213話目 大きな幼馴染とデート

 純の家を通り過ぎた所で、急に純が立ち止まる。


「……こうちゃんとデートしてほしい」

「母さんの言ったこと気にしなくていいよ」

「おう。でも、できることがあるなら何でもしたい」


 母が提案したことは馬鹿げているけど、僕達に純の歌や踊りを上手くする案はないのも事実。


「いいよ。デートをしよう。じゅんちゃんはデートでしたいことある?」

「ナイヨ」


 片言になっているから、嘘を吐いていることが分かった。


 でも、嘘を吐くなと純相手に言えない。


 純が手を差し出してきた。


 握ろうとすると、手を開いたから拒否されたのかと焦る。


「……恋人繋ぎ」


 ぼそりと呟く純。


 安心しながら、僕達の指を絡み合わせて手を繋ぐ。


 普通に手を繋ぐより純を近くに感じられて、これからも純や愛と手を繋ぐ時はこれがいいな。


 ひんやりとした純の手の感触を楽しみながら純に話しかける。


「他にしたいことはある?」

「思いつかない。こうちゃんはある?」

「じゅんちゃんと一緒にいるだけで幸せだから、特にないかな」

「……私も」


 純の手を握る力が強くなる。


 このままここで、照れている純を見ているのも最高だけど、ずっと純を立たせたままにしたくない。


 適当な店に入って、今後何をするか決めたらいいな。


 そのことを話すと、純も肯定した。


 純の手を引いて歩き出す。


 愛の家から出てきた愛がやってきて、僕達が繋いでいる手を摑む。


「らぶもこうちゃんとじゅんちゃんと手を繋いで遊びに行きたいよ! どこ行くの? あっ! らぶはこうちゃんとじゅんちゃんに会わないようにしてたんだった!」


 愛は1歩分僕達から離れる。


「こうちゃんは遊びに行くんじゃなくて、デートに行くのよ」


 母はリビングの窓から顔を出して口にする。


「こうちゃんとじゅんちゃんは付き合ってるの⁉」


 目を丸くしながら愛が町中に響く声で叫ぶ。


 愛の家の方からドタドタと足音が聞こえてきて、琴絵さんが僕達の前に息を切らしてやってくる。


「はぁ、らぶちゃんが、言ったこと本当、はぁはぁ」

「本当よ」


 真顔で嘘を吐く母の言葉を聞いた琴絵さんは地面に座り込む。


「らぶちゃんと幸君に恋人になってほしいけど、じゅんちゃんが相手なら別れさせることはできないわ」


 愛と似た顔で泣き出す琴絵さんを見て動揺する。


 落ち着いた琴絵さんが聞いてくる。


「幸ちゃんと純ちゃんはいつ結婚するの?」

「結婚しないですよ。遊びにいくだけです」


 本当のことは言えないから誤魔化す。


「遊びに行くだけなのにどうして、恋人がするような手の繋ぎ方をしているの?」

「僕とじゅんちゃんが恋人のように中のいい幼馴染だからですよ」

「……そうね。確かに子どもの頃から仲よかった幸君と純ちゃんならそうかもね」


 琴絵さんは僕達に向かって土下座する。


「らぶちゃんも入れて、3人で結婚してほしいわ」

「いいわね。これでわたし達の老後も安泰ね」


 突飛な琴絵さんの案を絶賛する母。


 このままここにいたら話がややこしくなる。


 愛の家と逆方向に、純の手を強めに引っ張って走る。




 数分走って、目の前にあったファミレスに入る。


 先に座った僕の対面に純が座ろうとした。


 純の隣に移動した。


「この方がデートとしている感じがあると思って」

「……おう」


 純は少しだけ耳を赤くしている。


 2人でメニュー表を見ていると、純がポケットを触り僕の方を一瞥してメニュー表を閉じる。


「水だけでいい」

「お腹空いてないの?」

「スイテナイヨ」


 昼食はまだ食べてないし、片言になっているし、軽い運動もしているから、絶対にお腹を空かせている。


 純のポケットを見る。


 そこには膨らみがなかった。


