205話目 幼馴染達と保育園の手伝い②

 3時のおやつを食べ終えると、親が迎えにくるまで自由時間。


 部屋遊びと外遊びで別れて、僕と愛が部屋の中を任されることになった。



 ほとんどの子どもが外に出て行く。


 素っ気ない男子園児だけが、部屋の端でブロック遊びをしている。


 さっきから愛が話しかけても、男子園児は無視。


 男子園児は愛から逃げるようにして、ロッカーの前に座り鞄から細長い紙を取り出してニヤニヤする。


「何を見ているの?」

「うわっ⁉」


 愛が話しかけると、体をビクッさせて男子園児は驚く。


「なんでもないから、あっちにいって」

「何か落ちているよ! これ、遊園地のチケットだよ! 遊園地に行くの?」


 男子園児は迫ってくる愛に、はにかみながらうんと答えた。


「らぶも遊園に行きたいな! いいな! いいな!」

「おかあさんがむかえにきたら、家に帰ってから行くよ。遊園地の近くの大きいホテルに泊まるの」

「大きいホテルってどれぐらい大きいの?」

「白くて、これぐらい大きいんだよ」


 両手を上げながら背伸びをする男子園児を愛は目を輝かせて見る。


 愛は保育士の机に置かれている画用紙とクレヨンを持って、男子園児の所に戻る。


 黙々とクレヨンで建物の絵を描く愛。


「こんな感じのホテル?」

「違うよ。もっと大きくて、もっと窓が多かったよ」


 愛が新しい画用紙とセロハンテープを持ってきて、ホテルが描かれて画用紙の下に新しい画用紙をテープで張り付ける。


 白紙の画用紙に上と繋がるように絵を描いて、持ち上げると細長いホテルの絵が完成。


「おねえちゃん、すごい! 他のも描いて!」

「いいよ! 何を描いたらいい?」


 男子園児は愛から目を逸らして呟く。


「……おねえちゃんって呼んでいい?」

「やったー! いいよ! すごく嬉しいよ!」


 愛に抱き着かれた男子園児は顔を赤くする。


「遊園地の、乗りものを早く描いて!」


 恥ずかしさを隠すためなのか男子園児は大声を出した。


 愛は「いいよ!」と答えて手を動かす。


 ジェットコースターの絵を完成させた愛は苦い顔をする。


「遊園地に行った時、身長が足りなくてこれに乗れなかったよ」

「ぼくはジェットコースターに乗ったことあるよ」

「何で⁉ 祐介はらぶと身長変わらないのにどうして乗れたの⁉」

「ぼくがおねえちゃんより大きいからだよ」


 目を丸くしている愛に勝ち誇った顔をする男子園児。


 男子園児は身長が高くて、小学生の高学年ぐらいはある。


 小学1、2年生と混じっていても違和感のない愛が、身長で勝てるはずがない。


 納得できない愛は背比べをしたいと言って、男子園児に背中を向ける。


 後ろを向いた男子園児が愛に接触しそうだったから、手を差し込んで阻止する。


 近くに2人が並ぶと尚更、身長差が分かって愛の小ささが引き立つ。


「こうちゃん、らぶと祐介どっちが大きい?」

「らぶちゃんの方が少しだけ小さい」


 愛は精一杯背伸びをする。


 それでも、男子園児の方が高かった。


 落ち込む愛に男子園児は他の絵を見たいと言う。


 頷いた愛は絵を描き始める。


 愛と男子園児が遊園地のマスコットの絵を描いていると、女性がやってきた。


 他の子どもは全員親が迎えにきているから、男子園児の母親だろう。


 男子園児は立ち上がって早足で母親の所に向かって、「おかえり」と言いながら抱き着く。


「ただいま。祐介ごめんなさい。明日仕事が入ったから、遊園地に行けなくなったの。家でお留守番できる?」

「うん。できるよ。おしっこしてくる」


 愛は「祐介が寂しそうな顔をしていた」と言って、トイレに向かう男子園児の後を追う。


 ついて行くと、トイレで静かに泣いている男子園児がいた。


「お母さんに遊園地行きたいって言わないの?」

「お前には関係ない!」

「関係なくないよ!」


 鼻水を啜りながら強がる男子に、愛は首を左右に振る。


「らぶは祐介から遊園地の話を聞くのを楽しみにしているから関係なくない!」

「ぼくも遊園地で楽しかったことをおねえちゃんに話したい。でも、おかあさんを困らせたくない」

「お母さんは絶対に困らないよ! だって、祐介と遊園地に行ったら絶対に楽しいから!」

「……本当?」

「本当だよ!」


 愛は男子園児の頭を撫でながら大きく頷く。


 母親の所に向かった男子園児は大声を出す。


「明日、遊園地に行きたい! おかあさんが困ること言いたくないけど、どうしても遊園地に行きたい! 遊園地に行って、そのことをおねえちゃんに話したい」


 男子園児は母親の方を見ながらも、たまに愛の方を一瞥している。


 母親は呆然とした後、「我慢させてごめんね」と言って男子園児の頭に手を乗せる。


 スマホを取り出した母親は、男子園児に少し待つように言って外に出て行く。


 外から母親が何度も謝っている声が聞こえてくる。


「おねえちゃん」


 男子園児は愛の服の裾を軽く引っ張る。


「ぼく、大きくなったら、おねえちゃんみたいな先生になりたい」

「やったー! すごく嬉しいよ!」


 愛は男子園児に抱き着いて、必死に持ち上げようとするけど1ミリも持ち上がらない。


 男子園児が帰って、電池が切れたおもちゃのように愛は倒れた。


 愛を抱えて帰宅中。


 純は僕と愛の傍にいられるなら何でもいいから、やっぱり恭弥の仕事を継ぐと口にした。


 投げやりな感じがして、もう少し考えた方がいいと言いたい。


 でも、それ以上に僕達の傍にいたいという純の気持ちが嬉しくて、黙ることしかできなかった。

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