204話目 幼馴染達と保育園の手伝い①

 土曜の朝。


 保育園の部屋の出入口に立っている。


 隣には幼馴染達と女性の保育士。


 園長の許可を得て、僕達は今日1日保育士の手伝いをする。


「行きたくない! おうちでいるの!」

「早く迎えにくるから」

「嘘だよ。そう言って、いつも遅い。おかあさんの嘘つき」


 泣いている男子園児を抱っこした母親が走りながってやってきた。


「おはよう! こっちにおいで!」


 愛が両手を広げて男子園児に言うと、すぐに泣き止む。


「おかあさん、下ろして!」

「急に泣き止んでどうしたの?」

「いいから、下ろして!」

「はいはい」


 母親がそっと下すと、男子園児は愛の所に行く。


「おはようございます」

「おはよう! きちんとおはようが言えてえらいよ!」


 愛に頭を撫でられた男子園児ははにかみながら、母親に「ばいばい」と口にして手を振る。


 母親を愛に頭を下げて早足で去る。


「おはようご……ざいます」


 父親と手を繋いだ女子園児がやってきた。


「格好いい!」


 女子園児は目をキラキラさせながら、純の方に向かって走っていき抱き着く。


「あっちで遊ぼう!」

「……おう」


 純の手を引っ張って、絵本が置かれている所に行く女子園児。


「娘が嫁に行くってこんな感じか。結構辛いな」


 その姿を父親は複雑そうな顔をしながら呟いた。


「幸君がどうしてここにいるの?」


 公園で何度か会ったことがある母親が話しかけてきた。


「ボランティアみたいなもので、1日だけここを手伝わせてもらっています」


 保育園の事情を話す必要はない。


 適当な理由を口にした。


 その母親の子どもの男子園児は、愛の所に向かって行く。


「さっきまで、うちの子は保育園に行きたくないと駄々をこねていたけど、幸君達のおかげで助かったわ。これからずっと土曜にボランティアにきてほしいわ」

「僕達は用事があることもあるので難しいですね」


 今日は美容院の手伝いを休んでいるけど、毎週休むわけにはいかない。


「そうよね。子どものことよろしくね」


 母親の背中を見ながら、どうして美容院の手伝いを休むわけにはいかないと思ったのか考える。


 僕がいなくても、檸檬さんの美容院は問題なく仕事が回る。


 それなのに、僕は……。


 そうか、週1しかしていない美容院の手伝いが楽しいんだな。


 7人の子どもが集まると、保育士は子ども達を椅子に座らせる。


 僕達の自己紹介をしてから、自由時間になった。


 男子の全員が絨毯の上に置かれたブロックの所に行き、思い思いに何かを作っている。


「じゅん先生はわたしと遊ぶの!」

「違うよ! マホと遊ぶんだよ!」


 2人の女子園児に、ズボンを引っ張られて取り合いをされている純が困っている。


 いや、よく見たら純の後ろに女子園児が2人いて引っ張っていた。


「純先生とわたしがままごとをして、純先生におとうさんをしてもらうの。わたしがおかあさんをするの」

「マホだって純先生とふうふしたい」


 のけ反って女子園児たちは純を引っ張るから、純のズボンが脱げそう。


 小さな子どもの女子に純が虐められているように見えて、こういう百合もありだなと少し興奮する。


 脱げそうになるズボンを押えている純が僕を見ている。


 助けを求めているんだな。


 純の所に行き、女子園児達に話しかける。


「じゅんちゃんの好きな動物はなんでしょう?」

「イヌ!」

「ネコ!」

「トラ!」

「キツネ!」

「正解は、犬と狐だよ。粘土で犬と狐を作って、じゅんちゃんにあげたら喜ぶよ」


 女子園児達はロッカーから粘土を取り出して、椅子に座り黙々と手を動かし始めた。


 いつものように愛の元気な声が聞こえてこないから、ブロックコーナーの方に視線を向ける。


 愛はブロックで、子どもが入れそうなぐらいの大きさの車を作っていた。


「愛先生、これすごいね! すごく、おっきな車だね」

「こんなの、初めて見た。触っていい?」

「おれが先だよ」


 パンパンと愛が手を叩くと、男子園児達は静かになる。


「順番だよ! らぶの前にまっすぐ並んでね!」


 愛の1言で、男子園児達は軍隊のように素早く綺麗に1列で並んだ。



★★★



 昼過ぎ、保育士が園児達に片付けするように口にした。


 園児たちは遊んでいたものをしまって、手を洗い始める。


 遅れて保育園にきた男子園児だけが、1人でブロックをしている。


 愛がその男子園児の所に近づこうとすると、男子園児は立ち上がって手洗い場に行く。


 腹が立ちながら手を洗って、弁当箱を鞄から出す。


