212話目 母のアドバイス

 鳳凰院の家のリビングが血で染められた次の日の日曜。


 鳳凰院の提案で、純が歌って踊る姿を動画で撮ることにした。


 7時過ぎに純が自宅にやってきた。


 一緒に朝食を食べる。


 食べてすぐに動くのは体によくないけど、純はすでに歌って踊っていたからスマホのカメラを向ける。


 鳳凰院のおかげ? で、僕の前でも堂々としている。


 動画を撮り終えて、純の動画と昴のライブ動画を見比べた。


 僕的には純の方が好き。


 ……昴の方がもっと見ていたいと思わせる魅力がある。


「喉渇いたからお酒飲んでいいかしら?」


 再び純が踊ろうとしていると、母がやってくる。


「朝から飲むのは駄目だよ」

「こうちゃんのケチ!」


 母は冷蔵庫を開けてお酒がないことを知って、部屋を出て行こうとする。


「どこに行くつもり?」

「……いい天気だからゴルフでもしようかなって」

「外は曇りで今にも雨が降りそうだし、母さんは今までにゴルフをしたことがないよね?」

「したことなくたって、今日から始めるかもしれないでしょ」

「本当に?」


 見つめると母は視線を逸らす。


「ごめんなさい。嘘吐いたわ。でも、お酒が飲みたいの! 今凄くお酒が飲みたいの!」


 酒を飲んだ母は純にだる絡みするから飲ませたくない。


 抱き着いてくる母を避け続ける。


 動き疲れたのかその場に座り込む母。


「……お腹空いたわ」

「何か作るから、椅子に座って大人しくしていて」


 母にそう言って、キッチンに向かった。


 食後、母は対面に座っている僕と純を交互に見てから口にする。


「わたしがどうしてここにいるのか突っ込んでほしいわ!」


 母が隣にやってくる。


「さっき昴のライブの曲が聞こえてきたけど、こうちゃんは昴のファンになったの?」


 アイドル事務所の社長の母なら、純に有益な助言ができると思い事情を話す。


「じゅんちゃんの歌や踊りは頼まれなくて見たいからいいわよ」


 母の前で歌って踊る純。


 ソファに座っている母は純のことを、瞬きせずに凝視している。


「歌って踊ってみて、自分ではどう思う?」


 少し息を乱しながら休憩している純に母が話しかけた。


「昴の方が上手い」

「どこが?」

「……」


 眉間に皺を少し寄せて純は考え込む。


「こうちゃんは分かる?」

「昴の歌と踊りはもっと見ていたいと思う魅力があるかな」

「そうね。わたしも昴さんの方が見続けていたいと思うわ。だからと言って、じゅんちゃんが昴の歌や踊りに劣っているわけではないわ。むしろ、プロの指導を受けてもいないのにここまでできるのは天才よ」


 母は純の前に立ち、両手で純の口角を持ち上げる。


「じゅんちゃんに足りないものは笑顔よ」


 母の言う通り、純が歌って踊っている時は真剣な顔をしている。


 それに対して、昴は柔和な笑顔を浮かべている。


「アイドル自身が楽しんでいないと、ファンを楽しませて笑顔にすることはできないわ」

「私はファンのために歌おうと思えない」


 強く拳を握りながら純が言うと、母は優しく微笑む。


「昴さんも最初は剣さんのためだけに歌っていたわ。でも、自分を真剣に応援してくれるファンをライブで感じて、心からファンの前でアイドルをすることが楽しいって言っていた」

「……おう」

「それに、こうちゃんとらぶちゃんのことを大切にできるじゅんちゃんなら、ファンのことも大切にできるわ」

「……ありがとう」

「はにかむじゅんちゃん可愛いわね。お礼はわたしのことを母さんって呼ぶのでいいわ」


 耳を真っ赤にした純は両耳を押えて、何度か母を一瞥してから母の方に顔を向ける。


「…………母さん」

「念願の娘ができたわ! これからわたしと一緒に東京で暮らしましょう!」


 母は純に抱き着いて、お腹に頬擦りをする。


 純が嫌がっているから、母の首根っこを摑み純から離す。


「親子の時間を邪魔しないで」

「じゅんちゃんに余計なことしなくていいから」

「もっとじゅんちゃんの程よく鍛えられたお腹に、すりすりしたかったけどまあいいわ。じゅんちゃん、踊りなしで歌ってもらっていいかしら?」

「おう」


 純は母に言われた通り、歌い始めたけど尚更表情が硬くなっている。


 母はそっと純の隣に行き横腹をつつく。


「あんっ」


 純は可愛い声を上げながら、横腹を押える。


「口を動かして」


 再び歌いだした純の横腹をつついて純の邪魔をする母。


 母を排除しようとしていると、純の表情が少しだけ柔らかくなっていることに気づく。


 って、純に見惚れている場合ではなかった。


 苦しそうに笑っている純を助けないといけない。


 純から母を引きがして説教する。


 もう少しやり方を考えればよかったと、母は反省した。


 母の手を握って純の方に行かないようにして、純に歌ってもらうと硬い表情に戻っている。


「じゅんちゃんにとっておきの方法を教えてあげるわ」


 最初からそれを教えればいいのに。


 話の腰を折りたくないから、心の中で突っ込む。


「気持ちをコントロールすれば表情を作ることはできるわ。例えば、じゅんちゃんがこうちゃんやらぶちゃんと一緒に遊んだら楽しいでしょ?」


「おう」

「その時の表情はどうなっている?」

「笑顔」

「そうよ。だから、その時のことを思い出しながらやってみて」

「……おう」


 笑っているけど、どこかぎこちない表情で歌う純。


「新しいやり方をしたら慣れるまで時間がかかるから、練習をすれば自然に笑えるようになると思うわ」


 母は意味ありげに含み笑いをする。


「もっと早く笑顔を身につける方法を知っているけど聞くかしら?」

「おう」

「1度聞いたら絶対にやらないといけないけどいい?」

「おう」


 躊躇うことなく返事をする純に母は告げる。


「今からこうちゃんとデートしてきなさい」

「…………デート?」


 数秒フリーズした純は母に聞き直す。


「そうよ! デート! アイドルの魅力は女の魅力とイコールと言っても過言ではないわ! だから、男を知って女の魅力を上げるのよ!」


 力説する母に純は泣きそうになっている。


「子どもの恋愛に口を出す親は嫌われるよと言うか、今の母さんは嫌い」


 純の手を握りながら、母に蔑むように視線を送る。


 何度も謝ってくる母を無視して、純の手を引っ張って外に出た。

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