7章 大好きなみんなを幸せにするのは難しい

190話目 プロローグ 頼りになるお姉さんになる

「おれ達と一緒でお前も小2のくせに、どうしてそんなに小さいんだ?」

「こんな簡単な問題はできないの? 少し考えれば分かるよ」

「お前と鬼ごっこしてもつまらない! 仲間にいれてやらない!」


 ……愛は学校でたくさん泣く。


 そんな時に、いつも幸ちゃんと純ちゃんが助けてくれる。


 でも、心の隅っこがチクチクして痛い。


 どうして痛いのか、考えても分からない。


 学校が終わって家に帰る。


 1桁の点数のテストをママとパパに見せる。


 2人は怒ることなく、そのまま努力をすればできるようになるって頭を撫でてくれた。


 ……胸の痛みがどんどん増えていく。


 小学生になってからこの痛みが日に日に強くなっていく。


 愛がここにいたら駄目。


 そう頭に浮かんだ瞬間、外に出ていた。


 どこに行けばいいかなんて分からない。


 でも、大好きなママとパパ、幸ちゃんと純ちゃんから離れないと愛の何か大切なものが壊れてしまう。


 ここではないどこかを目指して歩き続ける。


 いつの間にか周りが薄暗くなっていた。


 おばけが出てきそうで怖くて立ち止まる。


 明るい場所に行きたい。


 ……周りは真っ暗で何もない。


 目頭が熱くなって。今にも泣きそうになる。


「おばけなんてないさ」


 後ろから大人の女の人の声が聞こえてくる。


 人がいることに安心していると、


「おばけなんて嘘さ」


 おばけの歌だと分って怖くなり、我慢していた涙が零れていく。


「愛ちゃん、こんばんは」


 頬がやせ細った女の人が愛の前にやってきた。


 夏にしていたテレビにこんなおばけが出ていた気がする。


 おばけみたいなのに怖くなかったのは、純ちゃんのママの音暖だったから。


「私は散歩しているんだけど、愛ちゃんは散歩?」

「……」


 今の愛が何をしているか、どう言ったらいいか分からない。


「愛ちゃんと会うのは6カ月ぶりかな。私のこと覚えている?」


 愛が答える前に、音暖はグハッと言いながら吐き始めた。


 それは真っ赤な色で、すぐに血だと気づいた。


 音暖は苦しみながら吐き続けている。


 こういう時は、救急車を呼べばいいけど電話を愛は持ってない。


 大人に助けてほしいけど、周りを見渡しても誰もいない。


「……ごめんなさい」


 何もできないことを音暖に謝って逃げた。


 愛があそこにいても何もできない。


 そう思ったら、いつの間に走ってた。


 横の辺りお腹が痛いのに、立ち止まることはできない。


 前に進み続けて横切っている自転車に気づかずにぶつかりそうになる。


 体が後ろに引っ張られる。


 後ろを振り向く。


 ぜぇぜぇといいながら、地面に倒れている顔が血まみれな音暖がいた。


 早くしないと音暖が死んでしまう。


「誰か! 助けて! 音暖を助けて!」


 そう叫ぶと近くの家から、パパより老けた男の人がやってきて救急車を呼んでくれた。




 病院に着いて医者に診てもらった音暖はベッドに横になっている。


 点滴の針を腕に刺されていて、凄く痛そうで顔を逸らしてしまう。


「愛ちゃんもこういうの苦手?」


 音暖はリモコンで体を起こしてベッドにもたれながら座り、針が刺された腕を愛の方に見せてきたので頷く。


「私も苦手。注射や点滴するのは大っ嫌いよ!」

「……ごめんなさい」


 その言葉になぜか安心して、音暖をほっといて逃げようとしていたことを思い出して謝る。


 音暖が手招きしてきた。


 近づくと愛の頭の上に手を乗せる。


 ママやパパのように頭を撫でる……。


「いたたた、たたたた、いたたた、いよ」


 頭を摑み強い力で握ってきた。


「医者に走ったらいけないって言われていたのに、愛ちゃんの所為で怒られたからこれは私の怒りね」

「……ごめんなさい」

「愛ちゃんは罰を受けたから謝らなくていいよ。それより話相手になってほしい。毎日病院でいるから暇で暇でしょうがないのよ」