 3つの席が繋がっていて、純は女子園児たちがいる出入口のから近い席、愛は男子3人が座っている真中の席に座っている。


 2人の間に座ろうとしていうと、保育士に純と反対側の席に座るように言われ嫌々従う。


 そこには愛から逃げた男子園児がいた。


 周りから賑やかな声が聞こえてくる。


 愛と純の方に体を向けて無言で食事をする。


「百合中さんは保育園で先生してみてどうですか?」


 後ろから保育士が話しかけてきた。


 そちらに体を向ける。


「僕には先生は向いてないですね」

「はっきり言いますね」


 保育士は苦笑する。


「なりたい職業とかあるんですか?」

「美容師になりたいです」

「格好いいですね。髪を伸びてきて切りたいから、百合中さんさえよければ切ってほしいです」

「お客の髪を切ることは、免許を持っていない僕にはできないです。僕が今手伝いをしている美容室の美容師の腕は確かなので、そこで髪を切るのはどうですか?」

「来週の土曜ぐらいに行こうと思っていたから、店名と一応美容師の名前を教えてもらっていいですか?」


 檸檬さんの店の名前と檸檬さんの名前を口にすると、保育士は目を丸くする。


「わたし檸檬と高校一緒だったの! 今まで檸檬を知っている人と出会わなかったのに、職場で会うなんて本当にびっくりする!」


 保育士は立ち上がって叫んでから、園児達に驚かしてごめんと謝って椅子に座り直す。


「急に大きな声を出してごめんなさい。檸檬さんがしている美容院に絶対に行くわね」

「はい。待っていますね」

「檸檬さんのことで、少し聞きたいことがあるだけどいいですか?」

「いいですよ」


 近づいてきた保育士は僕の耳元で呟く。


「檸檬さんに彼氏ができましたか?」

「できてないよ」


 椅子に座り直した保育士は、安心したように深く息を吐き捨てた。


 もしかしてと思い、今度は僕が保育士に耳打ちをする。


「檸檬さんのことが恋愛的な意味で好きなんですか?」

「……」


 青ざめた顔で僕から目を逸らす保育士。


「……違いますよ。わたしは檸檬のことをあくまでも親友として好きなだけですよ。それ以上の意味はないです。あれです。友達が先に結婚したら焦ってしまうような気持ちです」


 汗を掻きながら早口言葉で喋ってくるから、焦っているのが全く隠せていなかった。


 全員が弁当を食べ終わる。


 僕と純は机の周りの掃除をして、愛と保育士は園児達の布団を絨毯の上に敷いていく。


 僕達が掃除を終える頃には、敷き終わった布団に園児たちが寝転がっている。


 保育士が電気を消して、部屋が薄暗くなる。


 純に向かって女子園児達は、こっちにきてほしいと大声を出す。


 保育士から注意をされ静かになる。


 純は女子園児達が横になっている、4つの布団の真ん中に座る。


 女子園児に「とんとんして」と言われた純は、4人平等にお腹を優しく叩く。


「寝ないの?」


 静かな部屋に愛の声が響く。


 そちらに視線を向けると、愛と昼に愛から逃げた男子園児がいた。


 椅子に座っている男子園児は、わざとらしく愛から顔を逸らす。


 部屋の隅で全体を見ていた保育士が愛達の所に行く。


 保育士は愛に頼みたい仕事があると言う。


 愛は頷いて、2人は部屋を出た。


 出入口側の方でいるから、愛と保育士の声が小さいけど聞こえてくる。


「矢追さんがさっき話しかけていた男の子、祐介君は最近引っ越ししてきて周りになれてないんです。だから、あの子のペースに任せたいから少し離れた所から見守ってほしいです」

「なれてないなら、なれるようにもっと話しかけるよ!」


 部屋に入ってきた愛は、男子園児の前に行く。


「一緒にお昼寝しよう!」

「眠たくない」

「何かしたいことある?」

「家に帰りたい」

「じゃあ帰ろう」


 愛に手を握られそうになった男子園児は避ける。


「……帰りたいけど、ぼくが帰ったらおかあさんが困る。あっちにいって」

「嫌だ! らぶはここにいるよ。ゆう……すけ……の……近くに……」


 愛は喋っている途中で、船を漕ぎ始めた。


 男子園児は立ち上がって、空いている布団の所に行き寝転がる。


 薄目を開けた愛はゆっくりと男子園児の後ろをついていく。


 男子園児の隣に横になって、眠り始める愛。


「ここは、ぼくが寝る所だから、あっちにいって」

「……」

「起きろ」

「……」


 男子園児に声をかけられるけど、愛は全く起きない。


 男の近くで無防備に寝る愛のことを心配していると、男子園児は布団を持って端に移動したから安心した。

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