221話目 エピローグ 恋する乙女達の告白

 体を揺らされて起きる。


 愛の顔が目の前にあった……なんて幸せな朝なんだろう。


「こうちゃん! こうちゃん! 東京からきたよ! 東京の学校からきたよ!」


 愛は封筒を持っていて、その封筒には僕が受験した東京の美容専門学校の名前が書かれていた。


 愛が受けた保育学科がある短大の合否通知書が今日くるのは楽しみにしていたけど、僕の方は忘れていた。


「らぶちゃんは合格したの?」

「したよ!」


 ドヤ顔をしながらピースをする愛。


 合格祈念に枕元に置いているスマホでその顔を撮る。


「こうちゃんのも早く見よう」

「そうだね。開けようか」


 僕が受かってなかったら、幼馴染達に顔向けできないな。


「こうちゃん! 待って!」


 気合いを入れて開けようとしていると、愛がストップをかけて僕から封筒を取る。


「じゅんちゃんとママとパパと恭弥を呼んでくるよ!」


 愛は部屋を出て行く。


「れんちゃんにも連絡しないと! れんちゃん! もしもし! らぶだけど、今からこうちゃんの家にこられる? こうちゃんが美容師の学校から手紙が届いて今から見るから! もう少ししたらくるんだね! 分かった!」


 下から聞こえてくる愛の声を聞きながら、1カ月前のことを思い出す。


 電話で剣に勇気をもらった僕は、深夜純に電話をかけて音暖さんのことを色々聞いたけど突破口は見えなかった。


 だから、純の父親で、音暖さんの旦那である恭弥さんに音暖さんのことを聞くことにした。


 僕と純がこの町から離れることを愛が反対していることに、音暖さんが関係している。


 そのことを話すと、恭弥さんは「シラナイ」と片言で言った。


 僕と純は恭弥さんが嘘を吐いていることに気づく。


 このままでは3人がバラバラになるかもしれないからと懇願した。


 これは独り言だと、恭弥さんが音暖さんと愛の昔話を始める。


 恭弥さんの話を聞き終えてから、純は愛が音暖さんの言葉を勘違いしているから私が伝え直すと。


 ただ伝えるだけでは信じないと思ったから純が音暖さんを演じることを提案して、純と恭弥さん賛成する。


 音暖さんのことを3人で長い時間話し合って、純が音暖さんになりきれるようにした。


 計画通りにいったけど、愛に大きな嘘を吐いたことに対して罪悪感が消えない所か増している気がする。


 これを背負いながらも、純と一緒に愛を幸せにしよう。


 パジャマから私服に着がえてリビングで待っていると、母、剣、昴が部屋に入ってくる。


「よく家に帰ってきているけど、仕事は大丈夫?」


 母を見ながら話しかける。


「有休を使ったから大丈夫よ。それに、来年の4月から国民的アイドルと期待の新人アイドルの新ユニットの活動のために準備はあるけど、昴の仕事はないから今は忙しくないわ。今はね。だから、今のうちにたくさん休むことにしたから結構な頻度で家に帰ってくるわ」


 国民的アイドルは昴のことで、新人アイドルは純のこと。


 純が母にアイドルになりたいことを相談すると、いつの間にかデビューすることが決まっていた。


 少し遠い存在になったようで寂しい。


 来年の春からは僕、愛、純の3人で一緒に住むから我慢できる。


「具体的にはいつまでいるの?」

「嫌そうな顔をしないでよ。わたしと一緒にいれて嬉しいでしょう?」

「母さんが酒を飲まないならね」

「そんなことより、合否通知書は届いたの? 息子の人生を左右する所を見守りたいから今日帰ってきたんだから」


 無理矢理話を逸らした母。


「届いたよ。らぶちゃんがみんなを呼びに行っているから少し待って」

「分かったわ。少し眠たいからわたしの部屋で寝ているわ。愛ちゃんがきたら起こしてね」


 母がリビングを出て行くと、剣が僕の目前にくる。


「自分に少し自信を持てるようになったので、聞いてほしいことがあります。……いいですか?」

「いいよ」


 玄関の開く音と足音が聞こえてきた。


 愛が帰ってきたのかもしれない。


「わたしは百合中君のことが……す」

「少し待って!」


 そう叫びながら恋がやってきて、剣の隣に並ぶ。


「百合中君に伝えたいことがあるから、今から2人きりになりたい」

「先に剣の話を聞いてからでいい?」

「先にあたしの話をきいてほしい」


 僕の上着の裾を摑み上目遣いで恋は聞いてくる。


「いいよ。僕の部屋でいい?」


 恋には色々とお世話になっているから頷く。


 愛がいつ帰ってくるか分からない。


 早足で部屋を出て行こうとすると、剣に上着の裾を握られる。


「わたしが先に話そうとしたので、わたしから話させてほしいです」


 剣の言っていることは筋が通っているな。


「恋さん、少しだけ待ってもらっていい?」


 恋は僕の腕に自分の腕を絡まして、出入口の方に引っ張っていく。


「恋さんどうしたの?」

「……」


 黙ったまま、引っ張る力を強める恋。


 このまま階段を上ろうとしていると、反対側の腕を剣が両手で摑んで踏ん張る。


「あたしの邪魔をしないでほしいです」

「わたしの邪魔をしないでください」


 1人の男を奪い合う女子達のように、敵対心をむき出しにして愛と剣が睨み合っている。


 のように、ではなく僕を恋と剣は奪い合っているのだろう。


 2人に好意を向けられていたことは知っていたけど、それが恋愛感情を向けられているとは気づかなかった……いや、違う。


 何度も気づきそうになったけど、僕が目を逸らしていただけ。


 ここで向き合わないといけない。


 僕から2人に話を切り出そうとすると、愛と純が家に入ってくる。


 その瞬間、2人に僕のことが好きなのか確かめようとしていた言葉を飲み込む。


 大好きな幼馴染達に、僕の恋愛事情を知られるのは気恥ずかしい。


 恋と剣に後から話しを聞くと言っても、目を血走っている2人がいつ暴走して愛と純の前で僕に告白するかもしれない。


 それなら、愛と純にはリビングで待ってもらって、


「あたしは百合中君のことが好き。付き合ってください」

「わたしは百合中君のことが好きです。付き合ってください」


 ……遅かった。

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