200話目 世界1可愛いのは幼馴染達

 朝食を食べて自室に戻ると、スマホが鳴っている。


 スマホを手にした所で鳴りやむ。


 母にかけ直すと、ワンコールで出た。



『幸、おはよう。今忙しい?』

「ご飯食べていただけだから、忙しくないよ。それで、何の用事?」

『用事ってほどではないけど、幸は進路どうするのか聞きたくて電話したわ』

「美容師になろうと思っているよ」

『具体的にはどうするか決めているの?』

「まだ決まってない」

『らぶちゃんとじゅんちゃんの進路が決まっていないからよね?』

「うん」



 さすが母、僕のことをよく理解している。



『分かったわ。お金のことは気にしなくていいから、幸の好きなことをしなさい』

「ありがとう」

『東京の学校に来てほしいよ!』



 電話を切ろうとしていると、アイドルの音倉昴の声量のある声が聞こえてスマホを耳から離す。



「こうちゃんとらぶちゃんが東京に行くなら、僕もそうするよ」

『東京には剣ちゃんと昴ちゃんがいるから、それだけでよくない?』

「よくない」

『何で⁉ 世界1可愛いボクの姉さんと今1番売れているアイドルのボクがいるのに何に不満があるの⁉』



 昴のその言葉に僕はプチっと切れた。



「世界1可愛いのはらぶちゃんとじゅんちゃん‼ 異論は認めない‼」



 論争を始めようとしてやめる。


 愛と純の可愛さは僕だけが知っていればいいな。


 冷静になる。



『愛ちゃんと純ちゃんが東京にくるなら、幸ちゃんもきてくれるんだよね?』



 向こうも冷静になったのか、そんな確認をしてきた。


 肯定すると、電話が切れる。


 何がしたいのか分からない。


 考えることをやめて、リビングの掃除をしていると再び母から電話。



『愛ちゃんはこの町から離れたくないって言っていたよ。純ちゃんは電話に出なかった』



 電話に出ると、落ち込んだような声音の昴の声がしてきた。



「なら東京で進学しない」

『この手は使いたくなかったけど、しょうがない。剣と結婚していいから、こっちにきてほしい』

『昴! 勝手なこと言わないで!』



 スマホから少し小さ目な、剣の怒鳴り声が聞こえてきた。



『もしもし、百合中君。さっき、昴が言ったことは気にしないでください。いえ、少しは気にしてほしいですけど、今は気にしないでください』

「分かったよ」

『……ありがとうございます。朝から昴が迷惑をかけてすいません』



 剣はそう口にした後、電話は切れた。



★★★



 7時前に家を出て愛の家に行く。


 玄関近くの廊下に掃除機をかけている琴絵さんと目が合う。


「おはよう、こうちゃん」

「おはようございます」


 琴絵さんは掃除機の電源を切る。


「今日もいい天気ね」

「そうですね。晴れている日が多いので、洗濯ものがすぐに乾いて助かっています」

「こうちゃん、主婦みたいね。うふふふ」


 上品な笑みを浮かべる琴絵さん。


「高校卒業したら、どこの式場で結婚式をする?」


 雑談から急に意味の分からない話を琴絵さんがしてきた。


「誰の結婚式ですか?」

「こうちゃんとらぶちゃんの結婚式よ」

「当たり前のように言われても困ります。いつも言ってますけど、僕はらぶちゃんのことを兄妹だと思っているので、結婚しないです」

「こうちゃん! おはよう!」


 愛がやってきた。


「らぶちゃん聞いて! こうちゃんがらぶちゃんと結婚してくれないって言っているわよ!」

「らぶはこうちゃんのお姉さんだから結婚することはできないよ!」

「お姉さんだったら、隠れてエッチな本を読んだりしないわよ」

「見てないよ‼ 絶対に見てない‼ 変なこと言わないで‼」


 平然と爆弾発言をする琴絵さんに、愛は顔を真っ赤にして怒る。


「らぶちゃんのエッチな本をどこに隠しているのか知っているから、今から取ってこようかしら?」

「何で知っているの⁉」

「母親はみんな子どものエロ本がどこにあるのか知っているのよ」

「ママになるとそんなことができるようになるんだね!」


 琴絵さんは階段に向かって歩く。


「琴絵さんを止めなくていいの?」

「エッチな本なんて持ってないけど、取りに行ったら駄目‼」


 愛は慌てながら琴絵さんの足にしがみつく。


 琴絵さんはそのまま階段を上る。


「何しているの?」


 しがみつく愛が可愛くて見惚れていると、2階から愛の父親こと矢追利一の声がした。


「パパ! ママがらぶのエッチな本を持ってこようとするよ! らぶはエッチな本持ってないよ‼」

「愛の嫌がることをしたら駄目だよ、ママ」

「分かったわ。ごめんねらぶちゃん。ご飯を作っている途中だったわ」


 足から愛が離れると、琴絵さんは早足でリビングに入る。


「本当の本当にらぶはエッチな本を持ってないよ!」

「そうだね。らぶちゃんはそんな本持ってないね」


