197話目 おっぱいを飲ませる⁉

 ココアを飲み過ぎた純のお腹が少しぽっこりしている。


 細身だから尚更目立って可愛いじゃなくて、そんな純が晩飯を食べられるか心配だった。


 でも、僕の隣の席で純は何事もなく、蜂蜜がたっぷり入った甘口のカレーをいつも通り食べている。


 甘いものを食べている時の、純の笑みを見ているだけで癒される。


 もっと純を喜ばしたい。


 デザートを作ろうとしてやめる。


 純は何10人分のココアを、1時間ぐらい飲んだ。


 このままでは純が糖尿病になるかも。


 そうなったら、僕は生きていけない。


 マフィンを作るのは今度にしよう。


「こうちゃん。ご飯食べ終わったらココア飲んでいい?」

「……」


 まだ、冷蔵庫の中に3パック分残っている。


 今日はたくさん飲んだから明日にしたら。


 声に出すことができずに、心の中で言っている。


 純の健康が1番大事だけど、今の純の笑顔も守りたい。


 勇気を出して、言え、僕。


「じゅんちゃん……」


 飲み過ぎだから明日にしたらと、それだけの言葉が出てこない。


「こうちゃん、汗が凄いけど大丈夫?」


 純の言う通りで冷や汗が凄く、服が濡れていて気持ち悪い。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ」

「おう。体調が悪いなら私が洗いものする」


 純の優しさに触れて、僕が間違っていたことに気づく。


 たかが1日糖分過多でも、純が糖尿病にならないように僕が努力すればいいだけの話。


 そうすれば、純は好きなだけココアを飲めて幸せ、そんな純を見られて僕も幸せになれてウィンウィン。


「ココアを飲んでも」

「こうちゃん! じゅんちゃん! 聞いて! 聞いて!」


 話している途中で、愛がやってきた。


「らぶちゃん元気になったんだね」


 愛の家に着いても、愛は顔が青白かったからソファに寝かせていた。


 元気になって安心する。


「苦手なあま……らぶは甘いものは苦手じゃないよ! らぶが吐いたのはココアが甘かったからじゃなくて、えっと……えっとね……」


 頭を両手で押させて、必死に考える愛。


「そうだ! らぶは妊娠をしたんだよ!」


 愛の言葉に驚いて、思わず机から落ちそうになる。


 椅子から立ち上がって、愛に詰め寄る。


「相手の名前と住所を教えて! 今から消しに行くから!」

「相手って何?」

「妊娠したんだったら、エッチなことをしたんだよね? 僕の大切な幼馴染のらぶちゃんに手を出したくず野郎の名前と住所を教えて! 2度と性行為ができないように去勢してくるから」

「してないよ! らぶは……エッチなことなんて! してないよ!」


 愛はぶんぶんと頭を振る。


「らぶは想像の妊娠をしたよ! ママが大好きな人がいると……エッチなことをしなくても子どもができるって言ってた! だから、愛は想像妊娠でつもりになって吐いただけ!」


 琴絵さんには愛に余計な知識を教えないように、強く注意しておこう。


 これ以上、この話を広げても愛が恥ずかしがるのと、僕の心臓に悪いので話題を逸らそう。


「らぶちゃんは何を聞いてほしくてここにきたの?」

「そうだった! 忘れる所だったよ! らぶはママだよ!」

「……」


 急な愛のママ発言に混乱しつつも、その意味を考える。


 ママってことは、子どもがいるってことだよな。


 でも、愛はさっきエッチなことをしていないと言っていた。


 愛は子どもを産んでいない。


 そもそも、愛と毎日のように会っているから、愛のお腹が膨れていれば気づく。


 少し冷静になれ僕。愛の妊娠報告で慌て過ぎ。


 いや、慌てるのも当たり前だろ! と叫びたくなるのを抑える。


 いくら考えても分からない。


「……ママってどういうこと?」


 おずおずと聞くと、


「ママをやってみたいから、こうちゃんとじゅんちゃんはらぶの赤ちゃんになって!」


 愛は歯を見せながら笑う。


 まじでよかった――――――――――。


 ストレスで血を吐く所だった。


 僕、純は愛にいいよと答えた。


 僕と純はソファの真ん中に座っている愛の両隣に座る。


「ほら、おいで! たくさん甘えておいで!」


 愛は両手を広げて僕、純交互に体を向ける。


 横から愛に抱き着く。


 ミルクっぽい優しい匂いがしてきて、心が穏やかになる。


「じゅんちゃんにもギュッ! じゅんちゃんはいい子だね!」


 呆然としている純のお腹に愛は抱き着き背中をさすっていると、みるみると純の耳が赤くなっていく。


「ママが赤ちゃんにすること他には……そうだ! あれがあったね!」


 意気揚々と自分の上着の裾に手をかけて脱ごうとする愛。


 純が愛の両手を摑む。


「幸ちゃんの前で服を脱ぐのは駄目」

「大丈夫だよ! らぶは赤ちゃんにおっぱいを飲ませるために、おっぱいを出すだけだから!」

「おっぱいを飲ませる⁉」


 驚きのあまり思わず叫んでしまう。


「……男子に……飲ませるのはそうだけど……おっぱいを出すだけでもエッチだよ」


 純は僕を一瞥しながら言った。


「全然エッチじゃないよ! こうちゃんは男子でも、今はらぶの赤ちゃんだから大丈夫だよ!」


 愛は自信満々に小さな胸を張る。


 純が愛の胸を…………。


 幼馴染達の百合な妄想をしていると、突かれて現実に戻ってくる。


 純の顔が近くにあって、小さな声で「らぶちゃんを止めてほしい」と。


 愛が純に授乳している所を、はっきり言えば見たい。


 でも、純が嫌がっているなら……愛を止めるしかない。


 唇を強く噛み、痛みで無理矢理欲求を抑える。


「今らぶちゃんが僕達におっぱいをあげてしまうと、子どもができた時に上げる分がなくなるよ」

「本当だよ! こうちゃんの言う通りだね! 分かったよ! 赤ちゃんのためにらぶのおっぱいは残しておく!」


 愛は純の前に立つ。


「おっぱいは飲んだことにしたから、次はねんねの時間だよ!」


 140センチの愛が180越えの純の体を必死に持ち上げようとする。


 びくともしない。


「ぜぇぜぇ……もう少しで上がるから……ぜぇぜぇがんばる……よ……」


 数分頑張った愛は、力尽きてソファに倒れ込む。

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