195話目 カラオケ
3人目の客を見送る頃には、12時を過ぎていた。
「14時まで予約がないからこのお金で恋と一緒に食べておいで」
檸檬さんが財布から1万円を取り出して渡してくる。
「檸檬さんは食べないんですか?」
「食欲がないから私はいいよ」
「朝も食べてなかったんだから、食べないと駄目だよ」
戻ってきた恋が僕達の所にきて言った。
「百合中君、途中で抜け出してごめんね」
「気にしなくていいよ。僕が何か作りましょうか?」
「全く食欲のない私を満足させることができるか試してあげるわ!」
「作ってもらうだから、きちんとお願いして」
恋はドヤ顔をする檸檬さんの頭を摑み、一緒に頭を下げる。
「2人はアレルギーや嫌いなものはある?」
「ないよ。あたしもお姉ちゃんも何でも食べられるよ。あたしが手伝うことある?」
「白米って家にある? あるんだったら炊いていてほしい」
「分かった。やっておくね」
美容室を出て、近くにあるスーパーに向かった。
買い物をして、檸檬さんが経営する美容院の隣にある恋と檸檬さんが2人で住んでいる家に入る。
10分ぐらいでなすと豚肉の梅ポン酢煮とツナサラダ作り終える頃にはご飯が炊けた。
キッチンの前がカウンターテーブルになっている。
ここから直接テーブルに料理を置けるのは手間にならない。
1秒でもでき上がったものを愛と純に食べてほしいから、自宅をリフォームするならカウンターテーブルはありかも。
「美味しそうって言うか、絶対に美味しいよ」
恋が目を輝かせる。
「もぐもぐ、まだ食べてもいなのに、もぐもぐ、美味しいなんて分からない、もぐもぐ。幸君豚肉のやつ大盛りでおかわり。ついでにご飯も大盛りで」
「試すみたいなことを言っていたのに、食べ過ぎだよ。少しは遠慮してよ、お姉ちゃん」
がつがつと食べる檸檬さんの頬についたご飯粒を取って世話を焼く恋。
「多めに作っているから遠慮しなくていいよ。恋さんもおかわりがいるなら言ってね」
空になった檸檬さんの皿を持ちながら恋に話しかける。
恋はありがとうと言って食べ始めた。
檸檬さんにおかわりを渡して、夢中で食べている恋の隣に座る。
「こんなに美味しい料理が食べられるなら私の嫁になって毎日作ってほしい」
「何を言っているの、お姉ちゃん!」
恋はばんと机を叩いて立ち上がる。
「私変なこと言った?」
「お姉ちゃん大っ嫌い!」
「……」
その1言で、檸檬さんは黙り涙目になる。
恋が一瞥してくる。
「どうかした?」
「……百合中君、今度料理教えてもらっていい?」
「いいよ。次の土曜の昼休みの時間にでも作る?」
「うん。作りたい。もし、あたしも料理ができるようになったら…………お嫁にいけるかな?」
「恋さんぐらい可愛かったら、料理ができなくても嫁にいけるよ」
上目遣いで聞いてくる恋にそう返す。
恋は壊れたロボットのようにカタカタと顔だけ動かして、かけていた眼鏡が落とす。
★★★
15時。
今日予約していた最後の客が帰る。
店を閉めると檸檬さんが言ったのから、箒で床を吐き始める。
3人で掃除と後片付けをしたら、10分もかからずに終わった。
ポケットからスマホを取り出してマナーモードを解除する。
愛からランイがきていた。
純、鳳凰院、純ファンクラブの女子3人、角刈り男子とテストの打ち上げをするから手伝いが終わったらきてほしいという内容。
行くよと送る。
駅の近くにあるカラオケ店でいるから待っていると返事がきた。
「今からカラオケに行くけど、恋さんも一緒にくる?」
愛も恋がきた方が喜ぶだろう。
「あたしと百合中君でカラオケ!」
恋が大声を出す。
「嫌だったら別にいいけど」
「嫌じゃない。全然嫌じゃない。すぐに追いかけるから先に行ってもらっていいかな?」
「先に行ってるね。檸檬さんお疲れ様です」
店から出る時に後ろから、「お姉ちゃんのあたしをお洒落にして!」という恋の声が聞こえた。
カラオケ店に着くと、出入口にいた角刈り男子が笑顔で迫ってくる。
「親友もきてくれて嬉しい」
「チッ」
「親友に向かって舌打ちをするのは感心しない。どうして百合中は俺のことをそこまで嫌うんだ?」
「汗臭くて、空気を読まないから」
「家を出てくる前にシャワーを浴びたから臭くない。ほら、嗅いでみろ」
抱き着いてこようとしたから、全力で避ける。
「何で避けるんだよ」
「シャワーを浴びても、カビよりも頑固な男臭さはとれないよ」
「うわーまじで傷つくわ。どうしてお前はそこまで男のことが嫌いなんだ?」
嫌いなものは嫌いと、少し前の僕だったらそう答えいた。
でも、学校の男子から恋愛相談をされるようになって、微少だけどましになった気がする。
探せば体臭が気にならなくて、空気を読める男子はいくらでもいるかも。
僕、愛、純の父親に対しても嫌悪感がない。
僕に男の親友ができる可能性も……それは言い過ぎだな。
