198話目 やりたいことがないなら探せばいいよ!

 返ってきたテストの問題の解説を終えた数学の先生が、残りは自習時間と言って教室から出て行く。


「昨日スーパーで3人を見かけたけど何していたの?」

「ココアを売る手伝いをしていたんだよ!」


 愛と純の席をくっつけようとしていると、女子が話しかけてきた。


 愛が元気よく答えた。


「矢追さんバイトを始めたの?」

「してないよ! らぶは探しているんだよ!」


 首を傾げる女子。


 愛はやりたいことがたくさんあって決められないから、実際に体験して見つけようとしていると付け加える。


「矢追さんはすごいね。わたしは家の農業を継ぐよ」

「らぶも農業やってみたい!」

「あまりお勧めすることはできないかな。しゃがんで作業することが多いから腰が痛くなるよ。それに外で作業をするから、夏場とかすごく虫に噛まれて痒い。それと、休みがほとんどないし、災害で野菜が駄目になって生活ができなくなることもあるから」

「大変そうなのに、やるって凄いよ!」

「凄くないよ。ただ、やりたいことがないからするだけ」

「やりたいことがないなら探せばいいよ!」

「……」


 愛のその言葉に女子は黙って苦笑いを浮かべる。


「おれもやりたいことがないから、何となく大学に行くぞ」


 男子が近づいてきて愛に話しかけてきた。


 あっちに行けと言いそうになるのを我慢。


「大学はなんとなく行くんじゃなくて、やりたいことを見つけに行く場所だよ!」

「そういう奴もいるかもしれないけど、大体の奴はなんとなく大学に行って4年間遊んでいる奴が多いって兄や兄の友達が言っていたぞ」

「らぶは遊ばないよ!」

「そうだな。矢追さんは真面目だから遊ばないな。……なんか、ごめんな」


 小さく頭を下げた男子は自分の席に戻る。


 チャイムが鳴って、鳳凰院と角刈り男子が手を繋いで教室に入ってきた。


 2人は不機嫌そうに頬を膨らませている愛を見て、僕に顔を近づけながら小声で事情を聞いてきた。


 さっきあったことを話す。


 鳳凰院は愛の隣で中腰になる。


「わたくしは本気で医者を目指すために大学に行きますわ」

「凄いよ! 格好いいよ!」


 勢いよく立ちがった愛は、鳳凰院の頭を撫でながら褒める。


「俺は具体的に何をしたいのか、何をできるのか分からないけど、麗華の夢を支えられる何かを探すために大学に行く」

「大好きな人のために頑張ることはいいことだよ! 強も格好いいよ!」


 愛は角刈り男子に向かって背伸びをする。


 しゃがもうとする角刈り男子を鳳凰院は睨む。


「大好きな人の前で他の女子に強さんはデレデレしただけではなくて、頭を撫でられるんですの?」

「……ごめん」


 角刈り男子は鳳凰院に頭を下げる。


「謝らなくていいですわ。……わたくしが勝手に……嫉妬しただけですの」

「俺の彼女が可愛くてたまらない! 大好きだ! 麗華!」

「わたくしも強さんのことが大好きですわ!」


 抱きしめ合って、2人だけの世界を作っている。


「鳳凰院のぬくもりを別の所で感じていいか?」


 気持ち悪い台詞を吐いた角刈り男子は、鳳凰院の顎に手を当てた。


「はい、いいですわ」


 目を瞑った鳳凰院の顔に、角刈り男子はゆっくりと近づいていく。


 幼馴染の情操教育に悪い。


 角刈り男子の服を引っ張って阻止する。


「何をするんだよ! 親友!」

「何をするんだよ、は僕の台詞だよ。キスをするのはいいけど、ここは教室なんだからTPOを考えて」


 怒鳴ってきた角刈り男子にそう注意する。


「「ごめんなさい」」


 鳳凰院と角刈り男子は頭を下げて謝ってきた。


 愛と純が気まずそうにしている。


 大学の話に戻す。


「気にしなくていいよ。そんなことより、鳳凰院はどこの大学を受けるの?」

「隣町の県立の大学に医学部があるのでそこに行きますわ。強さんも同じ大学に行くんですわよ」

「おう。同じ大学に行けば、一緒にいる時間が増えるからな」

「はい。少しでも長く強さんと一緒にいたいですわ」

「俺もだ。麗華」


 また、見つめ合った鳳凰院と角刈り男子がキスをしそうだった。


 わざとらしく咳をすると、2人は一斉にこっちを見た。


「角刈り男子は頭がよくなさそうだけど、鳳凰院と同じ大学に行けるの?」

「強さんを馬鹿にしないでください! それに、強さんは全国模試で4位の天才なんですよ!」


 人は見かけによらないんだな。


 驚きながら怒っている鳳凰院に謝る。


「わたくしじゃなくて強さんに謝ってほしいですわ!」

「俺は気にしてないから怒らなくていい。少し前の俺は無暗に人に暴力を振るったりしていたから、馬鹿だと思われてもしょうがない」

「それでも大好きな彼氏を馬鹿にされて腹が立ちますわ!」

「鳳凰院がそう言ってくれるだけ俺は十分だ。ありがとう」

「……強……さん……」


 僕が何をした所で、2人はキスをする雰囲気になる。


