219話目 本当の幸せ
愛が僕達の世話をすると宣言をした次の日。
宣言通りに朝僕と純に朝食、昼には弁当を用意してくれた。
もちろんと言った感じで、晩飯も愛が作った。
21時前に愛が数学の教科書とノートを机の上に置いた。
久しぶり2人で勉強をした。
愛は途中で寝そうになると、自分の顔を赤くなるほど強く抓って寝ずに1時間勉強した。
愛と純が帰った後、ソファに全体重を預けながら点いていないテレビを眺める。
僕は一体何をしたいのだろうか? 何をすればいいのだろうか?
純のことを応援すると決めたはずだけど、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
静かな部屋でいることが寂しくなったから、なんとなく昴のDVDを見る。
部屋に戻るのが面倒。
ここで寝ようとしていると、机の上に置いているスマホが鳴る。
スマホを手に取って画面を見る。
剣からだった。
電話に出る。
「矢追さんの説得するのはどうなっていますか?」
「…………らぶちゃんとじゅんちゃんが幸せになれる方法を考えても、考えても、考えても、どうしても浮かばない! らぶちゃんにじゅんのことを応援するって、じゅんちゃんについていくって言っても諦めてくれない! 僕はどうすればいいんだよ!」
どう答えていいか分からずに、苛々して怒鳴ってしまう。
「このことが純の一生のトラウマになるかもしれないと考えたら死にたくなる!」
八つ当たりだと分かっていても、叫び続けることが止められない。
「百合中君、ありがとうございます」
「……」
急な剣の感謝に混乱して僕は黙る。
「わたしは小さい頃から目立つことが嫌いで子役もしたくなかったですし、アイドルもしたくなかったです。でも、両親に言われて反論することができずに従ってしました。でも、本当は大好きな妹を可愛くする仕事がしたかったです」
「……」
「……」
昔を懐かしんでいるのか、次に何を言おうと考えているのか、無言の時間が続いた。
疑問を口にする。
「そのことと剣が僕に感謝することは関係あるの?」
「はい、あります。諦めるしかなかったその夢を、百合中君のおかけで叶ったから感謝しています」
「もうお礼は言ってくれたし、それに剣が服飾の仕事をできるようになったのは母さんが剣の両親を説得したおかげだよ」
「そんなことないです。百合中君が行動してくれたから、わたしは昴の近くで可愛い服を作ることができるんです。だから、今度はわたしが百合中君のしたいことを、できるように手伝います」
「僕のしたいこと?」
その言葉を聞いて、胸が苦しくなる。
「はい。そうです」
「らぶちゃんとじゅんちゃんに幸せになってほしい。そうなるなら、僕はどうなってもいいし、そこに僕がいなくてもいい」
なのに、全く叶えることができてなくて……情けなさ過ぎる。
「百合中君はそれが本当にしたいことですか?」
「うん。そうだよ」
「本当にそれが百合中君の幸せですか?」
「……」
なぜか、肯定することができなかった。
愛と純が幸せになれば、僕も幸せになれるはずなのに。
「大好きな人が幸せになっても、その笑顔を自分の目で見られないのなら幸せになんてなれないと思います。矢追さんと小泉さんが幸せになる瞬間、幸せになり続ける姿を百合中君は見たくないんですか?」
「見たいに決まっている」
不安な気持ちが解けていく。
「剣、ありがとう」
「わたしにできることはありますか?」
「もう少し1人で考えて見て、困ったら助けを求めるよ」
「分かりました。いつでも待ってます」
電話を切って自室に行きベッドに転がる。
僕が幼馴染達とずっと一緒にいられるためには、どうすればいいか考える。
簡単なのは純にアイドルを諦めてもらうこと。
全く、簡単ではないけどな。
今まで応援していたのに、手のひらを急に返して純を裏切るだから。
純にそのことを言う所を想像しただけで、ストレスで胃に穴があきそう。
純がアイドルになれなかった分、僕がそれ以上に幸せにすればいい。
そんな言い訳を口にして、無理矢理自分を納得させる。
でも、純がその夢を諦め切れずに1人で東京に行き、アイドルになる可能性もある。
そんなもしものことを考えても仕方がないけど、僕はずっと大好きな幼馴染といたいから不安要素はなくしたい。
考えている間に、純がこの町から出て行かなくするよりも、愛を納得させて3人で東京に言った方が簡単な気がしてきた。
要は僕達がこの町にいなくても、音暖さんが安心して眠り続けられると愛が思えればいい。
そのためには、音暖さんのことを深く知る必要がある。
僕より音暖さんのことに詳しい純に電話しようとスマホを見る。
今日が終わっていた。
こんな時間に連絡したら純の迷惑になる。
少し前の僕なら絶対にしない。
今の僕は自分のことを優先する。
1コールで純が出た。
音暖さんのことを教えてほしいと言うと、愛と関係しているのかと聞いてきた。
肯定する。
純は心の中に閉まっていた宝物を開くように、ゆっくりと語り始めた。
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