最終章 幼馴染好きで百合好きな僕は恋愛なんて興味がない

222話目 クリスマス前日

 高3の冬に僕は生まれて初めて告白された。


 しかも、大好きな幼馴染達の前で2人の女子から。


 返事は決まっている……はずだけど、金縛りにあったように口が動かない。


 いや、戸惑う必要も、考える必要もない。


 生まれてから死ぬまで、僕がしたいことは決まっている。


 それを口にすればいいだけ。


 ゆっくりとお腹に空気をため込んで気持ちを吐き出す。


「らぶちゃんとじゅんちゃんの隣でずっとといたいから、誰とも付き合う気はない。だから、ごめん」



★★★



 体を揺さぶられる感覚がして薄目を開ける。


 小さな光に照らされた前髪ぱっつんで大きな瞳をした女子こと矢追愛がいた。


 小さな口を目一杯開けて愛は言う。


「メリークリスマス! こうちゃん! メリークリスマス!」


 部屋が真っ暗。


 枕元に置いているリモコンで電気を点ける。


 僕の上に乗っていた愛はジャンプして離れる。


 懐中電灯の光を顔に当てていた愛は電源を切って、それをスカートの中に入れた。


「こうちゃん! クリスマスパーティーしよう!」


 クリスマスは明日で、クリスマス1週間前からずっと愛は同じことを言っている。


 目を輝かせて無垢な笑顔を浮かべる愛に対して、今日がクリスマスと嘘を吐こうか毎回悩んでしまう。


 僕が嘘を吐いても、今日がクリスマスになるわけではない。


 正直に話すことにした。


「クリスマスは明日だよ」


 正確に言えば明日はクリスマスイブ。


 僕達は毎年クリスマスイブに、幼馴染3人だけでクリスマスパーティーをしている。


「明日か! 楽しみだな!」


 小躍りをしている愛を見ながら制服に着がえる。


「こうちゃんはサンタがくるの楽しみ?」


 愛は僕達幼馴染がサンタを信じていると思っている。


 サンタの存在が中1の時に両親であることに気づいた愛。


 その時から愛が僕達のサンタになり、クリスマスの夜に枕元にプレゼントを置くようになる。


 わざとらしくならないようにしないと。


「プレゼント楽しみだな~。今年は何をくれるんだろ~」

「こうちゃんとじゅんちゃんに渡すプレゼント買うのを忘れていたよ!」


 愛は目を見開く。


「どうしようこうちゃん! こうちゃんとじゅんちゃんにほしいものを聞いてない!」


 クリスマスの1週間前ぐらいに、愛がサンタを名乗って電話がかかってくる。


 その時に、僕達はほしいものを言うのだけど、今年はそれがなかった。


 混乱している愛は隠している秘密を明かしていく。


 ここで僕がほしいものを言えば、どうしてサンタに言わずに愛に言うのかと愛が疑問を持つかも。


 そうなったら、僕がサンタを信じていないことがばれる。


 愛はサンタになって僕達にプレゼントを渡すのを楽しみにしている。


 どうにかして誤魔化さないといけない。


 慎重に言葉を選ぶ。


「サンタは忙しくて、電話するのを忘れているのかもしれないな。誰かサンタと知り合いはいないかな?」


 愛が片手を大きく上げる。


「らぶ‼ らぶはサンタと知り合いだよ‼」

「お玉に罅が入ったから新しいのがほしいって伝えてもらっていい?」

「いいよ!」


 愛はスマホを触り、メモ帳のアプリにお玉と打ったのを僕に見せた。


「これで忘れないよ! 学校が終わってから買いに行かないと!」

「らぶちゃんはほしいものはないの?」

「らぶはお姉さんで大人だから、サンタからプレゼントをもらえないよ!」


 前にも同じこと言っていたな。


「サンタからじゃなくて、僕からのプレゼントだよ。受け取ってくれる?」

「クリスマスはサンタからプレゼントをもらう日だよ! こうちゃんからのプレゼントは受け取れないよ!」

「プレゼント交換するのはどう? 母さんの職場でもしているから、大人でもしているよ」

「楽しそう! やる! すっごくやる!」

「クリスマスイブにパーティーをするから、プレゼント交換はクリスマスにしようか?」

「そうだね! 楽しいことが2日続くなんてやったーだよ!」


 幼馴染達に何を買おうか考えていると、愛が質問してくる。


「れんちゃんと剣にはプレゼントを渡さないの?」

「渡さないよ」

「こうちゃんはれんちゃんと剣のことは好きじゃないの?」

「好きだよ。でも、恋愛感情の好きではなくて、友達としての好きだよ。クリスマスにプレゼントを渡したら、勘違いされるかもしれないから渡さないよ」

「少しでも好きなら渡した方がいいよ!」


 断ることができずに、考えて見ると返事した。


 愛のお腹が『グ~~~』と可愛らしく鳴る。


「朝ご飯作ってくるよ!」


 勢いよく部屋を出た愛はすぐに戻ってきた。


「廊下が暗かったから戻ってきたんじゃないよ!」


 強がる愛が可愛くて思わず頭を撫でようとする。


 避けられる。


「お姉さんは頭を撫でられるんじゃなくて、頭を撫でるの!」


 愛は背伸びをして、一生懸命僕の頭に手を伸ばすけど届く気配がない。


 しゃがもうとしていると、愛は抱き着いてきてよじ登ってくる。


 赤ちゃん特有のミルクっぽい優しくて甘い匂いがする。


