188話目 大切な友達だから力になりたい

 電柱の後ろにいる鳳凰院は顔を出して、校門の方を見たと思ったらすぐに電柱で顔を隠している。


「麗華! 面白そうな遊びしているね! らぶもまぜて!」


 小走りで鳳凰院の所に向かった愛は片手を挙げながら元気よく話しかける。


「静かにしてほしいですわ。見つかってしまいますの」


 人差し指を立てて口の前に持っていく鳳凰院。


「見つかったら駄目ってことはかくれんぼしているんだね! らぶもするよ!」

「違いますから静かにしてほしいですわ」

「らぶは麗華の後ろに隠れるね!」


 鳳凰院の後ろに行き足に抱き着く愛。


 飼い主の仕事を行かせないと頑張っている子犬に見えて可愛い。


 朝からこんなに可愛い愛を見られて幸せだな。


「鳳凰院さん、おはよう」

「……おはようございます。王子様」


 純が挨拶すると、鳳凰院は引き攣った顔で返事した。


「何か困っていることはある?」

「……何もありませんの」

「らぶちゃん、行くよ」

「らぶはまだ見つかってないから、ここにいるよ!」

「らぶちゃんより先に教室に行くね」


 純は早足で少し進んで、後ろを振り向く。


「らぶがじゅんちゃんより先に行くよ!」


 愛は精一杯走っているけど、歩いている純に追いつけない。


 純は愛と距離が離れすぎると立ち止まった。


 愛が追いついたら歩き始める。


 それを何度も繰り返して、2人は学校の中に入って行く。


 仲のいい姉妹仲を見ているようで癒される。


 純が愛を連れて先に向かったのは、鳳凰院が気兼ねなく僕に相談できるようにするためだろう。


 思いに答えるしかないな。


「角刈り男子のことが好きなんだよね?」

「……」

「好きなんだよね?」

「……はい」

「なら、行くよ」


 鳳凰院の手を摑み、前に向かって進む。


「いきなりなんですの?」

「すぐそこにいる角刈り男子に告白してもらう。もし、しなかったら鳳凰院が角刈り男子のことを好きだと僕が叫ぶ」


 そう言った瞬間、鳳凰院は僕を引っ張って学校と逆方向に走り出す。


 鳳凰院の家の近くまで引き摺られた。


「絶対に振られるので嫌ですわ!」

「振られるわけないよ。角刈り男子は鳳凰院のことが好きなんだから」

「そんなの分からないじゃないですの! 証拠がないですわ!」

「そんなものなくたって、角刈り男子の行動や視線で鳳凰院が好きだって分かるよ」

「それは百合中さんの主観ですわ! 信じるのに値しませんわ!」


 どうにかして鳳凰院を角刈り男子の前に連れて行きたい。


 全力で鳳凰院を引っ張ってもびくともしない。


 ……いや、そもそも連れて行く必要はあるのか?


 角刈り男子に僕が鳳凰院の気持ちを伝えればいいだけの話な気がしてきた。


 僕の言葉を角刈り男子は全て信じなくても、鳳凰院のことは意識するようになるだろう。


 鳳凰院から手を離して、学校に向かって全力疾走する。


 後数歩で校門の前にいる角刈り男子の所に着きそうな所で、腰に衝撃が走って転びそうになるのを耐える。


 腕が回ってきて、強い力で締め付けられる。


 朝食が口から出そう。


「今から何をする気ですの?」


 平坦な言葉で喋る鳳凰院に冷たさを感じる。


「僕の力では鳳凰院を角刈り男子の前まで連れて行けないから、諦めて学校に向かっているだけだよ。鳳凰院はじゅんちゃんが信じる僕の言うことが信じられない?」

「……信じています」


 鳳凰院の力が弱まった。


 角刈り男子の前に行くと、口と鼻を塞がれる。


「何を言う気ですの?」


 喋る所か息も出来ない僕に鳳凰院は聞いてくる。


 必死にもがくけど、手は離れずに苦しくて意識が朦朧としてきた。


「そのままだったら、百合中が死ぬ」


 角刈り男子のそんな声が聞こえてきたと思ったら、息ができるようになった。


 深呼吸をして角刈り男子の方に視線を向ける。


「鳳凰院さんはか」

「なんでもないですわ。早く行きますの」


 鳳凰院は僕の手を摑んで、学校の方に向かおうとした。


 近くにある木に掴まって踏ん張る。


「鳳凰院と百合中は仲がいいんだな」


 角刈り男子は僕を睨みながらそう言って去る。


「……岩波さんに……睨まれましたの。…………帰りますの」


 鳳凰院は大粒の涙で地面を濡らしながらきた道を戻る。


 追いかけると、鳳凰院家で正座をして俯いている鳳凰院がいた。


「もう勝手なことはしないから学校に行こう」

「……分かりましたわ」


 ゆっくりと鳳凰院は学校に向かって歩き出す。



★★★


 

「鳳凰院さんを昼食に誘っていい?」


 昼休みになってすぐに純が言ってきた。


「いいよ。らぶちゃんもいいよね?」

「いいよ! 今すぐ行こう!」


 愛は僕と純の手を摑み教室を出ようとした。


「らぶちゃん、弁当を持ってないよ」

「忘れていたよ! こうちゃん、教えてくれてありがとう!」


 僕と繋いだ手で弁当を取ろうとしたけど持てない愛。


 反対の純と繋いでいる手で持とうとするが取れない。


 ドジっ子な愛が死ぬほど可愛い!


