210話目 アイドルになるために努力する大きな幼馴染

 恋に愛を任せることにしてから、次の日。


 愛の家の玄関を開けそうになって、家に引き返す。


 ……1人でいると寂しさで、狂いそうになる。


 7時過ぎ。


 純の家に行くのはまだ早い。


 1人でいる寂しさに限界がきて、純の家に向かった。


 純の部屋は少し開いていて、猫の着ぐるみパジャマを着ている純が歌いながら踊っているのが見えた。


 僕がきたことを気づいた純は、毛布を被って部屋の隅に蹲る。


 毛布の上から純の頭を撫でる。


 昨日、家に帰って純に歌いながら踊ってもらった。


 踊りは完璧だけど、歌は口パクになってしまう。


 歌おうとする純の耳が赤くなっているから、歌う所を見られるのが恥ずかしいんだな。


 純には透き通るような綺麗な歌声と切れのあるダンスがあるから、羞恥心さえどうにかすればいい。


 同じようなことが、剣の時もあった。


 剣の場合は、アイドルになりたくないけど、親との約束でアイドルになろうとしていた。


 僕以外の人と話す所か、目を合わせることすらできなかった。


 回数をこなして、人前でも歌って踊ることはできるようになった。


 剣だから嫌がっても、無理矢理人前に連れて行くことができた。


 純にそんなことができるだろうか?


 心を鬼にして、一生懸命踊っている純に向かって口を引いて閉じる。


 ……純にアドバイスするためには、もっと昴のことを理解することが必要。


 昴からもらったこの前のライブのDVDを見ることにした。


 純の家にはDVDを見る機械がないから、2人で僕の家に行く。


 ライブ映像がかかるとそれに合わせて、純は寸分狂わずに昴と同じ動きをする。


 歌ってないことを注意した方がいいだろうか?


 でも、それで純に嫌われたら立ち直ることができない。


 そもそも、やる気がある人に注意するのは間違っているよな。


 そうだよ。


 間違っている。


 逃げるな、僕。


 幼馴染達とずっと一緒にいられるように行動しろ。


「じゅんちゃん、踊りは完璧だから昴の歌に注目しようか?」

「おう」


 ソファに座り隣を叩くと、純はそこに座る。


 羞恥心で歌えない純に、昴の歌っている所を見てもあまり意味がない。


 人前に連れて行き無理矢理慣れさせる以外に、恥ずかしさに慣れる方法はないか考える。


 寝たふりをする。


 純は僕が寝ているから、恥ずかしがらずに歌い始める。


 歌い終わった純に起きていたことを話して褒める。


 純の自信がついて、人前でも歌えるようになる。


 そんな、幼稚な案しか浮かばない。


 他の案が浮かばないからやってみる。


「昨日、寝るのが遅かったから眠たくなってきたな。ふぁ~」


 わざとらしく大きな欠伸をして目を瞑る。


 少しして、薄目を開けて横目で純の方を見る。


 純は僕の顔を数分凝視してから、おずおずと僕の上着を嗅ぎ始めた。


 制服は少しでも汚れたら洗うようにしているから、臭くないはず……大丈夫だよね?


 こうちゃん臭いなんて、思ってないよね?


 内心ドキドキしながら純の動きに注目していると、頬を軽く突いてきた。


 純が何をしたいのか、全く分からない。


 顔が少しずつ僕の顔に近づいてきて、耳元に息がかかり笑いそうになる。


「……こうちゃん、起きてない?」

「……」


 思わず返事しそうになるほどの猫なで声。


 純が離れていき歌う練習をするのかと思っていると、僕の膝の上に頭をのせてから上着をめくり……顔を潜り込ませる。


「……こうちゃんの中温かい」


 ぶふっ! ぐはっ!


 可愛過ぎて、心の鼻血と吐血が止まらない。


「……こうちゃんの匂いで心を落ち着かせて頑張る」


 撫でたいよ!


 撫でまわしたいよ!


 急に純が僕の上着から顔を出す。


 起きていると気づかれたのか?


 薄目をやめて目を瞑る。


 数分して、起きた振りを……しよう……。


 ………………。


「学校から電話かかってきたぞ。行かないのか?」


 ドアが開く音がした。


 目を開ける。


 出入口に恭弥さんが立っていた。


 時計を見ると、11時を過ぎていた。


「すぐに学校に行きます」


 立ち上がろうとしてやめる。


 まだ純が上着の中に入っていて、そこから寝言が聞こえるから。


 純も僕と一緒で愛のことが心配で眠れなかったのだろう。


 学校を休んで、このまま幸せを噛みしめたい。


 恭弥さんにそれを伝えるほど勇気はない。


 純の肩を優しく揺らす。


 その途中で、恭弥さんと視線が合って気づく。


 自分が誰かに甘えている所を、親に見られるのはとても恥ずかしいことだと。


 特に思春期の高校生で、少し前まで恭弥さんと仲違いしていた純なら尚更。


 恭弥さんに外に出てもらうように口にしようとすると、上着の中が動く。


 顔を出した純は寝ぼけ眼で数秒僕を見た後、勢いよく僕から離れる。


「こ、こ、こ、こ、こ、こ」


 珍しくどもる純に恭弥さんが言う。


「昼飯食って学校に行くなら作るぞ」


 純はゆっくりと恭弥さんの方に顔を向ける。


「父さん、あっち行って!」


 そう叫ぶ純。


 部屋から出て行く恭弥さんの背中から哀愁が漂っていた。

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