196話目 進路

 テストの半分ぐらいが返ってきた火曜の放課後。


 担任から僕、愛、純は職員室に今からくるように言われた。


 4人で職員室に入り、担任は後ろの囲いがある所に向かったからついていく。


 そこに置かれているソファに僕達は並んで座る。


 担任は対面に座った。


 少し唸ってから担任は純の方を見ながら口を開く。


「小泉さんは成績がいいので、どこの大学でもいけますよ。家から通える場所がいいなら隣町の県立大学に行くのはどうですか?」

「まだ考え中です」

「隣町の県立大学の推薦入試の出願は1週間後なので、受けるなら急がないといけないですよ」

「もう少し待ってほしいです」

「分かりました。小泉さんなら一般入試でも受かると思うので、よく考えてください」


 担任は僕を見る。


「百合中さんはどうしますか?」

「美容師になるために専門学校か、知り合いの美容院で働きながら通信で免許を取るか迷っています」


 本心は愛と純の進路が決まってから具体的なことを決める予定。


 僕の言葉に納得したのか担任は愛の方を向き溜息を吐く。


「先生の元気がないから応援するよ! 頑張れ! 頑張れ! 先生!」

「矢追さんは優しいですね。矢追さんの将来の夢はありますか?」

「学校の先生と本屋と漫画家と大工と警察とスーパーの店員とお嫁さんとお母さんと」

「たくさん夢があっていいですね」


 愛の話を途中で遮るなと文句言いたい。


「矢追さんが入っている漫研部の活動の一環で今年の夏の同人誌即売会に参加していましたよね?」

「うん! してたよ!」

「やっぱりそうだったんですね。先生も買う側として参加して、矢追さんの姿が見えて後を追うと長蛇の列ができていました。どの列より長かったので驚きました。同人を描いたのは矢追さんですか?」


 普段落ち着きのある担任のテンションが少し上がっている。


「そうだよ! 今回はエッチじゃないこうちゃんとじゅんちゃんのイチャイチャするのを描いたよ!」

「何冊ぐらい売れたのか聞いていいですか?」

「2000冊売れたよ!」

「2000冊⁉」


 立ち上がった担任は職員室に響くぐらい叫んだ後、謝りながら座り直す。


「そんなにファンがいるなら、漫画家になっても確実に売れると思います。漫画家になるのはどうですか?」

「漫画家にもなってみたいけど、大学に行って勉強もしてみたいよ!」

「……矢追さんを応援したいですが……もう少し学力を上げないと入れる大学がありません」

「凄く頑張るよ!」

「ごめんなさい。今から凄く頑張っても入れる大学は……一応ありますね。ここから凄く遠い大学なら2か月後に入試がありますが受けますか?」

「受けない」


 愛の声が急に冷たくなったことに驚く。


 先生も同じように思ったようで、「何か怒らせること言いましたか?」と愛に尋ねる。


「怒ってないよ! 愛と……この町が好きだから、この町から離れたくない!」


 愛の歯切れが悪い時は嘘を吐いているか、何かを隠していると時。


 気になるけど愛の嫌がることはしたくないから、聞かないでおこう。


「どうしてもっていうならこの町の大学なら寝ずに」


 僕はばんと机を叩いて立ち上がる。


 担任がはたぶん勉強をすればはいれるかもしれないと言おうとした。


 愛は純粋だから本気にする。


 毎日寝ずに勉強をしようとして体を壊す可能性があるから、無理矢理話を中断させた。


 担任は何か言いたそうな顔をしていた。


 失礼しますと言って愛と純の手を摑み職員室を出る。


「こうちゃん、怒ってる?」


 僕達のクラスに戻ると、愛が聞いてきた。


「怒ってないよ。らぶちゃんはこの町の大学を受験するの?」

「大学は色々なことを勉強できるから行ってみたいよ!」


 愛の成績では勉強時間を極端に増やす以外の方法が浮かばない。


 愛のやりたいことを応援したい。


 でも、愛の健康の方が優先。


 無理をしないように念を押しておこう。


「僕とじゅんちゃんが寝ずに病気になるまで勉強していたら、らぶちゃんはどうする?」

「こうちゃんとじゅんちゃんが病気にならないように栄養のある料理をらぶがたくさん作って応援するよ!」


 思惑通りにいかない答えが返ってきた。


 このままだと愛が無理をする。


 どうにかしないと。


 ……大学から就職の方に興味を逸らせばいいな。


「今から愛のなりたい職業を探しに行かない?」

「行きたい! でも、部活に行かないと、れんちゃんが怒るよ! れんちゃんが怒ると怖いから行かないと!」

「僕から連絡しとくから大丈夫だよ!」

「絶対に駄目って言うよ!」


 ランイを送ると、すぐに分かったと返事がきた。


「やったー! たくさんの仕事を見に行くよ!」


 愛は両スキップをしながら部屋から出て行き、僕達は後をついていく。


 最初に向かったのは、学校から僕達の家までの帰り道にある小さな本屋。


 店の中に入る。


 客はほとんどいない。


「本屋の仕事のこと教えて!」


 レジの所で椅子に座っている中年の女性に話しかける愛。


 突然の申し出に女性は嫌な顔をせずに、立ち上がって手招きをしてきた。


 僕達はレジの中に入る。


 女性が渡してきた、ここの店名が入ったエプロンを僕達はつける。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 凄いよ! 本屋になっているよ!」