 もう少しで手が届きそうな所で力尽きた愛。


 手を離して落ちそうになったから抱きかかえる。


「こうちゃんの頭が近くにあるよ! よしよし!」


 愛の気が済むまで頭を撫でられてから、リビングに行く。


 愛が朝食を作り始めた。


 手伝おうかと聞く。


 座っているように言われた。


 ソファに体を預ける。


 眠気がきた。


 愛が料理を作ってくれているのに寝るわけには……いか……ない……。


 ……腕に温もりを感じながら起きる。


 愛が僕に凭れながら寝ていた。


 登校する時間を過ぎてないか時計を見ると8時前。


 寝ている愛を起こしたくないけど、登校する時に急かしたくないので起こす。


 愛が作ってくれた朝食を2人で食べて、純の家に向かった。




 もう1人の幼馴染こと矢追純の部屋に入る。


 愛は純の上に跨る。


 これから百合なことが起きるはずないのに、期待して2人を凝視してしまう。


 いつもうつ伏せで寝ているのに今日は仰向けで寝ている純。


 分厚い毛布だけど胸が大きいからそこだけ盛り上がっている。


 愛はそこに手をかけて揺らす。


 純は目を瞑ったまま甲高い声で「あんっ」と喘ぐ。


 2人に向かって手を合わせて、心の中で最高な百合をごちそうさまと叫ぶ。


「じゅんちゃん! 起きて!」

「……」

「じゅん……ちゃん……お…………」


 純に話しかけていた愛は、純に被さって眠り始めた。


 愛の小さな胸が純の大きな胸を潰している。


 時を止める力があったら、僕はここで使うだろうってバカなことを考えている時間はない。


 普段は純の家を出て学校に登校するのは8時10分。


 ホームルームが始まるのが8時40分で、ここから学校まで20分かかる。


 10分余裕をもって登校しているけど、今日はそんな余裕はない。


 8時20分に出たい。


 愛と純を揺する。


 純は薄っすらと目を開いて聞いてくる。


「クリスマスはまだ?」


 今日だよと嘘を吐きたくなるのを我慢して、クリスマスイブが明日でクリスマスが明後日だと答える。


 純の口元から涎が零れる。


 クリスマスになると、僕がホールケーキを2つ焼く。


 純はそれを1人でほとんど食べられるから、クリスマスを楽しみにしている。


 純の涎を拭く。


「今年のケーキは何がいい?」

「苺がたくさん乗ったケーキとチーズケーキが食べたい。苺だけじゃなくて色々なフルーツが乗っている方が味と食感に変化があって飽きることなく食べ続けるからそっちの方がいいか? ここはあえて大きなモンブランを食べるのもありかもしれない」


 甘いものが苦手な愛は、純がケーキのことを語りだすと苦しんでいる。


「今日の放課後にケーキの食材を買いに行くからそれまでに決めていて」

「頭の中で考えるだけなら絶対に決まらないから食材を見ながら決めたい。買い物について行きたい」

「いいよ。一緒に行こう」


 廊下に出る。


 1分ぐらい待っていると、制服姿の純が出てきて階段を下りていく。


 朝食を取りに行ったのだろう。


 この間に愛を起こそう。


 純のベッドで寝ている愛の体を揺らすけど、起きる気配がない。


 愛と純を遅刻させるわけにはいかない。


 心を鬼にして愛の脇を擽ろうとしていると、


「もうタバスコを飲められないよ~」


 愛の幸せそうな寝言を聞いて……戦意喪失。


 純の朝食が終わってから愛を起こそう。


 リビングに入る。


 ホットケーキの上に生クリーム、蜂蜜、チョコソースが下の生地が見えないぐらい大量にかかっているのを純が食べている。


 見ているだけで胸焼けする。


 純は嬉し泣きをしながら次々と口に入れていく。


 山積みにされていたホットケーキは数秒でなくなる。


 純の父親こと恭弥さんがお代わりを持ってくる。


 それも数秒で食べきり、純は恭弥さんにごちそうさまを言う。


「小遣いやる」


 純の頬についている生クリームを取っていると、恭弥さんは1万円を純に差し出す。


「毎月貰っている1万で足りているから大丈夫」

「今まで親らしいことできてないから受け取ってくれ」

「……おう」


 純は申し訳なさそうに、恭弥さんからお金を受け取る。


 高校を卒業した純は東京でアイドルをする。


 そのことを話してから、恭弥さんは純を過剰に甘やかすようになった。


「こうちゃん、らぶちゃんを連れてきてほしい」


 1人で部屋を出る。


「ホットケーキ美味しかった……いつもありがとう、父さん」


 純の声が聞こえてくる。


 僕に恭弥さんへの感謝をするのを見られるのが恥ずかしくて、愛を連れてくるように言ったんだな。


 今すぐリビングに入って、耳を真っ赤にしながら照れている純の顔をみたい。


 でも、そんな野暮なことはできない。


 純の部屋に戻り、愛を起こそうとしてやめる。


 8時30分。


 3人で歩いて登校しても、絶対に間に合わない。


 愛を抱えて走ればどうにか間に合う。


 愛と僕の鞄を腕にかけて、愛をおんぶして、リビングに戻り3人で学校に向かった。

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