも鬼ごっこと缶蹴りしたくなってきたよ! 学校に行く前に少しだけしよう!」

「いいよ。じゅんちゃんも一緒にする?」


 純は耳からイヤホンを抜いて、「おう」と答えた。


「やったー! 早く行こ、うわぁぁぁぁぁぁ」


 ソファの上で小躍りした愛は躓いて落ちそうになった。


 愛の体を摑み僕の方に引き寄せる。


「こうちゃんからいい匂いがする! お肉の匂いだよ!」


 大量の愛の涎が僕の制服につく。


「今日のパーティーに出すローストチキンを朝に作っていたからね」

「やったー! ロースチキンだよ! ロースチキンって何?」


 両手を上げて喜んでいた愛が、急に真顔で聞いてきた。


 言葉で説明するのは難しい。


 スマホで検索して見せる。


「これが! ロースチキン! お腹空いたよ!」


 愛は尋常じゃないぐらいの涎を流した。


 ポケットからハンカチを出して拭く。


「多めに作ったから、今から味見する?」

「……楽しみはとっておくよ! その方がもっと美味しくロースチキンを食べられるから!」

「恋さんと剣と遊び終わったらすぐに準備するね」

「やったー! ロースチキン楽しみだな!」


 愛の涎を拭くのはハンカチでは足りなくなり、ティッシュを大量に使った。



★★★



「部長いいですか?」


 登校して靴を履き替えていると、見覚えのある女子が愛に話しかけた。


「らぶはもう部長じゃないよ!」

「そうでしたね。……何て呼べばいいですか?」

「お姉さんって呼んでほしい!」

「分かりました。……愛……お姉さん」

「愛お姉さんって呼ばれるの、すっごくいいよ! なんか、心の中がぐわっとなって、真理がもっと可愛く見えるよ! ほら、愛お姉さんに甘えてごらん!」


 愛は女子に向かって両手を広げる。


「……兄や姉がいないのでどう甘えればいいか分かりません」

「簡単だよ! らぶに思いっ切り抱き着けばいいよ!」


 女子は小さく頷いて、おずおずと愛に近づいて抱き着く。


 愛は女子を片手で抱きしめて、空いた手で頭を撫でる。


「真理は可愛いね!」

「……わたしは可愛くないです」

「そんなことないよ! 可愛いよ!」

「……」


 顔を真っ赤にした女子は愛の小さな胸に顔を埋める。


 百合の花はどこにでも咲いているんだな。


「……恥ずかしくて変になりそうなので離れていいですか?」

「いいけど、また抱きしめてもいい?」

「……はい。お願いします」


 名残惜しそうにゆっくりと女子は愛から離れる。


「部長に相談したいことがあるんですけどいいですか?」

「らぶは部長じゃなくて愛お姉さんだよ!」

「……愛お姉さん」

「真理! 可愛いよ! ほら、おいで! おいで!」

「……抱き着くのは今度にします。小説作りで行き詰まっている所があるので、相談にのってほしいです」

「真理の小説見ているよ! なりたい系のランキングで1位になっていたね! お祝いしないと!」


 愛に勧められて、WEB小説の小説家になりたいで真理の作品を少し前に読んで面白かった。


「次は書籍化だね!」

「わたしの小説なんてまだまだですよ!」

「真理の小説はいい作品だよ!」


 愛は胸を張って、堂々と言った。


「……部長」


 女子の目がハートになっている。


「真理は小説のどこで困っているの?」

「あまり人に聞かれたくないので、人の少ない所で聞いてもらっていいですか?」

「いいよ! こうちゃんとじゅんちゃんは先に教室に行っていて! らぶは漫研部で真理と小説の話をしてくるよ!」


 愛は女子の手を握り階段を上っていく。


 僕達は教室に向かって歩き始めた。


 3階を通り過ぎても、純は階段を上り続けて最上階に着いた。


 屋上に出た純はフェンスの所に行き隣の床を一瞥して、僕に視線を向ける。


「ここに座ってほしい」


 純の意図が分からない。


 逆らうつもりはないから従う。


 純は僕の膝の上におずおずと自分の頭を乗せてきた。


 髪から甘酸っぱいリンゴの匂いがしてきて癒される。


「こうちゃん」

「何?」

「……甘えていい?」


 純の上目遣いが破壊力あり過ぎてフリーズする。


「……駄目?」


 不安そうな顔をする純も可愛いって、早く答えないと。


「駄目なわけないよ。じゅんちゃんのためだったら、僕にできることは何でもするよ」

「今日のパーティー早くしたい」

「僕もじゅんちゃんと同じ意見だけど、恋さんと剣に何度か助けられたから恩があるから無下にできない」

「それだけ?」

「……」


 肯定することができなかった。


 恋と剣にそれ以外の感情なんてないはずなのに。


 いや、仲のいい友達だとは思っている、思っているけど、愛と純と比べると恋と剣のことなんてどうでもいい。


 愛と純さえいれば、百合中幸は百合中幸として生きていける。


 それなのに言葉に詰まってしまうのはなぜだろうと考えていると、純が抱き着いてきた。


「こうちゃんにケーキ食べさせてほしい」

「もちろん、いいよ」

「学校が終わったらすぐに家に帰る?」

「うん。すぐに帰るよ」


 反射的に返事してしまった。


 言い直す。


「1時間だけ我慢してほしい」

「どうしても?」

「ごめんね」


 純がここまで強く頼んでくることは珍しい。


 恋と剣の誘いを断ると言いそうになって……2人の顔が頭に浮かぶ。


「本当にごめん。恋さんと剣と遊び終わったら、すぐに家に帰るから家で待っ」

「早く帰ってきてくれたら愛ちゃんにエッチなキスをする」

「今すぐ恋さんと剣に用事ができたって伝えてくるよ」


 剣には後からランイするとして、先に恋さんに伝えに行こう。


 走って3回まで行き廊下で恋を見つける。


「恋さん、ごめん。今日用事ができたから遊べなくなった」

「用事って何?」


 返事をしたのは恋ではなく、僕の後ろにいた愛だった。


「こうちゃん! 用事って何?」

「……」


 声音が少し強い。


 怖くて黙ってしまう。


「用事があるなら仕方ないよ。また、今度遊んでもらっていいかな?」

「駄目だよ! 今日はクリスマスイブで特別な日だよ! だから、れんちゃんはこうちゃんと遊ぶの! そうだ! いいこと思いついたよ!」


 愛は僕の手と恋の手を摑む。


「みんなでクリスマスパーティーをすればいいよ! たくさんいた方が絶対に楽しいからね!」

「……百合中君がいいならあたしはそれでいいよ」


 恋は申し訳なさそう視線を向けてきて、断ることができないから頷く。


「こうちゃんはじゅんちゃんと一緒じゃないの?」

「じゅんちゃんは屋上にいるよ」

「じゅんちゃんにもこのことを言いに行こう!」


 僕達の手を繋いだ愛は歩き始めた。


 屋上に入ると、立ったままフェンスの外を見ていた純は恋を睨む。


「じゅんちゃん! 今日のクリスマスパーティーはらぶ、じゅんちゃん、こうちゃん、れんちゃん、剣の5人でするよ!」


 純が視線でどういうことなのか聞いてきた。


 頭を下げて謝る。


「……おう」


 諦めたように純が呟く。


 愛は「やったー! パーティー楽しみ!」と言いながら、屋上から出て行く。


 愛がいなってすぐに、純は僕の腰に抱き着いて頭をすりすりと擦りつけてくる。


 自分の匂いを覚えさせて、他のメス猫が寄ってこないようにするみたいに。

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