191話目 中間テスト①

 高3になって2回目の中間テスト。


 1日目が終わった。


 1時間目は現代文、2時間目は英語。


 授業で言われたことはだいたい理解している。


 平均以上は取れているな。


 僕のことより右隣の席のおかっぱの女の子、矢追愛のことが気になる。


 中間テストの8教科の中で愛は英語が1番に苦手で、いつも30点の赤点ぎりぎり。


 英語のテストを終えた愛はいつもなら生気を吸われたような顔をしている。


 でも、今回は違った。


 大きな瞳を輝かせながら口角を上げていた。


「こうちゃん! 半分以上答えを書くことができたよ! 50点なんて今までとったことないよ! テスト返ってくるのが楽しみ!」


 椅子に座った愛は小さな足を交互にばたばたと動かす。


 解答が全部あっていない可能性がある。


 指摘しようか迷ってやめる。


 赤点だった時のことを考える。


 駄目だと思っていた時以上に、落ち込む愛が想像できる。


 でも、テストはまだ終わっていない。


 愛のやる気をそぐ必要はない。


「矢追さんはテストの調子どうだった?」

「見て! 半分以上書けたんだよ!」


 クラスの女子に話しかけられた愛は答えを書き込んでいる問題用紙を見せる。


「凄いね。よかったから、わたし達答え合わせしない?」

「いいよ! こうちゃん、行ってくるね!」


 愛は女子と窓側の前の席で数人が集まっている女子達の所に向かった。


 って、見ている場合ではない。


 愛の点数が分かってしまう。


 急いで女子達の所に行く。


 ……遅かった。


 愛の問題用紙が赤ペンで採点されていた。


 全てがあっているわけではないけど、〇が多い気がする。


 〇を数えていると、愛の前に座っている女子が「28点だね」と言った。


「……」


 目と口を大きく開いた愛は自分の席に戻り、机の上に頭を乗せ眠り始めた。


 現実を突きつけた女子に文句を言いたい。


 そんなことをしても愛は喜ばないから僕も席に戻る。


 左隣の席から視線を感じて、そっちに顔を向ける。


 左髪が長くて目にかかりぎみのアシメの女の子、小泉純が僕のことを見ていた。


「じゅんちゃんはテストどうだった?」

「いつも通り」


 純のいつも通りは悪くて90点以上でよくて満点。


 学年でトップの成績だから、どこの大学でも行ける。


 ……純の進路を知らないことに気づく。


「じゅんちゃんって進学するの? 就職するの?」

「決めてない。こうちゃんは?」


 隣町の美容専門学校を受験すると答えようとしてやめる。


 愛と純がこの町でいるならそうしている。


 2人が県外に行くなら、僕はついていきそこから近くの美容専門学校を受験する。


 本音を言えば2人にプレッシャーがかかるかも。


 僕もまだ決まってないと口にする。


 純はイヤホンで音楽を聴き始めた。


 明日のテストがある古典の教科書を開く。


 テスト1週間前とテスト期間中。


 愛の漫研部は休みになる。


 純とよく一緒にいる鳳凰院達は個々で勉強している。


 だから、大好きな幼馴染と3人きりになる時間が増えて幸せ。


 なにより、僕に恋愛相談をしてくる人がいなくなるのがいい。


 例外は何人かいたけど、テストに集中したいと言ったら諦めてくれた。


 鳳凰院と角刈り男子が今年の春に付き合い出して、それを僕のおかげだと2人は周りに言いふらした。


 それから噂が広まり、僕の所に男女問わずに相談にくるようになった。


 断るけどしつこくつきまとってくる人が多くて愛、純との時間が減る。


 ネットで検索したことを口にしているだけで、だいたいの恋愛が上手くいき恋愛の神様と呼ばれるようになっていた。


 ググレカスと男子に切れたことがあった。


 僕が検索した方がご利益あると言われた時は、男子を本気で殴りそうになった。


 しつこい男子のことを思い出したら、嫌な気分になった。


 愛の寝顔を見て癒されよう。


 右隣の席に顔を向けると、机に頭を乗せた愛が目を大きく開いていた。


「こうちゃん! 勉強しているの! らぶもするよ!」


 顔を上げて英語の教書を開こうとしていると、愛のお腹からグ~ッと可愛い音が聞こえる。


 テスト期間中はいつもより頭を使った愛はお腹を空かすことを把握済み。


 鞄から塩せんべいを出して愛に渡す。


 愛は1口で食べた後、さっきより大きな音がお腹から鳴る。


「学校の帰りにファミレスに行く?」

「こうちゃんの料理が食べたい!」

「じゅんちゃんもそれでいい?」

「おう。私もこうちゃんの料理食べたい」


 耳から外したイヤホンを鞄にしまいながら純は答えた。


 幼馴染達が僕の料理を求めてくれている。


 嬉しさを噛みしめながら立ち上がり、教室から出た。


 後ろを振り向くと、愛は机に手をつけて立ち上がろうとしない。


 いや、しないじゃなくてお腹が空き過ぎて立ち上がることができないのだろう。


 愛を抱えようとしても、嫌がられるのが目に見えている。


 昼食が食べられなくなったらいけないから出さなかった、激辛激堅せんべいを鞄から取り出す。


 愛は勢いよく立ち上がる。


 生まれたての小鹿のような足取りで涎を垂らしながら、せんべいに向かって手を伸ばしながら近づいてくる。


 せんべいを袋ごと渡す。


 歯で袋をあけて野獣のようにワイルドに食べ始めた。


 純が僕の鞄を見ていることに気づく。


 チョコを純に渡す。


 口の中にチョコを入れた純は噛む度に口角が上がる。


 そんな幼馴染達を見ているだけで、幸せでお腹が膨れる。

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