美容師になるなら男子の髪を触らないといけない。
男嫌いを克服するのにいい機会かもしれないな。
「すぐに仲よくなるのは無理かもしれないけど、邪険に扱わないように気をつけるよ」
「百合中がデレたぞ!」
再び抱き着いてこようとする角刈り男子を避ける。
ランイで着いたことを送ると、すぐに愛がやってきた。
「こうちゃん! こっちだよ!」
愛が手を繋いで引っ張ってくれたおかげで、角刈り男子と相手した疲れが全て浄化されていく。
部屋の中に入る。
愛は純の膝の上に乗って、かかった音楽の音程を外しながら歌い出す。
少しして、愛は歌うのをやめて顔を上に向ける。
「じゅんちゃんも一緒に歌おう!」
「私はらぶちゃんの歌を聴いていたいからいい」
「一緒に歌った方が楽しいから、一緒に歌おう!」
「……おう」
「やったー! せーので歌うよ! せーの!」
歌い始めた愛に少し遅れて、純は透き通る美声を出す。
純につられた愛も少しずつ音程があってきて、いつまでも聴きたくなる。
リズムに合わせて手を叩いていた鳳凰院が僕の隣に座る。
「何か注文しますの?」
「恋さんの家で食べたからお腹空いてないからいいよ。それより、せっかくの休みだから角刈り男子とデートしておいでよ」
「毎日デートしているから大丈夫ですわ」
愛、純と3人きりになりたいから提案したけど、惚気ながら断られた。
「デート中の麗華はめちゃくちゃ可愛いんだ。どこが可愛いって語りつくしたら最低でも1週間ぐらいかかるけど聞くか?」
いつの間にかいた角刈り男子が話しかけてきた。
少し苛ついたから、癒しを求めて幼馴染達を見る。
「ここにいる人に聞かれるのは恥ずかしいので、2人になった時に話してほしいですわ」
「さっそく麗華の可愛い所が出ている! 親友、奥ゆかしい鳳凰院も可愛いだろ?」
「強さんに褒められるとすごく嬉しいですわ」
鳳凰院は角刈り男子の手をそっと握る。
「こうちゃん! こうちゃんも、ごほっごほっ、何か歌う? ごほっごほっ」
愛は喉が痛そうに咳をしている。
「2時間続けてらぶちゃんは歌っているから休んだ方がいい」
純は心配そうな顔で愛に向かって言った。
「らぶは、ごほっごほっごほっ、まだまだ、ごほっごほっ、歌えるよごほっ」
「これ以上喉を痛めると、太い注射を喉に打たないといけないよ」
「…………」
嘘を吐く罪悪感に苦しみながら口にした。
「注射、ごほっごほっ、怖くないけど歌うの、ごほっ、我慢する」
愛は机の上にマイクを置いた。
レジ前にのど飴を売っていた。
甘くなさそうなのを買って愛に渡す。
口一杯に喉飴を入れて頬をパンパンにしている愛が可愛い。
純に話しかけようとしていると、恋がやってきた。
眼鏡をのけて、髪の毛先がふわふわしている。
恋は少し呆然とした後、ゆっくりと僕の所にくる。
「……遅れてごめんね」
「もしかして、客がきたから遅れたの?」
「きてないよ。…………百合中君と2人きりで遊ぶと思って、おしゃれをしていたら遅れた」
「途中から聞こえてないから、もう1回言ってもらっていい?」
「……何でもないかな。百合中君がよかったら一緒に歌わない?」
「いいけど、上手くないよ」
「あたしも上手くないから大丈夫だよ」
昴が出ているドラマの主題歌を選ぶ。
マイクをとろうとして恋の手が当たる。
「ごめんね」
「恋さんがそのマイク使ったらいいよ」
鳳凰院はニタニタしながら、マイクを僕に向けてくる。
「こちらを使ってくださいの」
意味ありげな笑みを浮かべているけど、気にせずにマイクを受け取る。
純ほどではなくても、恋の歌声も綺麗で途中で歌うことをやめて聴いていた。
1時間ぐらいが経って部屋を出る。
会計を終えてから、鳳凰院は愛と純の手を握る。
「今から強さんと一緒にわたくしの家で食事をするのですが、王子様と矢追さんも一緒に来ませんの?」
「みんな一緒がいいよ! こうちゃんとれんちゃんも行こう!」
愛は鳳凰院の言葉に首を振る。
鳳凰院は純の手を離して愛を連れて店の端に行く。
話を聞いている愛は目を大きく見開いた後、恋の前に立つ。
「れんちゃんはこうちゃんのことが好きなの?」
「…………」
愛の発言に周りにいる全員が恋の方を見る。
「れんちゃんはこうちゃんに……キスをしたい方の好きなの?」
呆然としている恋に愛はもじもじしながら話しかけた。
「……百合中君のことは……好きだよ……キスしたい方じゃなくて、友達として。ここにいる全員友達として好きだよ」
「らぶもここにいるみんな好きだから、みんなで麗華の家でご飯を食べよう!」
小走りで店を出て行く愛。
後をついていこうとしていると、鳳凰院が恋の所に行き頭を下げているのが見えた。
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