223話目 キューピット

 最速記録の7分で学校に着く。


 息を切らしながら教室に入る。


 まだ担任はきてない。


 寝ている愛を僕の右隣の席に座らせたいけど、その席に男子がいた。


「めぐりん、明日は何の日か知っている?」

「りゅうくん、知っているよ。クリスマスイブでしょ」

「違うぞ。明日はおれとめぐりんが1年で1番愛し合う日だよ」

「愛し合うなんてりゅうくんのエッチ」

「エッチなおれは嫌いか?」

「ううん。そんなりゅうくんも大好きだよ」


 男子は前の席の女子と手を繋ぎ合って、イチャイチャしている。


 退くように言っても、自分達の世界に没入している男子の耳には届かず女子とキスをしようとする。


 男子の横腹を軽く蹴って、椅子から退かす。


 愛の席で不埒なことなんてさせない。


 ポケットからハンカチを出して、男子の所為で汚れた愛の椅子を拭いてから愛を座らせた。


「キューピットおはよう」


 男子は文句を言わずに挨拶をしてきた。


 キューピットとは、僕のあだ名で周りが勝手に決めた。


 恋愛相談にのるようになって、相談を受けたほとんどの恋を成就させたのでキューピットと呼ばれるようになった。


「キューピットのおかげでおれ達は両想いになれた。本当に感謝している」

「本当だよ。2人も恥ずかしがってキューピットがいなかったら、絶対に告白できなかったよ」

「だから、お礼にここでキスをする」

「人前でするのは恥ずかしいけど、キューピットにお礼がしたいからするよ」


 僕の席の左隣に座っている純は、耳を赤くしながら何度もキスをしようとする男子と女子を一瞥する。


 純の情操教育上よろしくない。


 2人を引き離す。


「男女のキスを見ても面白くない」


 本当の理由を口にしたら純が恥ずかしがる。


 適当な理由を言った。


「キューピットは百合が好きだったな」

「キューピットは女子の子同士が好きだったね」


 納得した2人は自分達の席に着く。


 僕も席に着こうとしていると、クラスメイトから女子が呼んでいると言われる。


 廊下に出ると、見覚えのない女子がいた。


「今から屋上にきてほしいです」

「ホームルームが始まるから、次の休み時間にしてほしい」

「今すぐ聞いてほしいので、お願いします」


 女子は頭を何度も下げてくる。


 授業をさぼる不真面目だと愛と純に思われたくない。


 もう1度断ろうとしていると、いつの間にか起きている愛が僕の前にいた。


「困っている人がいたら助けるべきだよ! いってらっしゃい!」


 愛にそんなことを言われた断ることはできない。


 女子と2人で屋上に向かった。


 屋上の真ん中で立ち止まった女子は、僕の方に振り向いて頬を赤くする。


 告白されるシチュエーションだけど、相手は僕のことを好きじゃないと言い切れる。


 証拠はないけど、今まで多くの恋愛相談を受けてきたからなんとなく分かる。


「わたしは1年1組の春日桜です。3年組の夏井向日葵さんが好きで……告白したいけど……女子が女子に恋をしているのは変ですよね?」


 また、男子と女子を引っ付ける応援をしないといけないと萎えていたけど、一気にテンションが上がる。


「全然変じゃないよ。汗臭くて空気の読めない男子より女子同士で恋をする方がいいと思うよ。春日さんの恋を絶対に成就できるように一緒に頑張ろう」

「噂に聞いていた通りいい人、いいキューピットですね。よろしくお願いします」


 春日は僕の手を摑みお礼を言ってきた。


 屋上のドアが開く音。


 女子が入ってきて僕のことを睨む。


「お前は何をしている?」


 圧のある声音で女子は聞いてくる。


 春日から恋愛相談を受けていることを話していると、春日は顔を真っ赤にして早足で屋上から出て行った。


 その反応を見て、目の前にいる女子が春日の好きな夏井向日葵だと分かった。


「春日の好きな人知っているのか?」

「知っているけど、話すことはできないから言わないよ」


 女子が突然殴りかかってきたから避ける。


「教えてくれないと殴る!」

「どうして春日さんの好きな人を知りたいの?」

「そんなことお前に関係ないだろ! 早く春日の好きな人を教えろ!」


 切羽詰まった夏井の顔を見て、夏井は春日が好きだと分かった。


 春日が夏井に片想いだったら、勝手なことはしないつもりだった。


 両想いなら話が変わってくる。


「春日さんの好きな人は夏井さんだよ」

「嘘を吐くな‼」


 夏井は外でも響く声で叫ぶ。


「野蛮で毎回赤点ばかりとる私を、可愛くて勉強ができる春日が好きになるわけないだろ」


 夏井の卑屈になっている気持ちを長引かせると、春日と夏井が付き合える可能性が減る。


 今すぐ2人を引っ付けよう。


「ここで待っていて」

「何でお前の言うことを私が聞かないといけない。こら、待て! 私はここで待つとは言ってない!」


 夏井が喋っている途中で屋上を出て、春日の1年の教室に行く。


 授業中だけど気にせずに、春日の名前を呼ぶ。


 先生や1年1組の生徒全員が僕を見る。


 春日は呆然と僕の方を見ていた。


 その席まで行き、春日の手を摑んで教室を出た。


 屋上に戻り棒立ちしている夏井と向き合わせる。


 春日と夏井が逃げ出さないように、出入口の前に立つ。


 2人が両想いであることを口にすると、項垂れて固まる。


 しばらくしても、2人は行動しようとしない。


