215話目 あるけど……今は言えない

 いつもなら21時に愛と勉強している時間。


 分かっていても、愛がこなくて凹む。


 早めに寝よう。


 自室に戻ろうとすると、ソファの前に敷いている布団に寝転がっている昴が足に抱き着いてくる。


「みんなで寝よう! きっと楽しいよ!」

「いいわね……ウェー。わたしも一緒に寝るわよ。久しぶりにこうちゃんを抱き枕にしていいかしら、ウェー」


 ソファで一升瓶を抱えて横になっている母が、吐き気を催しながら口にした。


「はいはい。母さんは部屋で寝ようね」

「母さんも恋バナする」

「はいはい」


 母を母の部屋に押し込む。


 リビングに戻ると、布団が2つ追加で4つの布団が引っついて並べられている。


「パジャマパーティーしよう! 今日も寝かせないよ! 今すぐしよう!」


 昴は母に慰められてから、無駄にテンションが上がっている気がする。


「じゅんちゃんどうする?」

「していい」

「ならパジャマパーティーしようか。風呂に入る順番はどうする?」

「みんなで風呂に入ればすぐに、パジャマパーティーできるからそうしよう!」

「1人がいい」

「1人がいいです」


 昴の言葉に純と剣が同時に否定する。


「純ちゃんと剣が一緒に入るのが嫌なら、ボクと幸ちゃんが2人で入るよ! これで多少だけど時間が節約できるね! そうと決まったら一緒に風呂場に行こう!」


 昴は僕の背中を押して歩き出す。


 後ろから純と剣が、スバル上着を摑んでいるから前に進まない。


「先にわたしと昴がお風呂に入りますね。行くよ昴」


 剣は昴の手を握って、部屋を出る。


 風呂の順番を待っている間、純は歌と踊りを練習している。


 それを見ながら、昴が言ったことを考える。


 愛が純と比べて、純が劣っているように見える。


 アイドルを目指して1週間ぐらいの純と、国民的アイドルの昴とでは経験値が違い過ぎる。


 どうやって、それを短期間で埋めればいい?


 母が言っていた硬い表情は少しずつ改善されている。


 後は、歌や踊りの完成度を上げればいい……どうすればいいか見当がつかない。


 1人で悩んでいても答えはでない。


 鳳凰院や角刈り男子に、純と昴を見比べてもらって改善できそうな所を聞こう。


 ランイで鳳凰院と角刈り男子に、そのことをランイする。


 朝集まれると返事がきた。


 剣の背中を押しながら部屋に入ってくる昴。


「今の姉さんは色っぽいでしょ?」


 剣は目を白黒させてから、昴の後ろに隠れる。


 昴が剣に何か耳打ちをして、おずおずと剣が僕の前にやってくる。


「……どうですか?」


 両手を広げて聞いてきた。


 剣を凝視する。


 艶やかな濡れた髪、ほんのりと赤くなっている頬。


 昴が言った通り、剣が色っぽく感じる。


「こうちゃん先に風呂に入って」


 剣を見ることに集中していて、突然純に声をかけられたから驚く。


「じゅんちゃんが先に入っていいよ」

「私は後がいい」


 分かったと言って、風呂に入る。


「動きに強弱をつける。伸ばす所は伸ばして、止める所は止める」

「おう」

「手足の方に視線を向けずに前を向いて」

「おう」

「表情が硬くなっているよ」

「おう」


 リビングに戻ると、踊っている純に昴がアドバイスをしていた。


「もう1度最初から踊ってみようか?」

「おう」


 風呂に入る前に見た純の踊りよりも、見違えるほど上達していた。


 純が風呂から戻ってくると、昴は端に置かれていた鞄から大量のチョコとポテトチップスを取り出す。


「パジャマパーティーにはお菓子が必須!」

「昴は最近体重が増えているから、深夜にお菓子を食べない方がいいよ」

「22時過ぎはまだ夜だから大丈夫だよ!」

「食べるなら三実さんに報告するよ」


 昴はそっとお菓子を鞄の中に入れる。


 純は残念そうにその光景を見ていた。


 雑談をしていると、23時を過ぎる。


 明日も僕と純は学校があるから、寝ることにした。


 僕と純が並んで布団に横になる。


 昴が恋バナをしたいと言ってくる。


「言い出したのはボクだからボクから話すね。ボクの好きな人は三実さん。三実さんに対しての想いを語るのに、3時間ぐらいかかるけど聞いてもらっていい?」

「本人に言えば」

「恥ずかしくて言えない。次は幸ちゃんが話して!」

「特にないよ」

「面白くない! 純ちゃんは恋バナある?」

「ない」

「姉さんはあるよね?」


 ニヤニヤと笑いながら昴は剣の方を見る。


「……あるけど」


 剣は僕の方を一瞥した。


「……今は言えない」

「そっか。言えるようになるといいね! ボク達も明日昼から仕事があって、朝早くに帰らないといけないから寝よう!」


 リモコンで電気を消す。


 隣で寝ている剣の顔が、暗闇の中でも分かるぐらい真っ赤だった。

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