「らぶちゃんは僕の手を持ってくれているから、僕がらぶちゃんの弁当を持つね」

「ありがと! それじゃあ、行くよ!」


 愛に引っ張られて鳳凰院のクラスに着く。


 教室に入ると、椅子に座って呆けている鳳凰院がいた。


 純が話しかけても反応しない。


 手を摑み立ち上がらせる。


 それでも反応がないから、屋上まで連れて行くことにした。


 屋上のフェンスの近くに座って僕達は弁当を食べ始める。


 鳳凰院は立ったまま運動場の方を眺めている。


「……わたくし、岩波さんのこと、諦めたくない、ですの……。でも、でも、どうしたら、いいか、わがらだいですの……」


 急に号泣しだした鳳凰院の片手を愛は両手で包む。


「ゆっくりでいいよ! らぶはいつまでも待つから!」

「……わたくしは岩波さんのことが……好きですの。……でも、怖いですの。この気持ちを伝えるのが怖いですわ!」

「らぶにまかせて!」


 愛は鳳凰院の手を引っ張って屋上から出て行く。


 追いかけると、校舎裏の方に向かっている2人がいた。


 僕達は校舎裏に着く。


「試しで付き合うのをやめてもらっていいか?」


 角刈り男子が柔道部のマネージャーにそう言った。


「強見つけたよ! 鳳凰院が話しあるんだって!」


 柔道部のマネージャーは鳳凰院を一瞥する。


「強先輩のためだったらわたし何でもします。それでも駄目ですか?」

「すまん。好きなやつのことをどうしても忘れることができないし、これからも忘れる自信がない。だから、これ以上桃子……柿木とは試しでも付き合うことはできない」


 角刈り男子は柔道部のマネージャーに頭を下げた。


「頭を上げてください。……今まで通り部活で話しかけるのはいいですか?」

「もちろんだ。話しかけてくれ」

「ありがとうございます」


 柔道部のマネージャーは笑みを浮かべた顔を角刈り男子に見せてから後ろを向き、瞳に涙を溜めながら去る。


「鳳凰院に話したいことがあるんだけどいいか?」


 角刈り男子の言葉に、体を跳ねさせて逃げようとする鳳凰院に愛は抱き着く。


 鳳凰院の足は止まらないから、僕と純は追いかける。


「怖くても好きなら、好きって言わないと伝わらないよ!」

「恋をしたこともない矢追さんに言われたくないですわ! それに、岩波さんが好きなのはわたくしじゃなくてあなたですわ! どれだけ頑張ってもわたくしが岩波さんの彼女になることはできないですわ! だから、ほっといてほしいですわ!」


 校門の近くで立ち止まった鳳凰院は愛に向かって、暴言を吐いたから切れそうになっていると。


「らぶは恋をしたことがない! だから麗華は凄いよ! 好きより上の恋ができているから!」


 穢れのない純粋成分100パーセントの愛の笑顔を見て、毒気が抜かれた。


 鳳凰院も毒気を抜かれたのか、「ごめんなさい」と愛に謝った。


「岩波さんに……好きだと伝えたい……ですわ」


 そう言いながらも後退る鳳凰院の手を純は握る。


「鳳凰院さん……麗華さんは私の大切な友達だから力になりたい」

「……王子様に、いいえ、純さんに初めて名前を呼ばれましたわ!」


 少しだけ表情が柔らかくなった鳳凰院は純の手を握りしめる。


「わたくしを岩波さんの所まで連れて行ってほしいですの」

「いいよ!」

「分かった」


 愛と純は鳳凰院を連れて校舎裏に向かっていく。


 棒立ちをしている角刈り男子が見えてくる。


 幼馴染達は鳳凰院から手を離す。


 鳳凰院はゆっくりと角刈り男子の前まで行く。


「わたくしは岩波さんのことが好きですわ。付き合ってほしいですの」

「鳳凰院は百合中と付き合っているんじゃないのか?」

「付き合ってないですわ。百合中さんとはただの友達ですの」

「前に鳳凰院が百合中のことを好きだと言っていた」

「それは、あなたに好きって言う練習をしていたんです」

「俺が鳳凰院に好かれる理由なんてない。口が悪くて乱暴者で特にいい所のない俺なんて」

「そんなことないです! 岩波さんは優しいです!」


 鳳凰院は卑屈な角刈り男子の自己評価を大きな声で否定した。


「幽霊の正体を暴くために夜の学校に忍び込んだ時に、こけて動けなくなったわたくしをお姫様抱っこして助けてくれましたわ。それから、岩波さんのことを目で追うようになり、時間が経つにつれて際限なく好きになっていますの」

「鳳凰院のことが好きなのに、振られることを怖がって告白できないヘタレな俺でもいいのか?」

「わたくしも岩波さんと同じで振られることが怖くて告白できなかったですの。でも、友達から勇気をもらったから言えますわ。わたくしと付き合ってください」


 鳳凰院の熱い言葉を聞いた角刈り男子は、パシンと外でも響くぐらい強く自分の頬を叩く。


「鳳凰院が好きになってくれた男がうじうじしていたら格好悪いな。よし、気合入った。俺も鳳凰院のことが好きだ! 付き合ってくれ」

「…………はい」


 笑顔のまま涙をあふれさせた鳳凰院を見た角刈り男子はあたふたし始める。


 僕は角刈り男子の後ろに回って背中を押し、愛と純は鳳凰院の背中を押すと2人は抱きしめ合った。

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