 ぴょんぴょんと跳ねながら主張する愛の頭を利一さんが撫でる。


 愛の動きが止まって、気持ちよさそうに目を細める。


 利一さんみたいな包容力を、僕も身につけたいな。


「らぶちゃんはこうちゃんと結婚するから、自分の進路のことを言わないと思っていたわ」


 食事が始まってすぐに、琴絵さんがそう口にした。


「らぶはなりたいものがたくさんあるから悩んでいるよ!」

「どうしても見つからなかったら大学に進学して、その間に見つければいいよ」


 利一さんのその言葉に、愛は首を左右に振る。


「らぶの友達のお兄さんが、大学に行っても見つからなかったって言ってたよ!」

「確かに大学に行っても夢が見つかない人もいるけど、愛は何でも本気で頑張って、楽しむことができるから大丈夫だよ」

「パパの言う通りよ。それに、したいことが見つからなくて無職になっても、こうちゃんに養ってもらえばいいしね」


 ありがたい利一さんの言葉が、琴絵さんの1言で駄目になった気がする。


 まあ、愛のことは一生養いたいと思っているからいいけど。


「お姉さんのらぶがこうちゃんを養うよ」

「まだ時間はあるからゆっくり考えたらいいよ」


 自信満々に胸をはる愛に、利一さんはそう言った。




 うんうんと唸っている愛と一緒に、純の部屋に向かう。


 純がいない。


 手分けして家中を探し回ってもどこにもいなかった。


「じゅんちゃんが誰かに連れ去られたんだよ⁉ 警察だよ‼ 警察に電話しないと‼」


 愛のスマホから天気予報が流れる。


「らぶちゃん、落ち着いて。じゅんちゃんは大丈夫だから」

「本当に?」

「うん。もしかしたら、恭弥さんがじゅんちゃんの行き先知っているかもしれないから電話するね」


 純の父親こと小泉恭弥に電話しようとした。


 手が震えてスマホを床に落としてしまう。


「こうちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 朝のこの時間に、純が家にいなかったことは今までに1度もない。


 愛にはああ言ったけど、誘拐されている可能性が全くないわけでも……。


 恭弥さんじゃなくて、先に警察にかけた方がいい気がしてきた。


 悩んでいる時間がもったいない。


 恭弥さんに電話をかけようとしていると、扉が開く音がする。


「「じゅんちゃん」」


 純の姿が見えた瞬間、僕達は名前を呼びながら抱き着く。


 ジャージを着た純からほんのりと汗の臭いがしてきた。


 純が何をしていたのかなんとなく分かった。


「じゅんちゃん! 変なおじさんに変なことされてない?」


 愛は純の体をぺたぺたと触る。


 2人から少し離れてその光景を見ていると、焦っていた気持ちが全てなくなる。


「じゅんちゃんからいつもりんごのいい匂いがするのに、今日は違うよ」

「走っていたから汗の臭いだと思う」


 純は愛から離れようとする。


 愛は純に抱き着いて、上着に顔を埋もれさせる。


「臭いから離れた方がいい」


「全然臭くないよ! すごく安心する匂いがするよ!」


 上目遣いの愛が純に向かって言う。


 ポタポタと滴が落ちる音がした。


 僕の真下に小さな血だまりができていた。


 急いで鞄からタオルを出して拭く。


 純が着替えるから、愛と2人で部屋を出る。


 リビングで純を待っていると、恭弥さんが入ってきた。


「飯作るけど食べるか?」

「じゅんちゃんが大丈夫だったことが分かって、安心したらすっごくお腹空いたから食べるよ!」

「おう」


 少しだけ首を傾げた恭弥さんはキッチンに向かう。


 恭弥さんの作ってくれた料理を愛と純が食べても、学校に行く時間まで少しある。


 僕達はソファに並んで座り寛いでいる。


「じゅんちゃんが朝走るのって珍しいね」

「集中して考えたいことがあったから走っていた」

「何を考えていたのか聞いていい?」

「進路のこと。こうちゃんとらぶちゃんと一緒にいたい以外に思いつかなかった」


 隣にいる純を思わず抱きしめる。


「僕も同じ気持ちだよ」

「らぶも! らぶもじゅんちゃんとこうちゃんとずっと一緒にいたいよ!」


 愛は純の腰に抱き着いて、頭でスリスリと擦る。


「それだったら、空手道場継ぐか?」


 椅子に座っている恭弥さんが声をかけてきた。


「小学生の時からしてないから、空手のことほとんど覚えてない」

「純が継ぎたいなら0から教える」

「……考えてみる」


 愛が恭弥さんの方に向かって、大きく片手を上げた。


「どうした?」

「らぶも柔道したい!」

「いいぞ。今日の学校が終わってからくるか?」

「行く! こうちゃんとじゅんちゃんも一緒に行こう!」

「うん、いいよ」

「おう」


 恭弥さんは口元を少しだけ緩めた。

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