「どうしてらぶなんか助けたの?」

「私は愛ちゃんのことが大好きだからよ」


 一瞬、寂しそうな顔をした音暖はすぐに笑みを浮かべて言った。


「らぶは音暖に何もできてないよ。なのに、どうしてらぶのことが好きなの?」

「何もしなくてもいいよ」

「らぶが何もできないから?」

「違うよ」


 音暖は力強くそう答えた。


「病室に1人でいても寂しい気持ちにならないよ。この町で過ごした大切な家族や大切な友達の思い出があるから。もちろんその中には愛も入っているからね」


 窓の外を見ながら目を細める音暖。


「純ちゃんと幸ちゃんの後ろをついて行こうとしてこける愛ちゃん。犬に追われて泣きながらこける愛ちゃん。可愛かったな」


 恥ずかしい気持ちになって思わず睨む。


 また音暖は愛の頭の上に手を置いた。


 強い力で握られると思っていると、音暖は優しく私の頭を撫でてくれた。


「それ以外には愛ちゃんとの楽しい思いではたくさんあるよ。ありがとうね」


 ママやパパに頭を撫でられることが嫌だった。


 音暖に撫でられると心の中がポカポカする。


「何もできないらぶがここにいていいの?」


 不安に思っていたことが口から出る。


「愛ちゃんのできないことはやりたいこと?」

「うん。体が小さいから大きくなりたい。テストはいつもいい点がとれないから100点をとりたい。遅い足を速くしたい」


 口に出してみて何かが違う。


 どこが違うのか考えている間、音暖は黙って見守ってくれた。


「……らぶはばかにされたくないことがやりたいこと……そうじゃなくて、いつもこうちゃんとじゅんちゃんが助けてくれるのに何もしてあげられない。だから、こうちゃんとじゅんちゃんを助けられるようになりたいけど……」


 愛には何もできない。


 音暖が顔を近づけてきて、耳元で内緒話をするような小さな声で言う。


「純ちゃんと幸ちゃんに話していないことを愛ちゃんに教えてあげるね。私は1年以上生きることができないの」

「……」


 ……1年?


 1年⁉


 びっくりし過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃ。


「だから、寂しがり屋の純を私の代わりに支えてほしい」

「……らぶにはできない」

「愛ちゃんは純ちゃんと幸ちゃんを助けられるようになりたいのよね?」

「でも」

「やりたいことを口にしたら、後は頑張るだけよ。頑張れお姉さん」


 お姉さんの言葉を聞いて胸の中が温かくなる。


「お姉さんにまかせて!」


 自然と愛の口からそんな言葉が出て驚いた。



★★★



 お姉さんになると決めてから、どんなに辛いことがあっても諦めずに努力し続けた。


 病院で音暖に勇気をもらってから1年が過ぎて小学3年生になったけど、できることは増えてない。


 でも、辛い気持ちになることはなくて、もっと頑張りたくなる。


 ……はずなのに、今日、音暖とお別れをする日は泣きそう。


 らぶはお姉さんだから泣かない。


 お坊さんが何か言っているけど、愛の頭の中には音暖が歌うおばけなんてないさが流れている。


 おばけなんてないさを歌えば、純ちゃんが怖がっているおばけをやっつけることができると音暖が教えてくれた。


 純ちゃんがおばけを怖がっていることに驚いた。


 人差し指を自分の鼻の前に持っていき、秘密にしてねと音暖に言われた。


 静かに涙を流す純と涙を隠す幸につられて泣きそうになって……音暖の言葉を思い出す。



『病室に1人でいても寂しい気持ちにならないよ。この町で過ごした大切な家族や大切な友達の思い出があるから。もちろんその中には愛も入っているからね』



 愛が立派なお姉さんになってこの町で幸ちゃん、純ちゃん、音暖が幸せにしたい全てを笑顔にする。


 そうすれば1人で眠る音暖も寂しくない。


 絶対に頼りになるお姉さんになる。


 背筋を伸ばして、泣いている幼馴染達の頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る