183話目 動物の力で距離が縮まる

 純と一緒に教室を出る。


 鳳凰院と角刈り男子が走ってきて、手を握ってこようとしたから避ける。


「わたくし達と一緒にきてほしいですわ」

「俺達と一緒にこい」


 鳳凰院と角刈り男子の声は重なる。


 2人は一瞥し合って視線が合い、顔を赤くしながら俯く。


 久しぶりに純との下校時間を邪魔されたくない。


「私達も一緒に行こう」


 純がそう言うなら、僕もついて行こう。


 行くことを伝えると、角刈り男子は早足で教室から出る。


 鳳凰院に話しかける。


「着替えに帰らないの?」

「……そうでしたわ。忘れていましたの。……でも、岩波さんを待たせたくないですわ。どうしたらいいと思いますの?」

「次の時に、私服でデートしたらいいと思うよ」

「……次。そうですわね。次があるように今日頑張りますわ」


 はにかみながら笑ったら鳳凰院は歩き始めたから、僕と純は後をついて行く。


 靴箱で角刈り男子が待っていた。


 4人で駅に向かう。


 鳳凰院は角刈り男子と距離を開けている。


 純に鳳凰院を角刈り男子の横まで押してもらった。


 俯きがちの2人は、1言も喋ることなく駅に着いた。


 電車に乗り、空いている席が2つあった。


「じゅんちゃん、座ったら」

「立っているからいい」

「じゅんちゃんが座って、僕の荷物を持ってもらったら助かるな」

「おう。分かった」


 純が席に座り手を伸ばしてきた。


 感謝をしながら鞄を渡す。


 角刈り男子は純の隣の空いている席を一瞥して、横にいる鳳凰院に視線を向ける。


「あそこに座ったら」


 首を小さく左右に振る鳳凰院。


「足とか震えているから疲れているんだろ。遠慮せずに座ったら」


 角刈り男子が言い切る前におばあさんが純の隣に座った。


「……何でもない」


 気まずそうに角刈り男子は鳳凰院から目を逸らす。


 電車が急に激しく揺れる。


 近くにあったつり革に手を伸ばして横転することを回避。


 角刈り男子が鳳凰院の手を握っていた。


「また電車が揺れたら危ないから手を握ってやる」

「……」

「嫌か?」

「…………嫌じゃないですの」

「……そうか」


 角刈り男子の嬉しそうに微笑む。


「……ちゅきな動物はいますの?」

「ちゅきな動物? そうか、好きな動物について聞いているんだな?」

「……はい」

「犬も猫も好きだけど、最近はカワウソの動画を見るのにはまっている」

「……名前は知っていますが、見たことないですわ」

「絶対に見た方がいい。後で一緒に見よう」

「……はい」


 互いに照れながらも、雑談を続ける鳳凰院と角刈り男子。


 僕がいなくても大丈夫そうだな。


「僕帰っていいかな?」

「駄目ですわ」

「駄目だ」


 2人は同時に言った。


 モールの中の映画館に着く。


 角刈り男子がチケットを渡してきた。


「親が知り合いからもらったからこれを見よう」


 誰も反対せずに、それを見ることにした。


 映画の冒頭が流れ始める。


 見たことがあるなと思っていると、濃厚なキスシーンをする男女。


 こういうのを見ないようにしようとしていたけど、始まったら見るしかない。


 隣に座っている鳳凰院を見ると俯いて耳を塞いでいた。


 その姿に角刈り男子は見惚れていた。


 女子の恥じらっている姿を凝視するな。


 鳳凰院と逆隣に座っている純はポップコーンの容器で、顔を隠して耳を真っ赤にしていた。


 その姿を見続けている。


 ……いつの間にか映画が終わっていた。


 映画館を出てから、鳳凰院と角刈り男子は距離を開けて僕と純の前を歩いている。


「ヒーローってやっぱり格好いいな。俺は映画の主人公みたいに強くなりたい。鳳凰院はどこがよかったか?」

「……」

「鳳凰院、聞いているか?」


 角刈り男子が近づくと、それと同じぐらい離れる鳳凰院。


 角刈り男子の顔を青ざめていく。


「すまん。見た映画がエッチなことをするなんて知らなかったんだ。やましい気持ちがあって誘ったんじゃないのは分かってくれ」


 鳳凰院は立ち止まり、口をぱくぱくとさせる。


 悪い方向に状況が流れている。


 この状況をどうにかしないと。


 周りを見渡すと、ペットショップがあった。


 電車の中で、鳳凰院と角刈り男子は動物の話題で盛り上がっていた。


「ペットショップに行ったことがないから、行ってみてもいい?」


 嫌々、角刈り男子の汗でびっしょりになった背中を押しながら口にする。


「おう。私も行きたい」


 純は鳳凰院の手を引っ張って、僕達の後をついてくる。


 ペットショップに入ると、透明な壁に隔たれた向こう側に子犬や子猫がいた。


 角刈り男子と鳳凰院は目を輝かせながら、動物達を見ている。


「あそこの真っ白でふわふわしている子猫可愛いですわ!」

「めっちゃくちゃ可愛いな! もふもふしてぇー!」

「分かりますわ。気持ちよさそうですわ」


 吐いた息が当たりそうな距離になった2人は、離れて黙る。


「クロちゃんを抱っこしたい方がいましたらこちらにきてください」


 関係者以外立ち入り禁止と書かれた場所からエプロンをした女性が黒色のポメラニアンを抱きしめながら出てきた。


「鳳凰院触るだろ。行こう」

「……はい」


 2人は店員の所に行き、角刈り男子が店員に話しかける。


「抱っこしていいか?」

「いいですよ。はいどうぞ」

「先に、こっちの人から」


 角刈り男子は鳳凰院の方に向かって指を差す。


 店員はポメラニアンを鳳凰院の前に差し出した。


 鳳凰院はおずおずと受け取る。


「毛が凄くふわふわしていて気持ちいいですわ!」

「うおー! 本当だな! 家に連れて帰りたくなるな!」

「岩波さんを抱っこしますの?」

「鳳凰院が満足するまで抱っこすればいい。俺は撫でているだけで十分だから」

「彼氏さん優しいですね」


 店員にそう言われた鳳凰院は走って逃げようとして、近くにいた女性とぶつかる。


 こけそうになるのを角刈り男子が後ろから抱き寄せる。


 ポメラニアンを無事に返した後、ゲージに入っている犬猫を呆然と見る鳳凰院と角刈り男子。


 話すきっかけを作るために2人に近付こうとすると、角刈り男子が口を開く。


「お金が貯まったら犬か猫を飼おうと思っている。鳳凰院は飼わないのか?」

「……お父様が動物アレルギーだから買えないですの」

「そうか。バイトをして早めに飼うことにした。その時は見にきてくれるか?」

「……はい」


 表情が柔らかくなった鳳凰院の姿を、純は近くで見守っていた。

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