220話目 気持ちを込めて歌う

 今日は金曜だから、土曜の明日は愛の受験日。


 それなのに、学校から家に帰って試験勉強をするけど集中できない。


 いつもみたいに眠たくなるのではなくて、心の中がもやもやする。


 椅子に座っているのが辛い。


 部屋の中を歩き回る。


 もやもやは消えない。


 ベッドに飛び込み、足をばたばたさせる。


 愛がこうなっているのは、少し前から幸ちゃんと純ちゃんが愛に隠れて何かをしていて気になるから。


 純ちゃんに愛に何か隠している? と聞いた時、「カクシテナイヨ」と片言になっていたから絶対嘘を吐いている。


 そのことを指摘しても、純ちゃんは黙って何も答えてくれなかった。


 幸ちゃんにも聞いたけど、純ちゃんと同じ様に何も言ってくれない。


 もしかしたら、2人は愛に内緒で東京に行く準備をしているのかもしれない。


 そんなのは嫌。


 ベッドから起きて、部屋を出て、そのまま階段を下りようとすると足が滑って……いたたたたたたた。


「凄い音がしたけどらぶちゃん大丈夫って、血が出ているわよ。今すぐ、手当てしないと」


 ママが走ってきて、愛の膝を見ながら言った。


「しなくていいよ! 今すぐ行かないといけないから!」

「駄目よ。そのままほっておいたらバイキンが入るから」


 ママは両手で愛を起き上がらせて、手を握ってお風呂場の方に引っ張って行こうとする。


「早く行かないとこうちゃんとじゅんちゃんが! 早く追いかけないと!」


 玄関に向かって進もうとするけどびくともしない。


「すぐに手当てが終わるから、それから幸君と純ちゃんを探しにいっても遅くわないわよ」


 仕方なく手当てをしてもらうことにして、風呂場に2人で向かった。


 風呂場に着き、足を前に突き出して血が出ている所をママにシャワーで洗い流してもらう。


 シャワーのシャーと音がしているのを聞いていると、ママが話しかけてくる。


「幸ちゃんと純ちゃんをどうして探しに行くの?」

「じゅんちゃんがアイドルになって、じゅんちゃんとこうちゃんが東京に行くからだよ! 東京に行くのを止めないと!」

「別にいいんじゃないの。2人が東京に行っても、らぶちゃんもついて行けば」

「駄目だよ!」


 耳が痛いぐらい愛の声が響く。


「最近らぶちゃんが元気ないことと、そのことは関係しているかしら?」

「関係してないよ! 絶対に関係してない!」

「どうしてらぶちゃんは幸君と純ちゃんが東京に行くのが嫌なの?」

「2人がこの町からいなくなると音」


 両手で口を塞ぐ。


 音暖との秘密だから、ママにだって言えない。


 ママは何も言わずに、愛の濡れた脚をタオルで拭いてから絆創膏を貼ってお風呂場から出て行く。


 1人でいるのが辛くなって、ママを追いかけるとリビングのドアに手をかけていた。


「らぶがしていることは、こうちゃんとじゅんちゃんを不幸にしてる?」


 思ったより声が出なくて、ママに聞こえたか不安になる。


「幸君と純ちゃんに不幸になってほしい?」

「なってほしくないよ! 大好きな2人には幸せになってほしい!」

「なら、大丈夫よ」


 愛の所にやってきたママは、愛の体を玄関の方に向けて背中を押した。


「いってらっしゃい」


 ママが何かしたいのか分からないけど、幸ちゃんと純ちゃんを追いかけないといけないから外に出た。


 幸ちゃんの家に行って、家中を探したけどどこにも幸ちゃんはいなかった。


 買いものはいつも日曜に行っているから、いないのはおかしい。


 本当に幸ちゃんと純ちゃんは……。


 このまま立ち止まっていると、動けなくなりそう。


 純ちゃんの家に向かって走る。


 純ちゃんの家も誰もいない。


 この町の全てを探して、それでも見つからなかったら……2人はもう東京にいるのかもしれない。


 怪我した膝の痛みではない、別の痛みで倒れそうになる。


 我慢して玄関で靴を履いていると、目の前のドアが開く。


 履きかけの靴のままで抱き着く。


 幸ちゃんでも純ちゃんでもなく恭弥だった。


「恭弥! こうちゃんとじゅんちゃんがどこに行ったのか知らない?」

「フタリナラオオキナニモツヲモッテ、エキニイッタゾ」


 全力で足を動かして駅に向かう。


 靴が脱げたけど気にしない。


 急がないといけないのに、駅はまだ見えてこない所で愛の体は限界で立ち止まってしまう。


