208話目 まさかの反対

 深夜3時、地元に着いた。


 純の寝顔が可愛くて、ずっと見ていたから車の中で寝てない。


 家に帰り、部屋で寝る。


 ……目が覚める。


 6時過ぎ。


 そろそろ起きないと、弁当を作る時間がなくなる。


 リビングに行き、弁当を作った。


 愛を迎えに行くまで、まだ時間がある。


 ソファに座って青汁を飲む。


  …………いつの間にか寝てしまいそうになる。


 目を覚ますために冷たい水で顔を洗う。


 目が覚めた気がする。


 愛を迎えに行くために外に出る。


 辛そうにうつらうつらしている純がいた。


「登校時間まで余裕があるから、僕の家のソファで寝る?」

「眠くない。……らぶちゃんにアイドルになりたいこと伝えるからついてきてほしい」

「いいよ」


 純が緊張しているのが伝わってくる。


 僕達が愛の家に行き玄関ドアを開く。


 勢いよく愛は純に抱き着く。


「じゅんちゃん! こうちゃん! おはよう! じゅんちゃん早起きでえらいね!」

「らぶちゃんに話したいことがある」


 愛は純が持っている遊園地の袋を見る。


「お土産ちょうだい!」


 純から下りた愛は、両手を純の方に差し出す。


 お土産を愛に渡した純は、何も言わずに愛のことを見ている。


 話しかけるタイミングを見計らっているんだな。


 邪魔しないようにお土産は後で渡そう。


 お土産を後ろに隠す。


 でも、遅かった。


 愛は僕の所にきて、両手を差し出してきたからお土産を渡す。


「じゅんちゃんと一緒になってごめんね」

「はぁはぁ、重たくない、はぁはぁ、よ」


 パンパンに入った袋を、息を乱しながら両手で持つ愛。


「はぁはぁ、ママとパパに、はぁはぁ、見せてくるね、はぁはぁ」


 今にもお土産を落としそうで危なげに歩く。


 タイミングよく琴絵さんがドアを開く。


 愛はリビングに入ることができた。


「邪魔してごめんね」

「こうちゃんは悪くない」


 純はそう言ってくれたけど罪悪感があって、純の悩みを早く解決しないといけない気持ちになる。


 僕から愛に純がアイドルになりたいと伝えようか?


 でも、純本人が言わないといけないことだから、言わない方がいいな。


 登校中。


 純は愛に1言も話しかけることができていない。


 どうにかして、純が話し出しやすい雰囲気にしないと。


「2日前の昴のライブ凄くよかったよ。上手く表現できないけど、昴の歌と踊りがテレビで見るのとは迫力が違ったよ」

「いいな! らぶも次は絶対に昴のライブ行くよ!」

「そうだね。一緒に行こうね。昴もよかったけど、それ以上に純の踊りが好きだな」

「らぶもそう思うよ! こんな感じで格好よかったよ!」


 昴のライブで3曲目に純が踊ったのを愛が真似をする。


 ふにゃふにゃしていて可愛い。


「らぶちゃん、格好いいって言ってくれてありがとう。私……アイドルになりたい」

「アイドル! 昴みたいになるってことだよね! やったー!」

「アイドルになったら東京に行かないといけない。らぶちゃん、私についてきてくれない?」


 愛はお腹いっぱいに空気を吸って、


「駄目‼」


 と叫ぶ。


 予想外な愛の反応に、僕達は驚いて固まっている。


「この町にらぶもこうちゃんもじゅんちゃんもいなくちゃいけないから、じゅんちゃんがアイドルになるのは駄目!」


 目を丸くして黙っている純の代わりに口を開く。


「何で僕達がこの町にいないといけないの?」

「駄目なの! らぶは約束したの!」

「誰と?」

「の……」


 言いかけた愛は両手で口を塞ぐ。


「らぶはこの町に大好きな人達がたくさんいて、こうちゃんとじゅんちゃんとの思い出がたくさんあるからこの町にいたい!」

「東京に住むようになっても、長期休みにこっちに帰ってこられる。それに、東京に行っても今までの思い出が消えるわけではないよ」

「嫌なの‼ らぶは絶対に嫌なの‼」


 愛は大声を上げながら、学校に向かって走る。


 純が怒られた猫のようにしゅんとしている。


「……こうちゃん、アイドルを目指すのをやめた方がいい?」


 愛との関係を円満に解決するなら、頷いた方がいい。


 でも、純の初めて持った夢を応援したい気持ちの方が強い。


「諦めなくていいよ。らぶちゃんは僕が説得するから」

「私はらぶちゃんのこの町に残りたい気持ちを優先したい」

「本当にそれでいいの?」

「……」


 辛そうな表情で黙る純。


 諦めたら絶対に後悔するな。


 学校に着き、教室に入る。


 上下反対になっている教科書を読んでいる愛がいた。


 話しかけようとすると、純が僕の肩を摑み廊下の方に引っ張っていく。


「アイドルを目指すのをやめる」

「僕は純が初めて自分のしたいことを見つけてくれて嬉しかった。だから、本気でアイドルになりたいなら諦めてほしくない」

「……らぶちゃんを困らせたくない」

「僕もらぶちゃんを困らせたくないけど、それと同じぐらいじゅんちゃんのアイドルになりたい気持ちを大切にしたい」


 僕の肩を摑んでいた純の手の力が緩む。


「らぶちゃんは絶対にどうにかするから、純の本音を聞かせてほしい」

「……アイドルになりたい」

「うん。僕に任せて」


 1人で教室に戻り話しかけると、後ろのドアから愛は逃げた。


 すぐに、追いかける。


 隣のクラスに入った愛は、恋の後ろに隠れる。


 僕と愛に挟まれた恋は、訳が分からずに目を白黒させている。


 愛の手を握ろうとすると、子犬の威嚇のように鼻に皺を寄せて低い声でウ――と吠えた。


 可愛くて怯む。


 その間に、愛は教室を出て行く。


「百合中君、らぶちゃんの様子がいつもと違うけどどうしたの?」


 恋にも愛を捕まえるのを協力してもらおう。


 簡単に事情を話す。


 首を傾げる恋。


「小泉さんがアイドルになるために東京に行くのは分かるけど、どうして百合中君と矢追さんがついて行かないといけないの?」

「じゅんちゃんが寂しがるし、僕も寂しいからだよ。らぶちゃんだって同じ気持ちだと思う」

「あたし達はもう少ししたら高校を卒業して大人になるから、別々な道を進んでもいいと思うよ」

「僕は死ぬまでらぶちゃんとじゅんちゃんと離れることはないよ」

「……余計なことを言ってごめんね」


 寂しそうな顔をした恋は、「協力できることがあったら何でもするよ」と口にした。


 教室に戻る。


 愛は席に座って、教科書で顔を隠していた。


 話しかけようとすると、担任がやってきて朝のホームルームが始まった。

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