193話目 中間テスト③

「こうちゃん! 朝だよ! おはよう!」


 愛の声をしてきて目を開けると暗かった。


 テスト4日目の最終日。


 いつもより長めに勉強をするために愛と純は僕の家に泊まっている。


 もう少し眠りたい。


 愛のやる気を尊重したいから起きる。


「じゅんちゃんを起こしたいけど見えないよ! ピッてしたら明かりがつくのはどこだ!」


 はっきり見えないけど、愛が手探りでリモコンを探しているのがシルエットで分かる。


 僕が寝ていた布団の枕元に置いていたリモコンで電気をつける。


 一瞬愛が眩しそうに目を瞑る。


 愛は寝ている純の所に行き体を揺すり始めた。


「じゅんちゃんはたくさん寝た方がテストいい点とれるから寝かしてあげてね」

「分かった!」


 返事をした愛は机に座って、昨日開いたまま教科書を見る。


 純にかかっていた毛布がずれている。


 直しに行くと、眉間に皺が少しだけ寄っていた。


 眩しいんだな。


 母の部屋からアイマスクを持ってきて純につける。


 僕もテスト勉強をしよう……愛が机の上に頭を乗せて寝ている。


 愛の前にある開いた数学の教科書を見る。


 ページ数が昨日と変わっていない。


 愛は数学の応用の前に公式を覚えていない。


 数学のテストも赤点をとる可能性がある。


 ……どうやって教えれば分かりやすいだろう。


 前に終わりが見えない愛の夏休みの宿題を、従妹の音色が協力して終わったことを思い出す。


 愛の悩みは僕だけで解決したいプライドがある。


 愛のためならそれをへし折る。


 今日は平日の3時過ぎだから、音色は起きてはいないだろう。


 聞きたいことがあると、音色にランイを送る。


 すぐにランイ電話がきた。


 愛と純の睡眠の邪魔にならないように、自室に行って電話に出る。



『こんな遅くにどうしたんっすか? もしかして、愛お姉ちゃんと純お姉ちゃんが夜の営みを始めたんっすか⁉』

「……」

『絡みが面倒だからって電話を切ろうとしないでほしいっす。それで、ぼくに聞きたいことって何すっか?』



 簡潔に事情を話す。



『かなり前のことだから忘れったす。ぼく達と一緒にいた恋さんなら覚えているかもしれないっす』

「ありがとう。聞いてみるよ」

『お礼なんていらないっすよ。それより、愛お姉ちゃんと純お姉ちゃんは今一緒にいるんっすか?』

「いるよ」

『なら、今愛お姉ちゃんと純お姉ちゃんがどんなパンツを』



 電話を切る。


 恋にランイを送ると、数分して返事がくる。



『問題が解けていく度にあたしが絵を描いていって、らぶちゃんの宿題が全てできたら絵が完成するみたいにしたよ』



 僕にはできそうにない方法だな。


 新しいメッセージがくる。



『よかったら、絵を描いて送ろうか?』

「お願いするよ」



 30分ぐらいが経って、数十枚の画像が表示される。


 僕、愛、純が楽しそうに弁当を食べているイラストで、その1枚が完成するまでの途中経過も描いてくれている。



「ありがとう。お礼をしたいけど何がいい?」



 愛からランイ電話がかかってきたから出る。



『急に電話してごめんね……お願いは何でもいいのかな?』

「僕にできることなら何でもいいよ」

『このまま……電話していいかな?』



 スマホで時間を確認する。


 4時で愛の勉強する時間はまだある。



「いいよ。何か話したいことでもあるの?」

『百合中君はずっと起きているの?』

「さっき、起きたばかりだよ」

『あたしもさっき起きたばかりで、今から勉強をしようとしていた所だよ』

「それだったら、電話切った方がいい?」

『……切らないでほしい』

「分かった」



 それから、数分恋は黙ってから小さな声で呟く。



『電話で何を話したらいいか分からないね』



 だったら、電話を切ると言いそうになってやめる。



「恋さんの進路は決まったの?」

『うん。隣町の美容師専門学校を受験するよ。百合中君はどうするの?』

「美容師になる予定だけど、具体的にどうするかは決めてない」

『あたしは百合中君と……一緒の学校に通いたい……かな』



 恋の声が震えている。



「らぶちゃんとじゅんちゃんが隣町の美容師専門学校の近くで就職、進学するならそこを受験するよ」

「百合中君らしいね」



★★★



 テストを全て終え……幸せな時間が終わった。


 愛は恋、純は鳳凰院が迎えにきて僕は1人になる。


 溜息を吐きながら椅子から立ち上がる。


 教室に入ってきた角刈り男子が近づいてくる。


「今日部活ないから一緒に遊ぼうぜ、親友」


 角刈り男子を無視して教室を出る。


 純に恋愛相談をした女子のクラス3年1組に行く。


 3年1組の出入口で岩畑の名前を呼ぶと、ポニーテールの髪型の女子がきた。


 事情を話して3階の空き教室に移動。


 岩畑の好きな人は幼馴染で同じクラスの赤尾真希。


 その人からは姉妹のように思われている。


 高3になった今でも手を繋いでくるし、一緒にお風呂に入ってこようとすると、はにかみながら岩畑は言った。


 幼馴染達の関係と重なる所が多くて、確かに脈がないと頷いてしまう。


 岩畑と赤尾の関わり方を近くで見るために、3年1組に戻る。


 愛ほどではないけど小柄な女子が1人だけ椅子に座っていた。


 どこか不機嫌そうにしている。


 僕と岩畑のことに気づいた小柄な女子は、僕達の顔を交互に見てから満面の笑みを浮かべる。


「真希は邪魔みたいだから帰るね」


 鞄を持って帰ろうとする小柄女子の前に、岩畑は立ち塞がる。

「何か勘違いしてない?」

「真希は何も勘違いしてないよ。ただ、幼馴染にアオハルが来たんだなーって思っているだけだよ」


 幼馴染ってことはこの人が赤尾だな。


「絶対に勘違いしているよ! 百合中君とは王子様をきっかけに友達になったんだよ。真希が思っているような関係じゃないからね」

「へぇー。そうなんだ。へぇー」

「信じてないよね! 絶対に信じてないよね!」


 岩畑はニヤニヤする赤尾を睨みつけた。


 3人で教室を出る。


 赤尾が前を歩いている岩畑の手を摑み小声で話しかける。


「本当に付き合ってないの?」

「付き合ってないよ」

「本当の本当の?」


 2人の会話が聞こえてきた。


 これは脈がなさそう。


 一応確認しておこう。


「岩波さんは赤尾さんのことをどう思っているの?」

「頼りにならないお姉ちゃんみたいで大好きだよ」

「もしお姉ちゃんに好きって言われたら付き合える?」

「姉妹は恋人になれないよ」

「2人は血が繋がっていないから付き合えるよ」

「そうだとしても久留美とは小さい頃からずっと一緒にいたから、家族にしか見えないよ。久留美も真希と同じだよね?」

「……うん」


 瞳に涙を溜めた岩畑は赤尾から顔を背けて頷く。


 岩畑と赤尾を両想いにするのは難しそう。


 ……面倒だけど、赤尾は純と友達だから頑張るか。

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