 愛はレジを眺めながら、僕と純の手を引っ張ってくる。


「喜んでくれるの嬉しいけど、今は特に仕事がないの。ごめんね」

「いつもはどんな仕事しているの?」

「そうね。本が届いたら注文したものがきちんときているか確かめてから、店に並べているわね。まあ、お店が開く前か、終わった後にしているけどね」

「他には何しているの?」

「お客さんが商品をもってレジにきたら、バーコードリーダーで本のバーコードを通して。今からするから見ていてね」


 立ち読みしていた男性が雑誌をレジに置き、女性は接客をした。


「ピッってするの面白そう! らぶもやる!」

「いいわよ。ただし、おばさんに言われた通りにするのよ」

「やったー! うん! おばさんに言われた通りにするよ!」


 愛は女性から接客のやり方を教えてもらってから、今か今かとレジに来る客を待つ。


 数分して、僕達と同じ学校の制服を着た男子がやってきた。


「いらっしゃいませ!」

「……何で、矢追さんがここにいるの?」

「らぶは今、本屋になっているんだよ!」

「……そうなんだね」

「何の本を買うの?」

「……」


 気まずそうに目を逸らす男子を見た愛は少しずつ顔を赤くする。


「エッチな本を高校生は買えないよ!」


 男子は首が取れるんじゃないかと言うぐらい、頭を左右に振って否定する。


「そんなの買わないよ。ぼくがほしい本はタイトルが分からないから、矢追さんに手間をかけるのが嫌だなって思っただけだよ」

「どんなの?」

「……最近アニメになっていたバトル漫画を買いたいんだけど」

「主人公の髪が赤い?」

「うん。そうだよ」

「分かった! ちょっと待っていてね!」


 レジから出た愛は山積みにした本を持ってゆっくりと戻ってくる。


「これで、間違い、ないかな?」


 今にも崩れ落ちそうな本を男子が受け取る。


「間違いないけど……全部買ったら次のバイトの給料が出るまで何もできないかな」

「鬼殺の刀、愛も好きで漫画全部持っているよ! 読み終わったら鬼殺の刀の話をらぶとしようよ!」

「うん。全部ください」


 満足そうな顔をして会計を済ませた男子は、学校で話しかけるねと愛に言って走って去って行く。


 しばらくして、男子高校生がたくさんきて、かなりの漫画が売れた。


 この店にきた全ての男子が、愛に本のタイトルが分からないから探してほしいと口にした。


 鬼殺の刀を買って帰った男子が、本屋で働いている愛のことを言いふらしたのかも。


 心の中で舌打ちをする。


 愛が次はスーパーで働きたいと言った。


 またおいでねと、本屋の女性の声を聞きながら店を出た。


「本屋で働くのすっごく楽しかったよ! スーパーで働くのも楽しみだよ!」


 意気揚々と愛はスーパーに入った。


 でも、働かすことはできないと、店員にはっきりと言われた。


 仕方なく家に帰ろうとしていると、愛が急に走り出したから追いかける。


 立ち止まった先には、飲料売り場で試食販売をしている僕達より少し年上の女性がいた。


「……新商品のコクウマココア美味しいですよ……。……甘くて美味しいですよ……」


 手を伸ばせば届く距離にいるのに、集中しないと聞こえないほど女性の声は小さい。


「ココアいかがですか! 美味しいですよ!」


 愛は元気よくそう言ってから、トレーに置いているココアを飲む。


「すご……く、おえっ、甘くて、おえっ」


 顔を真っ青にした愛はえずき始めた。


 抱えてトイレまで連れて行く。


 数分経ってトイレから出てきた愛はぐったりしていた。


 背負って純を探す。


 ココアの試食販売の所に人だかりができていた。


 純がわんこそばのように、女性が次々と注ぐココアを飲んでいた。


「格好いい女子がココアを飲んでいる姿は、ギャップがあって胸がキュンキュンする!」

「本当に美味しそうな顔でココアを飲んでいて、わたしも飲みたくなかったから買おう!」

「早く買わないと、なくなっちゃうから急がないと!」


 女子達は黄色い声援を純に向かってあげる。


 山積みにされていたパックのココアが、数分で売れ切れた。


「ありがとうございます」


 試食販売の女性は深々と頭を下げた後、お礼だと言いながらココアがパンパンに入った袋を純に渡す。


 感極まった純は女性の片手を両手で包みながら、「ありがとう」とイケメンスマイルをする。


 女性はうっとりとした眼差しで、純のことを見ている。


 周りにいた女子達はレジの方に向かって走っていき、すぐに戻ってくる。


 女子達は買ったココアを差し出して、もらった純は1人1人の手を両手で握りしめた。


 純は隙間がないぐらいに、ココアが入った袋を4つ持っている。


 持とうかと純に聞いたけど、持たなくていいと言われた。


 愛を背負っているから、気を遣ってくれたのだろう。


 スーパーを出ると、鳳凰院とよく一緒にいる女子がココアを飲んでいた。


「王子様と百合中さんこんばんは。王子様いっぱいのココアを持っていますね。好きなんですか?」

「おう」

「よかったら、飲みますか? わたしの飲みかけなんていらないで……」


 女子が持っているココアのストローに、純は口をつけて吸う。


「ありがとう」

「……」


 歓喜のあまりどうリアクションしたらいいか分からず、固まっているのだろう。


 その証拠に、幸せそうな顔をしている。


 純と間接キスを出きたのだから、当たり前だな。

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