 吐くのを我慢しながらゆっくりと前に進む。


 その途中、スマホが何度も鳴ったけど出る余裕はない。


 いつも以上に遠く感じた駅にやっとついた。


 周りを見渡すけど、そこには幸ちゃんも純ちゃんもいない。


 このままだと音暖さんとの約束を守れなくなる。


 それ以上に愛の前から幸ちゃんと純ちゃんがいなくなるのが怖い。


「……こうちゃん、じゅんちゃん、どこにいるの?」

「やっと、らぶちゃんを、見つけることが、できた」


 後ろを振り向くとそこには恋ちゃんがいて、愛以上に息を乱していた。




 恋ちゃんは落ち着くと、愛の手を握って歩き始めた。


 どこに向かっているのか訊いたけど答えてくれずに、学校の体育館の前で立ち止まる。


「らぶちゃん中に入って」


 恋ちゃんは去って行く。


「らぶはじゅんちゃんとこうちゃんを探さないといけないから嫌だよ!」


 小さくなった後ろ姿に叫んでも、戻ってきてくれない。


 体が重くて腰を下ろしてしまう。


 こんなことしている場合ではないのに。


 体育館の方から足音が聞こえてきた。


 幸ちゃんと純ちゃんかもしれないと思って中に入る。


 真っ暗で何も見えない。


 出ようとすると突然ドアが閉まって、開けようとしてもびくともしない。


 おばけが出た⁉


 思わず目を瞑ってしまう。


 愛が知らない間に食べられる方が怖いと思って目を開ける。


 おばけなんてないさが聞こえてくる。


 音暖のことを思い出しながら口ずさんでいると、ステージに電気がついて眩しい。


 助かった……周りにたくさん幽霊がいることに気づいて怖い。


 愛はおばけに食べられる……嫌! そんなの絶対に嫌!


 おばけになんて絶対に負けない!


 おばけを全部倒して幸ちゃんと純ちゃんを見つける!


 そして、いつまでもこの町で、3人で幸せに暮らす!


「おばけなんてないさ‼ おばけなんて嘘さ‼ 寝ている人が見間違えただけさ‼」


 音暖がおばけなんてないさを歌えばおばけをやっつけられると言っていたから、喉が痛くなるほど叫ぶ。


 すると、ステージにいつの間にか音暖がいて、愛と一緒に歌い始めた。


 愛の近くにいたおばけが苦しんで外に出て行く。


 おばけと逆方向に駆け出すと、


「これ以上こっちにきたら愛ちゃんが死んでしまうからそこにいて」


 音暖がそう言った。


 急ブレーキをして立ち止まる。


 止まる必要はないのかもしれない。


 大好きな音暖と一緒にいられるなら……1歩音暖の方に踏み出そうとしてやめる。


 先に謝らないといけないことがあるから。


「……こうちゃんとじゅんちゃんがこの町からいなくなった。寂しがり屋のじゅんちゃんを音暖の代わりに支えられなくてごめんなさい。お姉さんになれなくてごめんなさい」


 止まらない涙に邪魔されながらも、最後まで口にした。


 懐かしい笑顔を浮かべた音暖は言う。


「愛ちゃんは十分、純ちゃんと幸ちゃんを幸せにできているわ。だから、愛ちゃんのしたいようにすればいいよ」

「でも、らぶの好きなようにしたら、音暖との約束を破ってしまうよ!」

「さっきも言ったけど、愛ちゃんは純ちゃんと幸ちゃんを幸せにできている。もう十分よ。ありがとうね」


 急に明るくなって、思わず目を瞑ってしまう。


 どたどたと足音が聞こえて目を開ける。


 ……愛の周りにはたくさんの人がいた。


 この前行った保育園の子ども達、公園でよく遊んでいる小学生、愛のママとパパ、三実、恭弥、恋、檸檬、剣、昴、麗華、強、学校の友達、他にも顔の知っている人達がいる。


 驚きつつステージの方を見る。


 そこには音暖がいなくて、代わりにフリフリな可愛い服を着た純ちゃんがいた。


 明るくて元気の出る昴の曲がかかって、純ちゃんが歌い始める。


 周りにいた人達は目を細めて、透き通る純ちゃんの歌に聴き惚れている。


 手を引っ張られたから下を見る。


 保育園で仲よくなった男の子の祐介がいた。


「おねえちゃんも一緒に歌おう」

「うん! お姉さんも一緒に歌うよ!」


 どこかで愛達を見てくれている音暖に向けて歌う。


 愛がしたことは幸ちゃん、純ちゃんと一緒にいることと、その2人の夢を応援したいことだよと気持ちを込めて。

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