201話目 幼馴染達と空手
恭弥さんが経営する道場は、僕達の家から歩いて5分ぐらいの所にある。
帰宅した僕達はお揃いのジャージに着替えて道場に向かった。
道場の中に入る。
むさ苦しい中年の男性20人ぐらいが正拳突きをしていた。
「らぶもするよ!」
愛はその男性達の輪の中に入って行き、見様見真似で正拳突きをする。
猫パンチみたいで可愛い。
あんなに可愛い存在が近くにいたら襲われると思ったけど、男性達は集中しているのか愛の方を1度も見てない。
楽しそうな愛を見守っていると、恭弥さんがやってきた。
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
その瞬間、男性達は恭弥さんの所に走って行き頭を下げる。
「今日は見学がいる」
恭弥さんは僕達を見る。
純の前に男性達は集まる。
「お久しぶりです。純さん。元気にしていましたか?」
「見たら分かるだろ。それにしても、綺麗になりましたね。これなら、すぐに彼氏ができますね。この道場も安泰です」
「よかったら久しぶりに俺と組手してもらっていいですか?」
真面目な顔をしていた男性達は、朗らかな表情で純に話しかける。
「柔軟」
恭弥さんのその1言で、男性達は再び真面目な表情をして体をほぐし始めた。
僕達も空いているスペースに行き、柔軟をすることにした。
純は座ってから足を広げて前に体を倒すと、上半身のほとんど床につき胸が押し潰される。
床じゃなくて、愛の顔を押し潰してほしい。
それで、自分の胸は小さいのに純の胸が大きいことに怒った愛が、その胸にビンタをしてほしい。
「らぶもやるよ!」
愛は純の隣に座る。
時間をかけて足を広げた愛は、前に体を倒そうとするけどびくともしない。
僕が押そうかと聞きそうになってやめる。
「じゅんちゃん、らぶちゃんの柔軟手伝ってもらっていいかな?」
「おう」
立ち上がった純は愛の後ろに行き、優しく背中を押す。
「いたたたたたたたたた、じゅん、ちゃん、もっと、いたたたたたた、たたたたた、つよ、く」
涙目の愛がか細い声で純に懇願していて、2人から目が離せない。
「もっと、いたたたたたたた、たたたたたた」
「無理したら体を痛める」
「おねえ、さん、だから、いたたたたた、だい、じょうぶ、たたたたたた」
純が愛に意地悪をする、純×愛もありだな。
「幸は柔軟しないのか?」
突然話しかけられて驚いた。
もう少し2人の百合な光景を見ていたいとは口にできない。
しますと言って、座って前に体を倒す。
僕が思っていた以上に体が硬くなっていた。
「いたひぃ、なん、だか、きもち、よく、なって、きた、よ」
艶のある声を愛が出す。
動きを止めた男性達の視線がそこに集まる。
立ち上がって男性達を睨むけど無視される。
愛を見るなと叫ぼうとしていると、純が男性達を睨む。
男性達は一斉に目を逸らして、柔軟を再びやり始めた。
周りを見渡していた恭弥さんが、「走り込み」と口にした。
男性達は「はい」と言って、外に向かう。
僕達も後を追う。
男性達の背中は小さく見えるまで、遠くに行っていた。
「らぶも負けてられないよ!」
愛は手を大きく揺らしながら必死に走ったけど、3秒で息を切らして倒れる。
「……まだ……走れるよ……」
立ち上がった恋は、生まれたての小鹿のように足が震えている。
「じゅんちゃん先に行っていて」
「おう」
純は走り出そうとしてやめる。
「音暖がいた時、こんなことあったよね」
昔を懐かしむように愛が呟く。
純の母親こと小泉音暖のことを思い出す。
音暖さんは体が弱くて、数回しか会ったことがない。
家族のこと身の回りの人のことを、誰よりも大切にしていたことは覚えている。
