216話目 角刈り男子の妙案

 7時に学校の屋上に行くと、既に鳳凰院、女子20人、角刈り男子がいた。


 純は少しだけ緊張していたけど、ここにいる全員に囲まれながらも堂々と歌って踊ることができた。


 純のことを褒めちぎる女子達に対して、鳳凰院がなぜかドヤ顔をしながら誇っている。


 次に昴の動画を全員に見てもらう。


 純が改善できそうな所を聞くと女子全員がないと答えた。


 ぎこちなく笑う純が可愛いとか、切れのある踊りが格好いいとか、綺麗な歌声で聴き惚れるとか。


 純に対してプラスな意見しかでない。


 角刈り男子が口を開く。


「親友、俺の意見を言っていいか?」

「いいよ」

「昴のやつは思わず一緒に歌ったり踊りたくなるけど、小泉のやつはそうはならない」


 純は真面目な顔で角刈り男子に詰め寄る。


「どうすればいい?」

「もっと矢追たんみたいに元気よく笑えばいいっていいたいけど、小泉には似合わないと思う」

「純さんに笑顔は似合いますわ!」


 鳳凰院は角刈り男子を睨みつける。


「麗華怒るなよ。そう意味で言ったんじゃなくって、小泉は昴や矢追たんみたいに元気溌剌としていると言うより、クールで格好いいだろ。だから……どう言ったらいいか分からないから考える時間をくれ」


 端に移動して悩み始める角刈り男子。


「元気溌溂さが足りないなら、もっと笑顔を出せばいいだけの話ですわ。純さんならできますの」


 鳳凰院の言葉に、不安そうな表情を浮かべて頷く純。


 それから何度も純は歌って踊るけど、表情が硬くなるばかり。


 曲の終わりに、鳳凰院がペットボトルのお茶を純に渡す。


「ありがとう」

「いえいえ。純さんの顔のマッサージをしていいですの? 筋肉を解せば笑顔をしやすくなると思いますわ」

「おう。お願いする」


 鳳凰院が純の顔を触ろうとすると、2人の所に角刈り男子が走ってくる。


「麗華が触れていいのは俺だけだ!」

「嫉妬する強さんは可愛いですわ」


 麗華は角刈り男子に抱き着く。


 角刈り男子のどこが可愛いのか、全く理解できないな。


「わたくしの代わりに、百合中さんが純さんのマッサージをしてもらっていいですの?」

「じゅんちゃん、僕がやってもいい?」

「おう。お願いする」


 鳳凰院が角刈り男子にしているのを見ながら、純の顔をマッサージしていく。


 口角の所に人差し指、中指を当てて、空いた手で頬を軽く掴む。


 耳の方に向かって摑んでいる手を、何度か引っ張る。


 それを両頬何度か繰り返した。


 角刈り男子は気持ち悪いほど笑えているけど、純はあまり変わらない。


「どうしてそんなに笑える?」

「楽しかったことを思い出せばすぐに笑える。例えば、麗華とのデートした時のことだな。待ち合わせの時間前にはいつも俺より先にきているし、女子が嫌がる柔道の話をついついしても真剣に聞いてくれる! 麗華は俺にはもったいない彼女だ!」

「強さんがわたくしにはもったいない彼氏ですわ! デートの時にわたくしが行ったことがない場所に連れてくれますし、何よりデートが終わってからいつも熱く抱きしめて……キスをしてくれるのが本当に楽しみにしていますわ」

「すげー、嬉しい。俺もデート終わりに麗華を抱きしめてキスをするのは大好きだ。デートと終わりじゃなくてもしていいか?」

「……はい」

「今、していいか?」

「はい!」


 純が悩んでいる時に、ラブラブする鳳凰院と角刈り男子にムカつく。


 2人に軽くチョップをする。


「何するんだよ、親友って、分かった! 小泉が歌って踊っている曲が、小泉に合ってない! もっと、格好いい曲に変えることはできないのか?」


 角刈り男子の提案通り、テンポが遅くてしっとりとした昴の曲を純に歌ってもらう。


 僕も含めて周りにいた全員が涙を流す。


 女子達は大絶賛して、角刈り男子はこれなら昴に勝っていると口にした。


「こうちゃん、らぶちゃんに見せに行こう」


 純の言葉に大きく頷いて、純と一緒に教室に向かった。



★★★



 休み時間になる度に、愛は僕達から全力で逃げる。


 必死な顔をして逃げる愛に躊躇いを覚えて、手を摑むことはできない。


 昼休み。


 覚悟を決めた僕と純は、愛に向かって手を伸ばす。


 またしても、クラスの男子に邪魔をされる。


 純に睨まれた男子達は道をあけた。


 急いで廊下に出ても、愛の姿はない。


 この前は漫研部にいた。


 そこに向かうと、今回も鍵がかかっている。


「百合中君どうしたの?」


 やってきた恋が話しかけてきた。


「じゅんちゃんの歌と踊りを見てほしいから、らぶちゃんを追ってここにきたんだよ」


 恋は苦い顔をした。


「あたしは大好きならぶちゃんが嫌がることはしたくない。でも、百合中君がらぶちゃんに会いたいなら協力するよ」

「僕も恋さんと一緒で、らぶちゃんが嫌がることはしたくない。でも、このままにしていたら絶対に後悔する。協力してほしい」


 小声で恋は「らぶちゃんごめん」と謝ってから、ドアをノックする。


「誰?」

「あたしだよ、恋だよ」

「らぶちゃん! こうちゃんとじゅんちゃんは近くにいない?」

「……いないよ」

「すぐに鍵を開けるよ!」


 カチャと音がしてすぐにドアが開き、恋が愛の手を摑み引っ張る。


「え⁉ どうして⁉ こうちゃんとじゅんちゃんがいるの⁉ れんちゃん嘘を吐いたんだね‼ 離して‼」

「らぶちゃん、じゅんちゃんの歌と踊りを見てほしい」

「嫌だ‼」


 純が僕の肩を叩く。


「こうちゃん、今から歌う」

「うん。頑張って、じゅんちゃん」


 漫研部の中に入った純は、愛の方を向きスマホで曲をかける。


「離して‼ 早く‼ 早く‼」


 暴れることをやめた愛はお腹の底から声を出す。


 生活指導の先生が険しい顔をしてやってきた。


「今すぐ離しなさい!」


 先生に凄まれた恋は手を緩める。


 愛は勢いよく走っていき、途中こけそうになりながらも見えなくなる。


 追いかけようとすると、先生に待つように呼び止められる。


 詳しい話を職員室で聞くから職員室にくるように言われた。


 無視して愛を追いかけようとすると、手に温もりを感じる。


「百合中君、落ち着こう」


 僕の手に握っている恋が言った。


 深呼吸する。


 先生の誤解を解くのに時間がかかって、教室に行くと愛はいない。


 昼休みが終わっても、放課後になっても愛は戻ってこなかった。

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