203話目 幼馴染達と保育園にお迎え

 早足で廊下に出た愛は僕と純を交互に見る。


「早く! 早く! 屋上行くよ!」


 愛が先に行ったから、僕達は後を追いかける。


 階段をよじ登る愛がいた。


 筋肉痛が続いているから、足を上げて階段を上ることが難しいのだろう。


 怪我をしないか心配。


 いつ倒れてもいいように、後ろについて見守る。


 最上階に着いた愛は、額の汗を手で払ってふうと大きく息を吐いた。


 僕達はフェンスの近くに行き、座って弁当を食べ始める。


 右隣に座っている愛が唐揚げを箸で摑もうとする。


 何度も弁当の上に落としていると、角刈り男子がやってきた。


 角刈り男子は愛の前に座って、持っていた弁当を開きながら言う。


「矢追たん、食べにくそうだから俺が食わしてやろうか?」

「いいよ! 無理して体を虐めたりせずに、周りの人に頼るのがお姉さんだからね! あーん!」


 余計なことを愛に言わない方がよかったと後悔。


 愛に渡された弁当を受け取り、おずおずと唐揚げを愛の口元に持っていく角刈り男子。


 愛はかぶりつく。


「今日もママの唐揚げは美味しいよ! あーん!」


 2、3回噛み、すぐに角刈り男子の方に向かって口を開く愛。


 今すぐ純に変われと言いたい。


 鳳凰院がやってきて、角刈り男子の前に立つ。


「浮気ですわ!」


 鳳凰院はそう叫びながら角刈り男子の頬を叩いて、出入口に向かって走る。


 愛は鳳凰院の背中に向かって、「喧嘩は駄目だよ! 仲直りするよ!」と大声を出す。


 立ち止まらない鳳凰院は、屋上から出て行った。


 呆然としていた角刈り男子は、膝から崩れ落ちて今にも泣きそうな顔でドアの方を見ている。


 鳳凰院と角刈り男子に僕の周りでラブラブされるのは邪魔。


 でも、2人が喧嘩すると、愛と純が心配するからやめてほしい。


 嫌々汗でベタベタな角刈り男子の手を握って、鳳凰院を追う。


 屋上を出ると、棒立ちをしている鳳凰院が目の前にいた。


「ごめん。俺は鈍いから麗華が怒っている理由は分からないけど、俺が悪いってことは分かるから謝る。ごめん。だから、許してくれ」

「……強さんは悪くないので、頭をあげてほしいですの……わたくしが……嫉妬しただけですから」


 涙声で呟いた鳳凰院は俯く。


「謝るのはわたくしの方です……。ごめん……なさい……」


 泣き始めた鳳凰院にどうしていいのか分からずに、あたふたしている角刈り男子。


 しっかりしろという意味を込めて、角刈り男子の背中を叩く。


 その勢いで、角刈り男子は鳳凰院を抱きしめる。


「麗華は何も悪くない。悪いのは麗華の気持ちが分からなかった俺だ」


 角刈り男子は鳳凰院にキスをする。


「俺は麗華が結婚したいほど好きで、お前を一生幸せにする覚悟がある。だから、不安になったら俺に言ってほしい」

「……ありがとうございます」


 今度は鳳凰院の方から角刈り男子にキスをした。


 僕は一体何を見せられているという気持ちになりながら、愛と純の所に戻った。


「こうちゃん! 麗華と強は仲直りできた?」

「うん。できたよ」

「気になるから見てくるね!」

「2人はキスをしていたよ」

「……らぶ、ご飯食べてお腹いっぱいになったから眠たくなってきたよ」


 フェンスに凭れながら目を瞑る愛。


 時々薄目で出入口の方を見ているけど、気づかない振りをした。



★★★



 完全復活をした愛は鬼ごっこをしたいと言ったから、放課後になって公園に向かう。


 公園の入口付近で、時々僕達と一緒に遊ぶ小学生の女子が立っていた。


 小学生女子は僕達の方に走ってきて、愛に抱き着く。


「おかあ、さんがね。おかあさん、がね、たおれ、たの。でもね、でも」


 顔を上げた小学生女子はしゃくりをあげながら、必死に愛に説明する。


「お姉さんがいるから大丈夫だよ」


 愛は女子の頭を優しく撫でる。


 小学生女子は小さく頷いてから泣き止む。


「お母さんがどうしたの?」

「お母さんが倒れて、病院に行ってるの。ココアのおむかえに行かないといけないのに、行ける人がいなくて、どうしたらいいか分からないの」

「ココアって妹?」

「うん。ミルクの妹だよ」

「お母さんが大変なのに、妹のことを心配できてミルクは偉いね。らぶがミルクのお母さんの代わりに、ココアを迎えに行くよ!」


 微笑んだ愛は小学生女子ことミルクの手を摑み歩き始めた。


 僕と純もついていく。


 僕達が通っていた保育園の中に入る。