 愛と純をつれて、飲み物を買いに行くことにした。


 1階のコンピュータ室の扉に、



『休み時間と昼休みに大学、就職先を探すためならパソコンを使うことを許可する』



と張り紙がされていた。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 昼休みにここにこよう!」


 張り紙を指差しながらそう言った愛に、僕と純は頷いた。



★★★



 昼休みになってすぐに、1階のパソコン教室に幼馴染達と向かった。


 パソコンの前に座った純は、ヨーチュバーで昴のPVを検索して見だす。


「昴の新曲だ! 愛も見る!」


 愛は純の太腿の上に座る。


 5分ぐらい経って昴の曲が終わる。


「らぶはここに大学と仕事のことを調べにきたんだよ!」


 椅子から下りた愛は、純の隣にあるパソコンの前に座って手を動かす。


 僕もパソコンで色々と検索する。


 この町の大学は、私立大学が1つしかない。


 そこは、教育と福祉に力を入れているんだな。


 隣町に美容師専門学校と保育士、幼稚園の短期大学。


 先生になった愛を想像してみる。


 親からは理不尽に怒られて、子どもは言うことを聞かずに好き勝手にして疲れ切った愛は……。


 先生にはなってほしくない。


 それだったら福祉の仕事はどうだろうか。


 高齢者を移動させるために持ち上げようとすれば、小さい愛が耐えられるはずがなく怪我をする。


 福祉の仕事もしてほしくないな。


 美容師の仕事はもっとしてほしくない。


 檸檬さんが女性の美容師にナンパする客が多いと言っていた。


 この世の誰よりも、可愛い愛がされないわけがない。


 この辺りで募集している仕事を探す。


 隣町のモールの中に入っている、本屋が正社員を募集していた。


 数回行ったことある。


 店員の態度もよくて、大変そうな仕事もなさそうだった。


 何より、美容師専門学校から歩いて1、2分の所にある。


 昼食を一緒に食べることができる。


「本屋で働くのはどう? ここが募集しているよ」


 隣町の本屋の店内が写っている画面を表示して、愛に話しかける。


 横道に逸れて昴のことを検索していた愛は、僕が見ているパソコンを覗き込む。


「ここの本屋は中学の職場体験で行ったことあるよ!」


 2人と同じ所に職場体験に行けなかった。


 悔しい気持ちが蘇ってくる。


 愛目的で本屋を選ぶ男子の所為で、くじで決めることになって僕は残念ながら外れた。


 純が愛と同じ所に行けたから、まだよかったけど。


「すごく楽しかったこと覚えているよ! でも、他にもらぶのやりたいことがあるかもしれないからもう少し考える!」


 愛のお腹が鳴る。


 僕達は教室に戻って、机を引っつけて弁当を食べ始める。


 首を傾げながら愛が口を開く。


「こうちゃんはどうして美容師になろうと思ったの?」

「前に檸檬さんがらぶちゃんをツインテールにしたのが可愛くて、悔しいと思ったからだよ」

「何でらぶが可愛くなったら、こうちゃんが悔しいの?」

「僕の方がらぶちゃんと長いこと時間一緒にいて深く知っているのに、檸檬さんは愛の魅力を簡単に引き出すことができたから。美容師になって檸檬さんより、愛の可愛さを引き出そうと思ったんだよ」

「凄いよ! こうちゃんが美容師になることらぶは全力で応援するよ!」


 ありがとうと愛に言っていると、純の視線に気づいてそちらを向く。


「もちろん、じゅんちゃんも今以上に可愛くできるようになるね」

「私は可愛くならない」

「そんなことないよ。普段のじゅんちゃんも可愛いけど、恥ずかしがって耳を赤くしてその耳を必死に隠す所や、困っている時に少し潤んだ目で助けを求めてくる所とか可愛過ぎる。他には」

「分かったから……もう大丈夫」


 純は真っ赤にした耳を押えて俯く。


 可愛過ぎて、思わず頭を撫でる。


「らぶもじゅんちゃんが可愛いと思うよ!」


 愛は座ったまま純の頭を撫でようとしたけど手が届かない。


 立ち上がって撫でる。


 2人で純の頭を撫で続けていると、恋がやってくる。


「あたしの知り合いの漫画の編集者の人が、らぶちゃんの絵柄を気に入ったから会いたいって言っているんだけど会ってみる?」

「やったー! 会ってみたい!」

「バトル漫画を描いてほしいって。どうする?」

「こうちゃんとじゅんちゃんじゃないものは、何を描いたらいいか分からないよ!」

「あたしも協力するから、今日の放課後一緒に考えよう?」


 呻きながら頭を抱えて、悩んでいる愛に話しかける。


「力になれるか分からないけど、僕も一緒に考えるからバトル漫画を描いてみようよ」

「私も協力する」

「うん! やってみるよ!」


 僕と純がそう言うと、愛は元気よく片手を上げた。

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