209話目 逃げる小さな幼馴染

 休み時間になる度に愛は僕から逃げていき……心身的にぼろぼろになっている。


 昼休みになってすぐに、クラスの男子達が横に1列になり僕と愛を隔てる壁になる。


「そこを今すぐどいて」

「矢追たん、おれ達が足止めするから急いで行って」


 目の前にいる男子を凄む。


 その男子は僕を無視して、振り向いて愛にそう言った。


「ありがとう!」

「矢追たんに感謝された!」

「いいな! お前だけずるいぞ!」

「そうだ! そうだ!」


 男子達が口喧嘩を始めた。


 この隙に追いかけようとする。


 出入口の前で立っている他の男子達に邪魔をされる。


「どうして矢追たんに逃げられているの?」

「答える必要がないからそこをどいて!」

「前から百合中のことが気にいらなかったんだよな。何の努力もしてないのに、幼馴染って理由だけで矢追たんの仲よくできるなんて羨まし過ぎるんだよ!」


 今すぐに行き手を阻む男子全てを蹴りたい。


 そんなことしたら先生に呼び出しをされ愛と話す時間が減る。


「矢追たんを困らせるお前なんて、おれ達にボコボコにされたらいい」


 意味の分からい理由をほざいて、クラスのほとんどの男子が僕ににじり寄ってくる。


 純は今にも人を殺しそうな表情で男子達を見ているけど、男子達は気づいていない。


 ここで純が暴れたら確実に問題になって、アイドルになれなくなるかもしれない。


「親友、遊びにきてやった」


 早くこの場をどうにかしないといけないと思っていると、角刈り男子がやってきた。


「何で、親友は男子達に囲まれているんだ?」

「矢追たんが嫌がるのに、百合中が追いかけようとするからやめさせていた所だよ」


 目の前にいる男子が得意顔で答える。


「俺はお前に聞いてない。それに、矢追たんは親友にされることを本気で嫌がったりしない」

「お前に矢追たんの何が分かるって言うんだよ」

「そうだな。お前と同じぐらいしか俺にも矢追たんのことを知らない。でも、親友はここにいる誰よりも、矢追たんを知っていると俺が保証してやる。文句があるなら、俺が聞いてやる」


 指の骨をポキポキと鳴らしながら角刈り男子が凄む。


 僕の周りから男子達が後退って行く。


 角刈り男子に感謝をしてから、愛を探しに教室から出た。


 朝に愛は恋の教室に行っていた。


 そこに向かう。


 教室で友達と弁当を食べている恋に、愛が保健室に入るのを見たと教えてもらう。


 急いで保健室に行く。


 保健室の先生に愛は体調がよくなったから、教室に帰ったと言われた。


 急いで、教室に向かうと純に謝られた。


 愛の机の横に吊るされていた、弁当を入れている袋がなくなっている。


 純が謝っている理由が分かった。


 猫の手も借りたい状況。


 駄目元で近くにいる女子に声をかける。


「らぶちゃんがどこに行ったか知らない?」

「弁当を取りにきた矢追さんはすぐにどこかに行ったから分からないわ。ごめんね」


 純が女子に、僕と全く同じ内容のことを聞く。


「王子様に話しかけられたわ! 幸せ! 今すぐに矢追さんにランイでどこにいるか聞きます!」


 女子がスマホを触ってすぐに、愛から漫研部の部室で弁当を食べていると返事がきた。


 ありがとうと純が言うと、黄色い声を上げながら女子は倒れた。


 漫研部の部室に行き、扉を開けようとするけど開かない。


「誰⁉ もしかしてこうちゃん?」

「そうだよ。らぶちゃんと話がしたいから、鍵を開けてほしいな」

「ここにはらぶはいないよ! 誰もいないよ!」


 今の愛に何も言っても聞いてくれないな。


 一旦引くことにした。


 教室に戻り、弁当箱を持って屋上に向かった。


 屋上のフェンスに凭れながら座った純が聞いてくる。


「私……らぶちゃんに嫌われた?」

「こんなことでらぶちゃんが僕達を嫌ったりしないよ」


 でも、このままでは僕達がばらばらになる可能性がある。


 任せてと口にしたのに、純に頼るのは格好悪い……今はそんなことを、気にしている場合ではないから助けを求める。


「じゅんちゃんがアイドルになることを、らぶちゃんに納得させる方法を一緒に考えてもらっていい?」

「おう。考えさせてほしい」


 2人で色々な案を出した。


 頭の中でまとめる。


 愛はアイドルが嫌いな所か好き。


 特に昴のことが大好き。


 純が昴のバックダンサーをしていたことを誰よりも喜んでいた。


 だから、純が本気でアイドルになりたいことを、歌と踊りで表したら愛は納得するかも。


 あそこまで愛が僕達の意見を否定することはない。


 ……この方法が上手くいくか分からい。


 他に方法が浮かばないから、これを実践する。


 選曲は純が昴のライブの5曲目に踊った、激して明るい曲にした。


 純は昴のその時の動きを覚えていると言った。


 見せてもらうと、文句のつけようのない完璧に動きは真似できていた。


 後は歌えるようになればいいだけ。


 放課後になってすぐに、恋がやってきて愛に抱き着く。


 恋がスマホを僕の方に向けてきて、『百合中君に話があるから、先に校舎裏に行っていてほしい』と書かれていた。


 愛のことだと思い頷く。


 恋は愛を連れて教室から出た。


 純に教室で待っているように言って校舎裏に行くと、女子が男子に告白している所に遭遇。


 2人は僕の方に顔を向けて、気まずそうにしながら去った。


 入れ替わるようにやってきた恋が、僕から視線を外しながら口を開く。


「まだあたしは告白しないよ」

「まだ?」

「ううん、何でもない。それよりらぶちゃんの話をしていいかな?」


 何か誤魔化された気がするけど、愛のことの方が気になるからまあいいか。


「うん。いいよ」

「しばらくの間らぶちゃんのことはあたしに任せてもらっていいかな? 朝の登校も昼食も放課後一緒に帰るのも」

「そうする理由を聞かせてもらっていい?」

「小泉さんがアイドルになるかどうかのことで、らぶちゃんは本気で悩んでいるのはあたしにも分かる。だから、1人で冷静に考えられる時間を作ってあげたい」


 恋が愛のことを大切にしていると伝わってくる。


 愛と距離を置く寂しい気持ちを押し殺して頷く。

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