 ミルクは靴箱の前で立っているエプロンをつけている女性に、「せんせい」と話しかけた。


「ミルクちゃん1人できたの?」

「おねえちゃんといっしょにきたよ」

「ミルクちゃんっておねえちゃんいなかったと思うけど」

「いるよ。ほら、そこに」


 愛の方を指差しながらミルクが言うと、保育士は愛の方を見て首を傾げる。


「伊勢さんの家族か、親戚の方ですか?」

「違うよ!」

「ミルクちゃんとはどういった知り合いですか?」

「ミルクは友達で、公園で一緒に遊んだりするよ!」

「子どものお迎えは、防犯のため家族か親戚の人しかできないんですよ。ごめんなさい」

「安住先生。伊勢さんのお母さんから今日のお迎えは、お母さんのお姉さんが30分後ぐらい迎えにくるって連絡がありましたよ」


 僕達がここにいた時の副園長が保育士に話しかけた。


 記憶の中の副園長より、皺が増えている。


「ありがとうございます。園長先生」

「先生だ! 久しぶりだよ!」


 保育士と同時に言葉を発した愛は、副園長、今は園長の胸に飛び込む。


「本当に久しぶりね。愛ちゃんは少し見ないだけで、お姉さんっぽくなったわね」

「そうだよ! らぶはもう高校3だよ! 立派なお姉さんだよ!」


 僕達の方に園長が視線を向けて、優しく笑む。


「幸ちゃんと純ちゃんも久しぶりね。元気にしていた?」

「はい。元気にしていましたよ。僕達は用事が終わったので帰りますね」


 部外者の僕達はここにいない方がいいだろう。


「ミルク! また遊ぼうね!」


 愛はミルクに手を振ると、ミルクは愛の上着を摑む。


「おねえちゃん一緒に遊ぼう」

「先生と一緒に遊ぼうか?」

「ミルクはおねえちゃんと遊ぶ」


 ミルクのその言葉で困っている保育士に園長は言う。


「ここにいる子達は卒園生だから、信頼できるのでいてもらっても大丈夫よ。あなた達さえよければだけど」

「らぶはいいよ! こうちゃんとじゅんちゃんもミルクと一緒に遊ぼう!」


 園長が許可を出すなら、問題はないだろう。


 保育士が部屋から、4人の子どもを連れて出てきた。


 子ども達は愛を囲んで、「新しい友達?」と愛に口々に聞く


 愛はそうだよと答える。


「ミルクはじゃんけん列車をしたい」


 愛の隣にいるミルクはジャンプしながら言った。


「いいよ! やろう!」

「先生、音楽かけて」


 ミルクにそう言われた保育士は、CDプレイヤーで懐かしい曲をかけた。


 じゃんけん列車は子どもの頃に、何度かしたことあるなんとなく覚えている。


 かかっている曲が止まったら1番近くにいる人とじゃんけんをして、負けた人は勝った人の肩に手を乗せる。


 1つの列になるまで、それを繰り返していく。


 音楽が止まり、小さな女子が近くにいた。


 じゃんけんをして負ける。


 小さな女子の肩に掴まるために中腰になる。


 この格好のまま歩くのは地味に辛い。


 純も同じ格好で、僕より身長が高いから僕以上に辛いのか眉間に皺が寄っている。


 最後に残った愛と小学生女子がじゃんけんをして愛が勝つ。


「やったー! らぶが1番だよ! やったー!」


 両手を上げてピョンピョンと跳んでいた愛の顔が急に青くなる。


「らぶはお姉さんだから手加減しないといけないのに、本気で勝ったよ……」

「おねえちゃん、楽しかったから、もう1回しよ」

「いいよ! 今度はお姉さんらしく負けるからね!」


 そうしてもう1度じゃんけん列車をして、また愛が1番前の列車が完成した。


 子ども全員が帰る頃には、日が落ちていて周りが暗い。


「今日はありがとうね。これよかったらもらって」


 園長はせんべいとチョコを人数分、愛に渡す。


 愛のお腹が鳴る。


「ここで食べて帰っていいですか?」

「いいわよ。食べ終わったら声をかけてね。わたしの帰り道にあなた達の家を通るから、一緒に帰りましょう」


 僕にそう答えた園長は職員室に入る。


「急な家庭の事情で明日の仕事を休みにしてほしいんですけど……無理ですよね?」

「いいわよ」

「いいんですか⁉ 他の先生も用事があって、明日横田先生しかいませんけど大丈夫ですか?」

「わたしが入るから安心して」


 ドアが少し開いていて、2人の会話が聞こえてきた。


 僕達には関係のないことだなと思ったけど、愛は違ったようで。


「らぶが明日手伝うよ!」


 ドアを勢いよく開けた愛はそう叫ぶ。

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