 嫌な役を演じることにした。


 1年の女子の手を握り、僕の方に引っ張る。


「僕と付き合ってほしい。腰抜けの夏井さんより僕の方がいいよ」


 そう言った瞬間、夏井は僕のことを突き飛ばす。


「私は腰抜けかもしれないけど……春日のことを……誰よりも好きだと自信を持って言える。だから、私と付き合ってほしい」

「わたしも夏井さんのことが好きです! 大好きです!」


 感極まったように泣きながら春日は夏井を抱きしめた。


 新たなる1組の百合の花が咲いたことに、喜びながら屋上を出た。



★★★



 放課後になってすぐに立ち上がる。


 純に買い物に行こうと話しかける。


「こうちゃん、ごめん。麗華さんと早めのクリスマスパーティーする約束をしていたから行けない」


 純の表情は変わっていないけど、落ち込んだオーラを出している。


「気にしなくていいよ。クリスマスに食べたいケーキは決まった?」

「たくさんあり過ぎて決まらないから、こうちゃんに任せていい?」

「いいよ。気をつけて鳳凰院さんの所にいってらっしゃい」

「おう。いってきます」


 ケーキの話でテンションが上がった純は教室を出て行く。


 愛は漫研部で早めのクリスマスパーティーをすると、今日の昼休みに言っていた。


 何度か作ったことがあるケーキじゃないものを作って、純を驚かせたい。


 スマホで調べる。


 純が気に入りそうなケーキのレシピがあったからこれを作ろう。


 1人寂しく廊下に出ると、眼鏡をかけた清楚美人こと影山恋が立っていた。


「らぶちゃんとクリスマスパーティーしないの?」


 愛と恋は元漫研部で、愛が参加するなら恋も参加すると思って聞いた。


「1度家に帰ってから行くよ」

「それなら急がないとだね」

「ううん。大丈夫。久しぶりに百合中君と話せたからもうちょっと話していい?」


 恋の言う通り2週間ぐらい話してない。


 毎週土曜日に恋の姉の影山檸檬が経営する美容院で手伝いをしているから、その時に会話していた。


 檸檬さんは前の職場の人が全治2カ月の怪我をした。


 そこに手伝いに行き檸檬さんの美容院は休業中。


 そのこともあるけど、僕が恋を振ったから話しかけにくかったことも理由だと思う。


 恋と話すのは嫌ではない。


「いいよ」

「急ぐわけではないけど、買い物に行きたいから歩きながらでいい?」

「うん。大丈夫だよ」


 僕達は歩き出す。


「百合中君は何を買いに行くの?」

「ケーキを作るために材料を買いに行くよ」

「ケーキを作れるなんて凄いよ。あたしには絶対にできない」

「レシピ通りに作ればできるよ。今度一緒に作ってみる?」

「うん。お願いするよ」


 雑談をしながら外に出た。


 校門の前で恋が立ち止まり、僕の方に体を向ける。


「百合中君は……明日って暇?」

「百合中君迎えにきました」


 恋の小さな声は、垂れ目でアイドルのように顔が整っている女子こと音倉剣の声で掻き消された。


「母さんと昴は帰ってきているの?」

「2人はすることがあるので、東京に残っています。わたしだけですけど3日間泊めてもらっていいですか?」

「いいよ。恋さんの声が聞こえなかったから、もう1度言ってほしい」


 剣から恋に視線を戻そうとしていると、腕が温かいもので包まれる。


 恋は僕の腕を挟む形で抱き着いてきている。


「明日クリスマスデートをしてほしい」

「わたしも百合中君とクリスマスデートをしたいです」


 剣は空いている方に、恋と同じように抱き着いてきた。


「あたしが先に誘ったので、音倉さんは諦めて」

「先とか関係ないです。百合中君がどっちと遊びたいかが大切です」

「百合中君はあたしと遊びたいよね?」

「百合中君はわたしと遊びたいですよね?」


 睨みあう恋と剣に言う。


「明日はらぶちゃんとじゅんちゃんでクリスマスパーティーをするから遊べないよ」


 力無く僕に絡めていた腕を離して項垂れる2人。


 今日の晩に明日の仕込みをしていれば、幼馴染とクリスマスパーティーを始める晩までは暇。


 でも、クリスマスに遊べるとなった恋と剣は、まだ僕と付き合えるかもと思うかも。


 期待させるのは避けないといけない。


 スーパーに向かって歩こうとしていると、恋と剣は前に立ち塞がる。


「「少しでもいいから遊びたい」」


 戦地に向かう兵士のような力強い目で2人に言われて、思わず頷いてしまう。


「「どっちの遊んでくれるの?」」


 詰め寄ってくる2人の顔。


 3人で遊んだ方がデートっぽくないな。


「3人で遊ぼう」


 2人は真顔で見つめ合う。


「遊びたいって言ったのはあたしの方が早かった。音倉さんは諦めて」

「そんなことないです。わたしの方が言うが早かったです。影山さんの方こそ諦めてください」

「音倉さんの方が早かったっていう証拠はあるの?」

「ないですけど、影山さんの方が早かったっていう証拠もないですよね?」


 僕の提案を受け入れることができない恋と剣は、子どものような口喧嘩を始めた。


「3人で遊べないなら、明日のことはなかったことにしよう」

「「ごめんなさい。遊びたいです」」


 同時に僕に向かって頭を下げる息ぴったりな2人を見ると、仲が悪いのかいいのか分からなくなる。


 明日の放課後に、学校の校門に待ち合わせすることを決めて解散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る