194話目 働くつもりはない
8時過ぎ。
2週間ぶりに檸檬さんが経営する美容院に行き、ドアを開ける。
レジにいた檸檬さんがやってきて、紙を渡してきた。
この美容院で正社員として働くための契約書だった。
「今の所、ここで働くつもりはないですよ」
「何で⁉」
目を丸くする檸檬さん。
「幸君が店にいてくれるだけで、恋が優しくていつも一緒に入ってくれないお風呂に入ってくれる。幸君がいなくなったら、姉妹のうふふな時間がなくなるからここで働いてほしい」
「もう少し返事するのを待ってもらっていいですか?」
「今すぐ答えて! 正社員になるって言って! 言って!」
床に転がって両手両足をバタバタとさせ、子どものように駄々をこねる檸檬さん。
鏡を拭きながら檸檬さんに冷たい視線を向けている恋の所に行く。
「おはよう。恋さん」
「おはよう。朝からお姉ちゃんが迷惑をかけてごめんね」
「慣れてきたから気にしなくていいよ」
「そうだね。お姉ちゃんの扱いはあたしより百合中君の方が上手い気がする」
恋は苦笑いをした。
「何かすることはある?」
「今は特にないよ」
店が開くまでに30分以上時間があるから、掃除をすることにした。
9時を過ぎて、常連で檸檬さんの女友達のコハクが来店。
「久しぶり~。幸君~。会いたかったよ~」
出迎えた僕に抱き着いてこようとしたから頭を摑む。
酒の匂いがしてきて臭い。
「席に座ってくださいね」
「久しぶりに会ったのに幸君冷たい! 蓮夜ぐらい冷たい!」
喚きながらも席に座るコハク。
レジ付近でいた檸檬さんと恋がやってきて、コハクの後ろに立つ。
鏡越しで恋はコハクのことを睨み、コハクも睨み返している。
「また、振られたの?」
檸檬さんが呆れたように溜息をする。
コハクは檸檬さんの方に顔を向ける。
「またって言わないでよ! 今回はたまたま振られただけ!」
「年に13回以上振られるのをたまたまって言わない」
「お姉さんのどこに問題があるっていうの!」
「スマホを勝手に見る。1分ごとにランイを送る。数分して返事がなかったら電話をする。電話に出なかった直接会いに行く。自分以外の女子と話していたらお姉さんとあの人どっちが大切なの? と聞く」
檸檬さんが呪文のように、コハクが彼氏と別れる原因を口にする。
面倒で別れるのも納得。
「好きな相手のことだったら、ずっと繋がっていたいと思うのは当り前よ!」
「今日はどんな髪にする?」
「失恋したからばっさり切って」
「2週間前に同じこと言って切ったから切る髪がないよ」
「それじゃあ、可愛くして」
「はいはい。先に髪洗うね」
檸檬さんはコハクが座っている椅子を横にずらす。
コハクはシャンプー台に向かっている途中で立ち止まり引き返してきた。
僕の所にきて上目遣いで見てくる。
「幸君に髪を洗ってもらうと気持ちいいから洗ってほしいな。いいかな?」
少し嬉しい気持ちになりつつ、檸檬にどうしたらいいか聞く。
檸檬さんは真顔でコハクに顔を向ける。
「いいけど、社会人が高校生に手を出したら犯罪だからね」
「いくら節操なしのお姉さんでもそこは分かっているわよ」
「幸君を発情したメスのような顔で見ている人に言われても説得力がないけど、幸君がいいならいいよ」
「はい。やります」
「ついでに髪を乾かす所までお願いするよ」
「分かりました」
シャンプー台の椅子に座ったコハクの所に行こうとすると、恋に上着の裾を摑まれる。
「気をつけてね」
「分かったよ」
コハクの後ろに立つ。
「倒しますね」
そう言ってから、椅子を倒す。
後から、檸檬さんと恋がやってきて両隣に立った。
「今から洗いますね」
「はーい」
髪全体を濡らしてから、シャンプーを塗布していく。
洗うことに集中し過ぎても駄目だと檸檬さんの接客を見て学んでいる。
コハクに声をかける。
「痒い所はありますか?」
「ここが群れて痒いからかいてほしい」
コハクは上半身を軽く左右に動かして胸を揺らす。
恋はコホンコホンと何度も咳をしている。
最近寒いから、風邪気味なのかもしれない。
「自分でかいてください」
「性欲あり余る高校生が巨乳のお姉さんの胸に興味を持たないなんてありえないわ。幸君は女性の胸に興味はないの?」
全体に髪を塗布し終えた。
泡を流していく。
「ねえ? 興味ないの? あるんだったら、お姉さんの胸揉んでいいわよ」
「頭を上げますね」
そう言いながら左手でコハクの頭を持ち上げて、後頭部についた泡も流す。
「答えてくれるまで、ここにいる」
洗い終わった。
タオルで髪を優しく拭いてから、椅子を起き上がらせるけど動こうとしない。
無理矢理移動させるわけにはいかない。
答えることにした。
愛に純の胸を揉みしだいてほしいけど、僕が揉みたいとは思わない。
普段の僕だったらそのまま伝える。
でも、仕事中なので発言には気をつけないといけない。
「男子なので少しは興味ありますよ。後、揉みません」
「興味があるのに何で揉まないの? 彼氏に振られて寂しいからお姉さんを触って!」
椅子にしがみつくコハク。
どうするか少し考えてからコハクの肩を揉む。
「結構凝っていますね」
「……気持ちいい」
コハクは朗らかな表情をした。
手を離すと切なそうに僕を見てくる。
「移動してくれたら続きしますよ」
早足で鏡の前の椅子に座り、こちらを一瞥してくる。
コハクの所に向かおうとしていると、恋と視線が合う。
「あたしの肩も揉」
「早く! 早く続きをして!」
恋が何か言おうとして、コハクが騒ぎ始めた。
今は客であるコハクを優先しよう。
ドライヤーで髪を乾かした後、数分肩もみをしてから檸檬さんに交代した。
流れるように鋏で髪を切っていく姿を凝視する。
髪を切り終ったコハクは少しだけ短くなっただけなのに、ふんわりとしていて可愛くなっている。
もう1度僕がコハクの髪を洗って乾かしてから、檸檬さんが髪をセットしていく。
ワックスをつけて毛先に動きがついているけど、まとまりのある髪型に完成。
「お姉さんは可愛いかしら?」
「はい。可愛いですよ」
「幸君が仕事終わったら一緒にご飯でも食べに行かない?」
「行かないです」
「今日は諦めるけど、また今度誘うわね」
会計を済ませたコハクは美容院を出て行った。
少し前に恋が僕に何かを言おうとしていたことを思い出す。
レジ前で檸檬さんと話している恋の所に行く。
「さっき僕に何か言おうとした?」
「……何でもないよ」
僕から目を逸らす恋。
「恋はコハクが幸君に肩を揉まれていることが羨ましくて、自分も揉んでほしいと頼もうとしたんだよ。まあ、私の大事な妹の肩を簡単に触らせないけどね」
「お姉ちゃんは黙っていて!」
恋に強い口調で言われてしゅんとなる檸檬さん。
「本当に何でもないから、気にしなくていいよ」
「恋さんさえよければ肩を揉むけど」
「……お願い……します」
恋は僕に背中を見せる。
細い肩に触れると、プルプルと小さく震える。
気にせずに揉み続ける。
震えも止まり肩の力も抜けていく。
凄く気持ちよさそうだから、家に帰ったら愛と純にもしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます