184話目 最悪なタイミング

 放課後になってすぐに、鳳凰院に3階の空き教室に拉致された。


 延々と角刈り男子との惚気話を聞かされている。


「帰っていいかな?」

「駄目ですわ。まだ、岩波さんに後ろから抱きしめられた時の感想を話していないですの」

「そんな誰得みたいな話を聞きたくないよ。帰るね」

「後ろから抱きしめられた時、今までにないぐらい安心感がありました」

「デートをしたから次は告白だね」

「……早くないですの?」

「早くしないと柿木さんに角刈り男子をとられるかもしれないよ」

「…………そうかもしれないですけど…………そうですわね。わたくし岩波さんに………………告白しますわ。練習に付き合ってほしいですわ」

「いいよ」


 ごくりと喉を鳴らして、顔を引きつらせる鳳凰院。


「岩波さんのことがわたくしは………………。何て言えばいいか分からないですの」

「角刈り男子のことを好きって言えばいいよ」

「そうなんですけど、それを口にしようとすると頭の中が真っ白になって言葉が出てこないですの」

「慣れるしかないよ」


 口にしたくないけど、純のためだから仕方ない。


「岩波さんのことが好きです。鳳凰院さん言って」

「はい。岩波さんのことが……」

「好きです」

「す…………言えないですわ」

「じゅんちゃんのことは好き?」

「はい。好きですの」

「岩波さんのことは?」

「好きですの……あっ⁉」


 鳳凰院は顔を真っ赤にして僕の胸を叩いてくる。


「無理矢理言わせないでほしいですわ! 怒りますわよ!」

「怒ってもいいよ。僕は鳳凰院さんの幸せを願うじゅんちゃんのためなら何でもするから」

「……ごめんなさい。我儘を言っているのはわたくしの方なのに」

「言葉で言うのは難しいなら、ラブレターを送る方法はどう?」

「そうですわね。それだったらわたくしでも岩波さんに想いを伝えられると思いますわ。レターセットを届けてもらえるか聞いてみますの」


 鳳凰院が電話をかける。


 数分も経たずに家政婦がやってきて、レターセットを渡して帰って行った。


 席に座った鳳凰院はペンを持って唸り始める。


「何を書いたらいいですの?」

「好きですって書いたらいいよ」

「わたくしの岩波さんに対しての想いは、そんな短い文字でまとめることはできないですわ」


 鞄からノートを取り出して、後ろの方を千切って鳳凰院に渡す。


「ここに鳳凰院さんが思っていることを全部書いて、まとめた奴をラブレターに書いたらいいよ」

「……そうですわね。そうしますわ」


 鳳凰院はその紙に向かって黙々と手を動かす。


 数分して、下書きを見せてくる。


「……これでいいですの?」

「いいと思うよ」

「…………」

「どうしたの?」

「…………振られるかもしれないって考えたら、怖くて書けないですの」

「僕が代筆しようか?」

「……ありがたい申し出ですが、気持ちを込めたいのでわたくしが書きますわ」


 ゆっくりと手紙を書き始める鳳凰院。


 気長に待つことにした。


 窓の外を見ていると、日が落ちてきたから電気をつける。


 そのまま鳳凰院の所に行き、手紙を見ると真っ白だった。


 このままでは、前に進めようにないな。


 無理矢理でも背中を押そう。


「今から角刈り男子のことを好きと言わないと、窓を開けて外に向かって鳳凰院さんが角刈り男子のことが好きだと叫ぶよ」

「急になんですの!」

「10秒以内に言ってね。10、9」

「無理です。絶対に言えないですわ!」

「8,7」

「岩波さんのことがす……」

「6,5」

「何でもするので許してほしいですの……」


 鳳凰院が泣き始めたけど、気にせずにカウントを続ける。


「4,3」

「岩波さんのことが……好きですわ」

「声が小さいからもう1回。2,1」

「岩波さんのことが……」


 ドアが開く音がしてそちらを見ると、角刈り男子がいた。


「好きですわ!」


 鳳凰院が僕の方に向かってそう言うと、角刈り男子は勢いよくドアを叩いた。


 おずおずと出入口の方に視線を向けた鳳凰院は目を丸くした。


 2人は見つめ合って、何も言わずに棒立ちしている。


「……誤解ですの」

「誤魔化さなくても別にいい。鳳凰院と百合中は最近仲がいいし、お似合いだと思う。……邪魔して悪かったな」


 早口でそう言った角刈り男子は、逃げるように去って行った。


 鳳凰院が僕に告白したと勘違いしているな。


 訂正しないとややこしいことになる。


 角刈り男子を追いたいけど、鳳凰院に上着を摑まれてできない。


「誤解だったことを説明しに行くから手を放して」

「……もういいですの。わたくしは……岩波さんのことを諦めますわ」

「角刈り男子は鳳凰院のことが好きだから諦める必要はないよ」

「それならどうしてわたくしと百合中さんのことをお似合いって言ったんですの⁉」


 鳳凰院の叫び声が教室に虚しく響き渡る。


「……本当に、もういいですの」

「ふざけるな! そんなことをしたらじゅんちゃんが悲しむ!」

「わたくしから王子様に……岩波さんのことを諦めることを笑顔で伝えるので心配しないでほしいですわ」


 引き攣った笑みを僕に向けてきた鳳凰院の瞳から、はぽたぽたと涙が流れていた。

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