愛が言っているのは、僕達が小学2年の時の話をしているのだろう。
珍しく体調のよかった音暖さんと一緒に、純の空手の練習に付き合っていた。
音暖さんは恭弥さんに走ることを止められたけど、言うことを聞かずに僕達と一緒に走った。
2秒後には愛と一緒に座り込む音暖さん。
純が今のように心配して立ち止まった。
その頃から愛が音暖さんを慕うようになっていた。
大好きな人たちが仲よくなるのは嬉しい。
少し寂しそうに空を見上げる愛。
「先に行く」
純は走って行く。
愛の体力が回復してから、僕達はゆっくりと歩いて道場の周りを歩いた。
道場に戻ると、マットの上に倒れている男性達がいた。
「お願いします」
男性は純に正拳突きをした。
純は軽々と避けて、男性の腰を蹴る。
マットの上に倒れた男性は、腰を押えながら表情を歪めている。
「やり過ぎた。ごめん」
純は男性の前に中腰になって、手を差し伸べる。
「俺から頼んだことなので気にしなくていいです。でも、まだ立ち上がることができないので、このままにさせてください」
おうと答えた純は僕達の所にきた。
「こうちゃん、組手しよう」
「らぶが戦うよ! らぶはお姉さんだから強いよ!」
精一杯背伸びをした愛は、両手を広げて自分を大きく見せようとする。
「愛さんは僕達と組手をしませんか?」
「いいよ!」
男性達は純の気持ちを汲んで、愛を道場の端に連れ出してくれたのは分かる。
でも、愛に男性が触れると思うと、愛から目が離せない。
ゆっくりと攻撃しようとする男性に愛が空振りのパンチを繰り出す。
周りにいた男性達は全員倒れる。
起き上がった男性達に、愛がキックをすると再び倒れる。
これなら安心だな。
純の方に視線を向ける。
「いいよ。しようか?」
「やっぱりいい」
純は隅に行って、胡坐を組む。
純の隣に座りながら、「久しぶりにここに来て楽しかった」と口にする。
僕を一瞥した純は、仰いでから呟く。
「道場を継いでもいいと思っている。でも、らぶちゃんみたいに本気でやりたいみたいな気持ちにはなれない……そうじゃなくて、ここにくると母さんのことを思い出すから、毎日くるのは……」
音暖さんはこの道場が好きで、体調のいい時はいつもここにきて、頑張って空手をする純の頭を撫でながら褒めていた。
何よりもそうされることが、純は大好きだった。
だから、ここに毎日くるのは辛いのだろう。
「僕はじゅんちゃんのしたいようにすればいいと思うよ。じゅんちゃんが何をするにしても、全力で応援するから」
「こうちゃん、ありがとう。見ていてほしい」
純は恭弥さんの所に行き、何かを話している。
2人は道場の真中で向き合う。
何が始まるのか分からずに見ていると、純と恭弥さんは殴り合って、蹴り合っている。
これは、空手というより喧嘩にしか見えない。
止めた方がいいのか?
真剣な表情を2人はしているけど、口角が少しだけ上がっていた。
楽しんでしているから、邪魔をすることはできないな。
純が恭弥さんの攻撃を受けて痛がっている姿に、目を逸らしそうになるけど我慢。
見ていてほしいと、純が口にしたからそれを守る。
数10分戦い続けている2人は、息を乱して今にも倒れそうになっている。
最後の力を振り絞ったみたいにダンと足音を立てた純は、大きく拳を振り恭弥さんのお腹に攻撃した。
グァと唸り表情を歪めた恭弥さんは、素早く純の足を蹴る。
純はそのまま倒れる。
すぐに立ち上がる純。
「楽しかった。けど、父さんに負けて悔しいと思わないから、道場を継ぐ気はない」
「そうか」
恭弥さんは少しだけ物悲しそうな顔をした。
行動を起こして決断をした純を褒めながら頭を撫でた。
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