 純はいつもポケットに財布を入れている。


 財布を持ってないと気づく。


「今日は僕が奢るから好きなものを頼んでいいよ」

「お腹空いてないから大丈夫」

「新作のモンブランだって。すごく美味しそうだよ」


 1ページに大きくモンブランの写真が載っている。


 指差しながら言うと、純の喉が鳴る。


「モンブランの上にある栗は艶があって美味しそう。僕も食後に頼もうかな」

「……」


 涎を垂らす純。


 レジ前にいるカップルの声が聞こえてくる。


「いつも奢ってくれているから、ここはミクがお金を出すよ」

「気にしなくていいぞ。デートなんだから男の俺に甘えろ」

「ダイくん大好き!」


 よし、僕もその手でいこう。


「僕達はデートをしているんだよね?」

「……おう」

「デートは男子が女子に奢るものらしいよ。だから、じゅんちゃんは遠慮せずに好きなものを頼んでいいよ」

「……おう。ありがとう」


 これで、心置きなく純に奢れる。


 僕のパスタと純のグラタン、食後にモンブランを注文した。


 これからも、どこか遊びに行く時にデートとこじつけたら愛と純に貢ぎ放題。


「お小遣いも増えて、十分なお金を持っているから次きた時は奢る。その方が私は嬉しい」


 少し残念に思いながら、純の優しさにありがとうと返す。


 純と次に行く場所を話し合う。


 お金がかからずにデートっぽい、ウィンドウショッピングをすることにした。


 曇空も晴れてきた。


 隣町まで歩いて行くことにした。


 純の体力と歩くスピードなら、そんなに時間はかからない。


 心配なのは、純の足を引っ張ること。


 気合を入れてついて行こう。


 注文したものがきた。


「せっかくだから恋人みたいに食べさせ合うのはどう?」

「……おう。あーん」


 熱々のグラタンをフーフーして、純の口の中に入れる。


 はふはふと言いながら、熱そうに食べた。


 水を渡すと、猫のように下で舐めるように飲む。


 先に唐揚げを全て食べて、グラタンが適温になってから純に食べさせた。


 モンブランは仲良く半分こ。


 そろそろ外に出ようとしていると、窓の向こうでサングラスとマスクをしている愛が横切る。


 愛なりの尾行の格好をしていて微笑ましい。


 愛の後ろでサングラスとマスクをした恭弥さんが、警察に手を摑まれていることに気づく。


 警察は交番のある方に、恭弥さんを引っ張る。


 愛は興奮しながら、2人の周りをぴょんぴょんと跳ねている。


 急いで外に出た。


 警察に恭弥さんが知り合いだと話すと、疑いの目を向けながら去って行く。


 店から出てきた純は、変装している愛と恭弥さんの正体に気づいているようで警戒していない。


「らぶはこうちゃんとじゅんちゃんが何をしているのか気になって、後を追いかけてきたんじゃないよ!」


 後を追いかけてきたんだな。


 愛の話に合わせよう。


「そうだね。らぶちゃんは僕達の後を追いかけてきたんじゃないよね」

「そうだよ! らぶはもう行くよ!」


 近くに生えている木に愛は隠れて、顔を出して僕達の方を見ている。


「恭弥さん、愛に付き合ってくれてありがとうございます」

「おう」


 恭弥さんは愛の近くに移動する。


 店に戻りながら、純に話しかける。


「次行く場所を公園に変えていい?」


 愛と恭弥さんはこの後もついてくるから、2人の目立つ格好では多いモールは行かない方がいい。


「おう。こうちゃんとならどこでもいい」


 会計を終わらせて、公園のベンチでのんびりとしてから、スーパーに寄って1週間分の食材を買って自宅に帰る。


 午後の純とのデートは、デートのドキドキではなくて、恭弥さんがいつ職質されるか怖くてドキドキしていた。

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